どうしたらマネジメントはうまくいくか5
(パテントメディア 2020年9月発行第119号より)
会長 弁理士 恩田博宣
1.はじめに
新型コロナウイルスは、感染が一段落したのもつかの間、流行の第2波がおとずれ、油断できない日々が続いています。従前と変わらぬ注意が必要です。マスクをし、手洗いを欠かさず行い、3密を避けねばなりません。
コロナ感染の非常事態宣言が発せられてからの筆者の事務所の状態は、4月になると受任件数が減少し、5月にはさらに減少しました。しかし、6月になるとほぼ例年なみに回復しました。6月末で全国の出願件数が約11万件です。年間出願件数が22万件の割合ということになります。例年の出願件数が30万件ですので、27%減ということになります。まさに特許事務所受難の時代です。リーマンショックの比ではない過酷さです。
月半ばになると、受注量を見ながら、「例月の60%は超えますように」と祈る日々が続きます。コロナ感染の終息はワクチンが完成し、その量産が行われて、国民全体に接種されて初めて成就することになります。(注1)
さて、それにはどのくらいの時間が必要なのでしょうか。半年やそこらではとても無理のように感じます。1年、1年半、2年でしょうか。
その間不況が継続し、特許出願件数も減った状態が続くのですから、特許事務所にとっても、厳しい我慢の期間が継続することになります。
このように厳しい近未来が予想される特許事務所を取り巻く経営環境を乗り切るために頼りになるのが、京セラのフィロソフィ(経営理念)です。
本号においても、また、京セラフィロソフィを取り上げます。経営者としてそのマネジメントに対して、心すべきことが勉強できます。京セラフィロソフィを紹介し、筆者自身にも言い聞かせながら、そのフィロソフィと符合する筆者の経験を述べたいと思います。
そして、時節柄、筆者の事務所のコロナ対策、テレワークをどのように実現したかを簡単に説明します。
注1:筆者の事務所のクライアントの中に、岐阜を本社とするアピ株式会社があります。同社は経済産業省から補助金を得て、10年前に大規模なワクチン製造工場を完成させました。そして、現在欧米向けにインフルエンザ等のワクチンを遺伝子組み換えの方法で製造しています。同社のトップの話では、コロナ対応のワクチンが開発されて、そのワクチンが遺伝子組み換えの方法で製造可能であれば、2か月で2000万人分のワクチンが製造可能だとのことです。世界中にない大規模製造工場です。すでに外国の会社からも、日本の厚生労働省からも製造予約が入っているとのことです。そうするとワクチンさえ完成すれば、12か月で日本人全員にワクチン接種ができることになります。大変心強い話です。
2.京セラのフィロソフィ
2-1)全員参加で経営する
京セラのフィロソフィ「全員参加で経営する」については、次のように説明されています。
「京セラでは、アメーバ組織を経営の単位としています。各アメーバは自主独立で経営されており、そこでは誰もが自分の意見を言い、経営を考え、それに参画することができます。一握りの人達だけで、経営が行われるのではなく、全員が参加するというところにその真髄があるのです。この経営への参加を通じて一人一人の自己実現が図られ、全員の力が一つの方向にそろったときに集団としての目標達成へとつながっていきます。全員参加の精神は、私たちが日ごろの開かれた人間関係や仲間意識、家族意識を培う場として、仕事と同じように大切にしてきた会社行事やコンパにも受け継がれています」
さらに、次のような具体的な説明があります。
「普通の企業では、トップに社長がいて、重役たちがいて、各組織に部長や課長がいるというピラミッド型になっています。そして、上の方から下の方へ命令を下して仕事をするのが一般的です。そうした場合、『命令されたから、仕事をする』というようになってしまいます。命令された人は自分の意思を働かせ、また問題意識をもって仕事を遂行しようという気持ちではなく、上から言われたから仕方なくということになりがちです。つまり、その人の行動は無目的であり、無意識であるわけです。自分の意思で、意識的に命令されたことを実行しようとしているのではなく、ただ上司に『言われたから』というだけの理由で無目的で無意識的な行動をしているにすぎません。ということは、『言われた程度のことをすればいい』というように、非常に消極的な行動にしかなりません。
それに比べて自分から参加する場合には、気持ちの持ちようが違います。あくまでも一般の従業員なのですが、上司から『一緒に経営を考えてほしい』と言われたりしたら、やる気になります。また、少人数のグループに属していて、そのグループで成果を上げなければならない場合は、どうしても一人一人に責任が重くのしかかってきます。『グループで成績を上げるにはどうしたらよいか』を話し合うような場面を経て、責任が自覚され、積極性が出てきます。命令されなくても、自らグループの経営に参画し、自分の考えで少しでも役に立とうとします。責任感も出てきます。京セラのアメーバ経営ではこのようにして全員参加の経営となっているのです。」
筆者の事務所のQCサークル活動においても、そのような傾向が見られます。
2-2)筆者の事務所における全員参加の経営
2-2-1)アメーバ経営
筆者の事務所では、2003年にアメーバ経営を導入しましたので、17年のキャリアがあります。同年、息子に所長の座を引き継ぎました。息子は京セラの稲盛会長の主催する盛和塾の塾生でした。稲盛経営哲学に傾倒していて、アメーバ経営は所長就任の目玉としての導入でした。京セラコミュニケーションシステム株式会社の指導を受け、1年がかりで導入しました。
アメーバ経営と対になっているのが、フィロソフィといわれる経営理念です。
JALを再生させた原動力となったのも、アメーバ経営とJALフィロソフィといわれる経営理念でした。
オンダフィロソフィも、もちろんあります。当所では、従業員代表の十数名がそれを作りました。京セラのものを参考にしましたが、それまで筆者が朝礼で繰り返し所員に言ってきたことが、多く取り入れられました。当所における100項目の基本的な考え方を、従業員自身が作り上げたのです。
2-2-2)アメーバ経営の効果
アメーバ経営はその名の示すごとく、会社組織をアメーバと称する数名の小さな組織に分割して、そのアメーバごとの採算を、毎月きちんと算出するというものです。生産に関与しない部門はNPC(Non Profit Center)といい、総務部のように採算を出せない部門もあります。(利益を稼ぎ出す部門はPCといいます)
アメーバ組織ごとの採算が毎月出てきますので、あるアメーバ組織が、2か月も3か月も赤字になっていれば、何かその組織に問題があるということになります。すぐどのような問題があるかを調べて、対策を打つことができます。
問題が大きくならないうちに、解決が図られるというメリットがあるのです。
何よりも利益率アップに貢献するのが、目標達成意識の向上です。
まず、月ごとの目標売上高の達成意識が強く働きます。特許明細書の場合、クライアントのチェックが必要ですので、月末までに出願を完了するには、遅くとも20日~25日までには原稿を送付しなければなりません。月末近くなっても「出願OK」の返事が来ないと、「何とか月内に出願したいので返事をいただきたいのですが」とお願いの電話をかけたりします。早々に送ったにもかかわらず、知財部の担当者が出張だったり、発明者多忙のため返事がいただけなかったり、というようなことも頻発します。アメーバのグループは目標未達となってしまい、全員ががっくりです。ここにグループ全員で目標を達成しようという全員参加の意識が働いています。
月末ぎりぎりに返事がもらえて、国内管理部(出願事務部門)の協力もあって、出願を完了してやっと目標達成ということにもなれば、アメーバ全員が小躍りをして歓びます。
目標が達成できなかったときには、構成メンバーは強く責任を感じます。各アメーバの人数が比較的少ない5、6名なので、責任のなすりつけ合いが生じにくいのです。「私がもう少し頑張れば、目標達成できたのに。申し訳なかったなあ」という感情が各構成員に生じます。全員経営への意識が自然にできているのです。アメーバ経営の優れた効果の一つです。
また、アメーバ経営では、毎月、儲かった、儲からなかったが、明らかになるのですから、アメーバの構成員は、月次の決算がよければ、「さらによくしよう」というインセンティブが働きます。悪くて、赤字になろうものならば、何とか頑張って、来月は黒字にしようという強い意識が働きます。数字を追いかけるという経営者意識が非常に強くなるのです。
一方、アメーバ経営を行っていない場合、「先月は会社全体として、赤字だった」と聴いたとしても、各部門あるいは部門に属する個人個人が感ずる責任感は、非常に希薄なものになるでしょう。
2-3)JALの再生とアメーバ経営
JALは破綻前、赤字と黒字を行ったり来たりしていました。JAL全体として、今年の決算は赤字だったと、チェックインカウンタにいる職員が聴いたとしても、「一体誰が悪いの」「上層部のやりかたが悪いんじゃないの」「営業がしっかりしないからいけないのよ」等と、自らの責任を感ずる人はいなかったと思われます。機体整備の職員も同じでしょう。あらゆる部門で責任を感ずることはないか、あったとしても非常に希薄なものだったといえます。
しかし、アメーバ経営を導入しますと、この状態が一変します。
アメーバ経営では、内部取引が行われます。一般の会社でいうならば、営業が受注したものを、製造部門へ発注します。その額をいくらにするかは大変難しい問題ですが、試行錯誤の上、合理的な額に決められます。そして、製造が完了しますと、また、営業へ売渡し、営業が実質的な収入を、お客から獲得するのです。資材部は外部から仕入れた原材料を、製造部門へ内部取引によって売り渡す、というようなことが行われます。さらに、人件費以外の経費が計算されます。このようにして、全社の大多数の部門が、内部取引を含めて、収入から経費を差し引いて、採算を計算できるようになっているのです。
JALのケースでいうならば、例えば、チェックインカウンタの職員も、1人チェックインしたらいくらというように、内部取引により、収入を得ます。実際の取引はないのですが、机上で取引を想定して、収入を得るのです。従って、1人チェックインを処理したらいくらの収入にするかは、合理的にではありますが、仮決めするのです。そして、電気代とか、パソコンのリース代とか、家賃とかチェックインカウンタの部門に生ずる経費も、面積割とか、人数割りとかで負担します。そうすると売上から経費を差し引いた粗利が出てきます。アメーバ経営では、通常、人権費を計上することはしません。最終的には、1時間当たりの粗利を算出して、目標を達成したかどうかを判定します。もちろん、人件費を差し引けば経常利益が出てきます。すなわち、部門ごとに時間当たりの付加価値がいくらあれば、トントンかは分かっていますので、赤字か黒字かはすぐ分かるのです。
通常、全てのアメーバ組織について、月末までに、翌月の予定採算表を作り、時間当たりの予定付加価値額を算出します。この額を目標として1か月の業務に励むのです。
そして、月末に締めて、全アメーバについて実績採算表を作ります。月初、1週間以内に採算が計算されます。この場合、各部署に経費を割り当てるのは大きな労力を要します。家賃や電気代、ガソリン代は部門ごとの人数割で割り当てます。接待費等はそのお客さんから売り上げを得ている部門に対し、割り当てられます。当所ではこれらの経費の割り振りをし、採算表を作成する経営管理室という専門部署が設けられています。
全てのアメーバが、予定の時間当たりを達成したか否かを判断できるのです。達成できれば、「来月にはもっと高い時間当たりを出そう」、予定よりも悪ければ、「来月はもっと頑張って、予定時間当たりを確実に達成しよう」というインセンティブが働きます。こうして、数字を追いかけるという経営者マインドがアメーバ構成員全員に醸成されるのです。全員参加の経営の礎といえるでしょう。
2-4)経営会議について
アメーバ経営では月初1週間以内に経営会議が開催されます。経営のトップ以下各部門長が出席します。そして、前月の結果を発表するのです。プロジェクターで表示された画面を見ながら、
前月売上目標いくら、実売上いくら、予実比何%、今月売上目標いくら
前月経費予定いくら、実経費いくら、予実比何%、今月経費予定いくら
前月差引収益予定いくら、実収益いくら、予実比何%、今月収益予定いくら
前月総時間予定何時間、実時間何時間、予実比何%、今月総時間予定何時間
前月時間当たり収益予定いくら、実時間当たり収益いくら、予実比何%、今月時間当たり収益予定いくら
のように、数値を読み上げます。他の部署の部門長もそれを聴いています。数値発表が終わると、重点項目を発表します。予想外に受注が増えたとか減ったとか、目標を達成できなかった理由とか、新規に増えた顧客とか、誰が入所した、退職した等々の重要情報が明らかにされます。そして、出席者からの質問に答えるのです。「経費や総時間が大幅に増えているのに、なぜ、売り上げは落ちているのか?」「赤字が続いているが、黒字転換の見込みは?」等という類の質問です。
筆者の事務所においても、経営会議は丸1日かけて行われます。
2-5)JAL再生はどのように行われたか
アメーバ経営、そして、全員参加経営の話をするときに欠かせないのが、一昔前の話ですが、JAL再生の話です。JALの再生にも、アメーバ経営とフィロソフィが大きく関わっています。
稲盛会長は2010年2月1日にJALの会長に就任し、2013年3月31日には、JAL再生を果たして、退任しました。わずか3年の期間でした。そして、JALは世界一利益の上がる航空会社に再生されました。その間1155日でした。まさに劇的なJAL再生、返り咲きといってよいといえます。
それまでJALは政治や行政とのしがらみも多く、何度も経営危機に陥ったのですが、その度に国の支援で生き延びてきました。まさに病んだ大企業であったのです。
そんな会社の再生を引き受けようという奇特な経営者を探すのは、至難の業でした。ましてや、過去の実績からいうと、過去50年間で、会社更生法を申請した会社が138社あった中、再破綻した会社が53社、再上場した会社はわずか9社でした。生還率7%の闘いであったのです。
当時の政権であった民主党の前原国土交通相は、何度も稲盛会長を訪れ、JALのトップ就任を依頼したのですが、稲盛会長は断り続けていました。しかし、当時の民主党政権としては、「自分で起業した創業経営者でなければ、JAL再生は、果たせない」という考え方から、JAL再生の切り札は、稲盛会長以外にはないということになったのです。
断りきれず、稲盛会長はJAL再生を引き受けます。
稲盛会長はたった3人の腹心(アメーバの専門家、倒産企業再生の専門家、秘書)を連れて、JALへ乗り込んだのです。当時、専門家からは「誰がやっても、2次破綻必至」とされていました。京セラの稲盛会長の側近も「晩節を汚す」と猛反対をする中、まさに火中の栗を拾われたのです。
2-6)稲盛会長は何をしたのか(リーダ教育)
稲盛会長がJALに持ち込んだのは、アメーバ経営とフィロソフィの2つと部下3人だけでした。そこには「京セラに迷惑はかけられない」という配慮も働いていたのです。
意識改革のために、稲盛会長と太田嘉仁さん(フィロソフィ担当)によるリーダ教育が行われました。
最初に、JALの幹部と話し合ってみると、当事者意識がない。リーダとしての自覚がない。自分の会社でこれだけのことが起こっているのに、「私は関係ありません」という顔をしている。「JALには意識改革が必要だ」と太田さんも稲盛会長も感じたといいます。
そして、意識改革のため、フィロソフィ教育が開始されました。
その京セラフィロソフィといわれる思想はたくさんあります。その中身は、多岐にわたりますが、ほんのさわりの部分だけを説明します。
①JALへ乗り込んだ稲盛会長は、いきなり「会社経営の目的は『全従業員の物心両面の幸福の追求にある』、経営の目標をこの一点に昇華して、JALの再建に取り組みます。そのために経営情報は全て社員にオープンにします」と宣言したのです。
JALの幹部社員たちは「社員の幸福、経営情報の開示等、もってのほか。ますます労使の対立を招き、賃上げ要求の口実にされます」と、反対しました。稲盛会長の宣言に肝を冷やした経営幹部がたくさんいたのです。
そういう幹部社員に対して、稲盛会長は「社員を信じられなくて、何の経営か。経営陣と社員が情報を共有するのは、重要なことだ」といって、幹部社員の心配を一蹴しました。
筆者も会社の第一の目的は「社会貢献」ではないかと思っていたのですが、どうして、全従業員の物心両面の幸せが、第一に来るのか。稲盛会長は次のように説明されます。
ちょっとした面接とテストで縁もゆかりもない人を雇います。そうするとその人が「辞める」といわない限り、定年まで雇い続け、生活をできるようにしなければなりません。それほどの社会貢献は他にはない。1人の従業員だけでもそれを全うするのは大変なのだから、それが10人にし、100人にして行くならば、それに勝る社会貢献はないというのです。確かにその通りです。今時、マスクを寄付したり、防護服を寄付したりする社会貢献がありますが、その前にまず従業員の生活を守るのが、最も重要な社会貢献だというのです。
②稲盛会長の意識改革の教育に対しては、JAL幹部の中には、期待する者もいたのですが、稲盛会長は「利他の心を大切に」「嘘を言うな」「人をだますな」という小学生にでも話すような基本的なプリミティブな話ばかりをしていました。
それについて、稲盛会長は、「JALの人たちは、何を子どもに教えるようなことを、と思ったのでしょう。そう顔に書いてあった。話していても、ああ響いていないなあ、と分かりました。でもここを通ってもらわないと、アメーバ経営に進んでも会社は変わらない。だから粘り強く説き続けました」といっています。
小学生に話すような初歩的な話ではあるものの、それを実践できている人は少ないのです。頭では分かっていても、難しいのです。
例えば、業績が下がったとき、実際にはANAに客を奪われたのに、景気悪化のせいにしたり、燃料費の高騰のせいにしたりすることが、知らず知らずのうちに、行われてしまいます。嘘をついているのです。
③また稲盛会長は「私がしたのは、田舎のおっさんがするような話ばかりでした。普通の会社のインテリだったら、耳につかなかったかもしれません。しかし、JALは倒産し、薄板一枚で海に浮かんでいる状態だった。いうなれば難破船です。そこからどう這い上がるか。彼らの中にも、生き延びたいという意思があった。だから私の話が染み透ったのだと思います」と仰っています。
④さらに、稲盛会長は利他の精神について、「皆さんの中には、楽をして儲けたい、有名になりたい、といった利己心や邪な心があるでしょう。それが人間として普通の状態です。皆さんの中には、もう一つの心があります。不平不満を言わず、人様によくしてあげようという美しい心、良心です。利他の心です。それは努力をして呼びさまさなくては出てこないのです。心を整理して、浄化して、良心を目覚めさせなければなりません。大義のために苦労をしましょう。そうすればきっと素晴らしい人生が開けてきます」と説得しました。
最も基本的な教育は上記の事項だったのですが、その他にも京セラフィロソフィを引用した多くの事項がありました。そのいくつかを以下に紹介します。
2-7)JALフィロソフィ
JALで行われた稲盛会長らによる教育は、京セラフィロソフィを元にしたものでした。そのフィロソフィはたくさんあるのですが、具体例をいくつか以下に紹介します。
1)一人ひとりがJAL
「チケットを売る者、機体を整備する者、機内食を運ぶ者、客室乗務員、パイロット。全員が自分の仕事を全うし、後ろに続く仲間に最高のバトンタッチをしたときに、初めて最高のサービスが実現する。だから乗客に接する社員もそうでない社員も『一人ひとりがJAL』を代表して働いているのだ」
これはJALフィロソフィの一説です。どの会社でもいえることです。
2)値決めは経営
値決めは経営決断の中でも最高度のものです。従って、値決めは通常、トップがすべきだというのが、稲盛流の考え方です。お客さんが喜んで買ってくれる最高額だというのです。決めるのは難しいことです。
3)売り上げ最大、経費最少
「売り上げを増やすには、経費が増えるのは当たりまえ」という考え方ではなく、売り上げを上げて経費を減らすという考え方です。
4)小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり
税金を払わないようにするために、給与を増額し、ボーナスをたくさん払うと、従業員は喜びます。これが小善です。コロナショックで受注がなくなり、赤字経営となると、たちどころに行き詰まってしまいます。リストラ、倒産の憂き目となるのです。儲かっても、給与やボーナスの増額はほどほどにして、税金を沢山払います。「そんなに税金を払うのならば、従業員への給与を上げてくれればいいのに」と従業員は感じます。税金を納めると、税金と同額の内部留保ができます。これが積み重なりますと、コロナショックが来て、業績が低迷し、大幅な赤字になったとしても、内部留保を消費することにより、給与カットや首切りや倒産を防ぐことができます。儲かっているのに、給与、ボーナス支給をほどほどにするのは、従業員に対する非情です。しかし、コロナショックでも、給与カット、リストラ、倒産を防ぐことができるのは、大善です。
5)誰にも負けない努力をする
大変なことですが、どの競合他社にも負けないような努力をすることを意味します。この30年間筆者の事務所では、手数料の値上げはありませんでした。
抵抗する手段はただ1つ、QCサークル活動です。35年前から、QCサークル活動には全所を挙げて、注力してきました。課題選択に当たっても、トップがかかわります。6か月周期で行うQCサークル活動ですが、3か月目に進捗状況をトップがチェックします。おかげで発表会で全国優勝2回、節約額とボーナス額が同じになるところまでいくという成果がありました。その他にも品質アップという効果もあったのです。特許事務所では、誰にも負けない努力であったと自負しております。
6)ガラス張りで経営する
アメーバ経営をすれば、自動的に経営に関する数値は全従業員に発表されます。当所では、日々の売り上げが、所内ホームページで公開されます。全所の数値と、部署ごとの数値も見られます。しかし、同業者の中には、副所長ですら正確な数値をご存じないというところもあるほどです。従業員に経営者マインドを植え付けるためには、数値の公表は必須だといえます。
7)その他、項目だけ挙げます
・原理原則に従う
・公明正大に利益を追求する
・大家族主義で経営する
・利他の心を判断基準にする
・楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する
・公私のけじめを大切にする
・私心のない判断を行う
2-8)感化されるJAL職員
孤軍奮闘する稲盛会長の姿を見ていた太田さん(フィロソフィの専門家)は、「見ている私の方がつらかった」と振り返っています。
このようなフィロソフィ教育によって、日一日と感化される幹部職員が増えていきました。100日も経つと、役員連中の変貌ぶりに驚いた社員たちは、リーダ教育の中身に興味を持ち始め、「そんなすごい研修なら、自分たちも受けてみたい」といい始めたのです。32000人を教育するには、大きな教室が必要です。倉庫を手作りで改造して研修所としました。そうして稲盛経営哲学、フィロソフィといわれるものが浸透していったのです。
このようなリーダ教育の結果、実際のJALの経営では、凄まじいまでの努力が行われました。2012年3月期の決算では、破綻前に比較して売上高は40%も減少していました。しかし、運航路線の絞り込み、関連事業の売却、すごいのは営業費用を50%も減らしたことによって、利益を確保したのです。営業費用を減らせば、通常サービスの質の低下が起こるのですが、それは起こりませんでした。
費用削減の対象には、社員の給与や年金が40%もカットされるという情け容赦のない非情の措置もあったのです。
また、社員は例えば次のような努力をしました。
①機体整備のエンジニアは、ウエスにするため古着を自宅から持ってくる
②使い古しの手袋を捨てないで、洗って再使用するようにした
③使用する消耗品に、全て値段を書いておき、できる限り適切で安いものを使うようにする
④キャビンアテンダントは、コピーをできるだけ取らないようにするため、自筆で必要事項をメモするようにする
⑤パイロットの出勤にタクシーを使っていたのを、公共交通機関に切り替えるとか、パイロットも機内で飲む飲料の紙カップを、マイボトルを用意して持ち込むようにする
等がありました。
ここにはJALフィロソフィにある「売り上げ最大、経費最少」の考え方が根付いています。このような凄まじいまでの努力も行われたのです。
以上、アメーバ経営の話でした。アメーバ経営はフィロソフィと一体になって全員参加の経営になっていきました。このような全員参加の経営がJALの再生に大きく貢献したのです。
参考文献:日本経済新聞社 大西康之著「稲盛和夫最後の闘い」
3.オンダ特許のコロナ対策(テレワークについて)
3-1)テレワークの採用
コロナウイルスの全世界への拡散はかつてないパンデミックとなりました。第2波の次は、第3波も心配です。筆者のような老人には、感染すれば命に関わる危険があります。ぼつぼつ動き出した経済の落ち込みも、完全回復の見込みは立っていないようです。ワクチンが開発されて多数の国民がその接種を終わるまでは、コロナの恐怖は去らず、経済不況は続くと思われます。
リーマンショックの時に経験したように、特許出願件数が減少することは避けられないでしょう。特許事務所も厳しい時代を覚悟しなければなりません。
筆者の事務所では、コロナウイルスによる仕事を進める上での悪影響を、幸運にも最小限にとどめることができました。いち早く、かなり高度なテレワークを実現できたからです。
というのは、当所は、東京・大阪ではビルのフロアを借りて事務所としていますが、近年、家賃の値上がりが尋常ではありませんでした。家賃高騰のために、利益の多くが家賃に消えるといってもいいほどだったのです。
100坪に50人超えと、手狭になった東京オフィスでしたが、増床ではなく、テレワークで対処しようと、1年半前から所内のプロジェクトによって、研究を開始しました。どのようなインフラが必要なのか、どのような規則が必要なのか等が研究されました。
新型コロナウイルスが拡がる半年ほど前から、プロジェクトが個別に依頼した所員も含めて、7人がテレワークを試行していました。試行期間中に、問題点を発掘し、その対策を打ち、テレワーク実施のための環境・体制はほぼ完成の域に達していました。そこへ、降ってわいたかのような、新型コロナウイルスの拡散です。有無を言わせず、全所的にテレワークに移行しました。
3-2)コロナ対応の苛酷
準備が整っていたとはいえ、直ちに大多数の所員がテレワークに移行ということになると、パソコンを在宅用にするためのセットアップ等、準備は大変でした。システム開発部員は、不眠不休で対応しました。
以下のような事項です。
・自宅パソコンがない人用に貸出パソコンのセットアップと配送(11台)
・所員の自宅パソコンへのリモート接続環境構築(46台)
・パソコンの持ち出し設定(全220台)
・VPNルータの入替(2台)
・VPN接続時のIPアドレス枯渇対応
・VPN Serverの入替
・上記入替に伴うクライアントソフトのバージョンアップ(全82台)
・東京オフィス全員在宅に伴う複合機や電話対応
・上海オフィスメンバーの自宅からのVPN接続対応
・コミュニケーションツールの検証、テスト
・Zoomの全所員設定
・Zoomを使った会議サポート、音声などのトラブルサポート
・Zoomのセキュリティ調査など
・自宅環境に伴う接続不具合対応
・その他
当初は、大半の所員が自宅のパソコンからVPN(Virtual Private Network)接続で、事務所の自分のパソコンを遠隔操作しましたが、急激にVPN接続者が増えたために、処理速度が上がらず作業効率が落ちました。そこで半分以上の所員は、事務所にあるデスクトップのパソコンを自宅へ持って帰るようにしました。持ち帰ったパソコンから事務所のネットワークに必要に応じてVPN接続をし、事務所にいるのと同じ環境で仕事をします。事務部門でも、自宅から特許庁出願用の端末を操作して、特許庁への出願事務ができるようになりました。部門内のミーティングもZoomにより複数人が参加して、共通の画面を見ながらできます。
これらのコロナ対応手段は、簡単に見えますが、その運用においては大変な面がありました。事務部門のトップからの以下のメールにその苦労がしのばれます。
「事務部門は、新型コロナウイルスの影響で特別対応に神経を遣う毎日が続いています。通常どおりの作業に加え、お客様からは毎日、在宅勤務に伴う事務処理方法の変更依頼が届きます。数えてみると、2月末から5月末までに71通の対応依頼が届いています。
その一例です。
・通常FAXで送る書類はEmailで送ってください。
・Emailで〇〇宛てに送ってから、通常どおり書類も郵送してください。
・〇〇は郵送、〇〇の書類のみ〇〇宛てにEmailで送ってください。
・請求書は工程別に分けてPDFで送ってください。
・特許庁書類のうち〇〇はシステム納品、それ以外は担当者宛てにEmailで連絡してください。
通常のお客様別の特別対応事項だけでも神経を遣うところに、続々と届く変更依頼の最新情報をキャッチし、正しく理解してミスなく処理する、簡単なことではありません。『ミスしないように・・・』が常に頭の中で連呼します。
さらに、実務部門のほとんどの人が在宅勤務に入ったため、紙書類を渡せば済んでいたものを、スキャンしてデータで送るような作業が増えました。また、パソコン上でチェック業務が進むよう帳票を改訂したり、書類受け渡しの手順を大きく変更するなどの対応に追われました。事務担当者は一丸となって、他部門の業務が滞らないよう最大限のサポートをしています。
現在、東京・大阪の事務担当者は全員在宅勤務ですが、岐阜オフィスでは半数~4割程度が出社しています。自宅から最低限の庁手続きや、お客様対応ができるように環境は整えましたが、通常どおりの仕事量を、いつもの品質とスピードでミスなくこなすために常に一定人数が出社しています。自宅からリモートでアクセスできないお客様の納品システムもありますし、郵送も通常どおり求められています。交代制による在宅の日は、作業効率を落とさない、残業を増やさないをモットーに、慣れない環境で全力で頑張っていますし、出社の日は在宅者のサポートが大変ですが、お互い様の気持ちで、皆よくやっています。
部員の皆さんのプロとしての意識の高さと、環境の変化に柔軟に対応できる適応力の高さを誇らしく思う毎日です。いつまでこの状況が続くか分かりませんが、引き続き全員一丸となって、オンダの事務品質を守っていきます。事務部門の実情をお伝えしました。」
3-3)Zoomの優秀さ
テレワークを研究する中で、オンライン会議ツールのZoomが採用されたのですが、このツールの優秀さ、便利さは驚嘆に値します。
ミーティングをするのに、パソコン上の資料を全員で共有しながら、意見交換ができます。全員のカメラ映像も表示されます。簡単な内容はチャットでメッセージとして送ることもできます。従って、大半の所員が在宅勤務となっても、各QCサークルは平時と変わらぬ活動を続けています。
お客様にTV会議やWeb会議をお願いしても、快く対応していただけることがほとんどです。今後コロナが終息しても、事務効率アップのために、この体制は継続したいものです。
筆者の事務所では、毎週月曜日に朝礼を行っています。コロナの感染対策のため、3密を避けるために、Zoomを使った朝礼を継続しています。ほとんどの所員が自宅または自席からZoomで朝礼に参加します。280人が同時に在宅のまま所長・会長の朝礼を聴きます。
また、QCサークル活動の最終段階の審査も丸2日かけてZoomにより、画像も駆使しながら、在宅のまま行うことができました。QCサークルの活動発表会も発表者は在宅のまま行いました。事務所のホールでは、ごく一部の所員が、観客として出席していました。
また、ウェビナー機能を使用すれば、研修会や多人数の講演会をスムーズに開催できます。非常事態宣言発令の真っただ中から8月にかけて、Zoomによるお客様向け研修会を計13回開きました。商標と意匠に関する研修で、ともに毎回50名近い参加者がありました。資料は画面上でご覧いただき、講師は画面の上隅に小さく表示されます。音声も鮮明で気分爽快の研修会でした。質問も「手を上げる」ボタンを押して参加者の誰もができます。会場を借りてパワーポイントで行う研修よりも優れているように感じました。今後あらゆる研修会がZoom等のソフトにより行われるようになることでしょう。いちいち会場に足を運ぶ必要がなくなります。時間の節約になるし、気楽に参加できるようになります。
ポストコロナで知財業界もテレワーク、Web会議等の採用で大幅に効率化されるのではないでしょうか。
筆者の事務所では、テレワークの採用によって、働き方改革が大幅に進展しました。テレワークが全国的に普及することによって、東京・大阪におけるビジネスフロアの家賃が下がることを願ってやみません。
4.おわりに
非常事態宣言の中、昼休みにZoomを利用した所内ピアノコンサートが2回開かれました。東京勤務の所員の一人がかなりの腕前のピアニストで、在宅勤務であったことから、その企画が持ち上がり、実現しました。曲目はべートーヴェン「悲愴ソナタ第2楽章」、スクリャービン「前奏曲作品11-1」、セヴラック「古いオルゴールが聴こえるとき」等でした。自宅で弾くピアノの曲はZoomにより映像も音声も鮮明に所員百数十名に届いたのでした。自宅で小さなお子さんと一緒に聞いている所員の様子も一部映し出されました。コロナで殺伐とした雰囲気の中、一服の清涼剤でした。
全員参加の経営として、筆者の事務所のアメーバ経営を、そして、コロナ対策として、筆者の事務所が行ったテレワークについてご紹介しました。いささかでも参考になれば幸いです。コロナウイルスは感染がなかなかおさまりません。1日も早いワクチンの開発が行われ、安全な日々が到来することを祈るばかりです。
出典「京セラフィロソフィ」(稲盛和夫著,サンマーク出版)