知財マンの心理学8 時間の構造化
(パテントメディア 2016年1月発行第105号より)
会長 弁理士 恩田博宣
1) 始めに
今回は時間の構造化を取り上げます。時間の構造化とは、自分の時間を有意義に配分して使うことをいいます。何の意味もないことに時間を浪費することは、大変つらいことです。従って、人間にとって時間の構造化は基本的欲求の一つだといえます。
2-1)充実した時間の使い方
仕事が終わり、今日一日を振り返ったとき、「充実した一日だったなあ」といえる日は、例えば、次のような一日でしょう。ある特許事務所の中堅弁理士の一日です。
①思ったより明細書の筆が進んだだけでなく、発明者の考えた技術にさらにいくつかの別例を加え、より上位の概念の発明にすることができた。打合せや来客がなく、明細書作成に集中することができた。途中で所長に技術説明をし、クレームチェックを受けたが、プラスした別例と上位概念化を激賞された。いい気分である。
②中小企業の社長からクレームがついた。出願した特許が拒絶査定になったところ、「依頼したときに通ると言ったではないか」とのクレームだ。「いや、当所ではあらゆるケースについて、通る保証はしていません」「出願依頼を受けたではないか。それは通るからではないのか」と、困った状況になった。
「出願時に充分なご説明をしなかった点は、申し訳ありません。それでは、実用新案に変更しましょう。印紙代以外の費用は、全て私どもで負担いたします。必ず通ります。権利行使はできませんが、抑止力にはなると思います」と説得した。実用新案による権利行使のあり方について説明した上で、このように対応した結果、社長さんは最後には「横着を言ってすみませんねえ」と申し訳なさそうにして帰られた。
クレーム処理としては、非常にうまくいったケースだと思う。最後には社長さんの「やりすぎたなあ」という陳謝の気持ちが伝わってきた。
事件としてはマイナスの出来事ですが、うまくいった結果によって、気分は爽快、充実した時間であったといえます。
2-2)不満足な時間の使い方
逆に今日一日を振り返ったとき、「最悪の日だったなあ」と言わざるを得ない日は、次のような時間の使い方をした日でしょう。
①大手特許事務所の山田弁理士は特許侵害の疑いのある事件について、その特許を無効にする審判の担当を命じられた。依頼者から提供された資料の無効理由だけでは、無効の理論構築が難しく、ましてや、無効資料の中に本件発明に至る示唆ないし動機付けを見つけることができない。思い悩み、自分で改めて調査を始めてみたが、どこをどのように調べるか、ネットサーフィンになってしまい、無駄な時間がどんどん過ぎていく。「もう一回本件特許公報を熟読してみるか」と、長い明細書を読み直してみたが、新たな気付きはない。
さらに、無効資料にもう一回目を通してみたが、頭は空転するばかり。焦りに似た感情が湧いてくる。はっと気づいたときには、もう夜中になってしまっていた。
山田弁理士は一生懸命努力しているのですが、努力の甲斐がなく時間が空費されてしまいました。こんな時間の使い方は、誰もがしたくないことです。
②吉田弁理士は大手工作機械メーカA社から依頼された特許出願を担当した。発明届出書を熟読したが、どうしても発明が成立しているとは思えなかった。そこで、A社の担当知財部員に「どうしても発明が成立しているとは思えないので、アイディアをさらに加えるか、それとも、出願そのものをあきらめてはどうか」という打診をした。ところが担当知財部員は「もう決裁が下りてしまっているので、何とか無理でも出願してほしい」と言う。そこで、多少なりとも吉田弁理士のアイディアも入れた上で無理やり明細書を書きあげ、知財部員の了承も得て、出願を完了した。
それからしばらくして、その明細書がA社の品質チェックで取り上げられ、「発明として成立していない。明細書としては最悪である。どうしてこんな出願をしたのか」と、最悪の評価をされてしまった。事情を説明したが、「そんな発明であれば、いくら知財部の担当者が了承したとしても、さらに、知財部の上司に報告してでも出願を取りやめるべきであった」というのが、A社側の見解であった。
その後、吉田弁理士の所属する特許事務所内でも問題となった。知財部員がOKを出したというやむを得ない事情があるにしても、有力顧客から最悪の評価を受けるのは、事務所にとって由々しき問題である。板挟みで困ったときには、上司さらには所長に報告し、どうすべきか決断を仰ぐべきであった、というのが事務所の見解だった。
有力顧客から最悪の評価をなされただけでなく、事務所内でも、同情すべきところはあるにしても、判断に甘さがあったと評価されてしまったのだ。全所員に対して、A社からの出願が途絶えるかもしれないという、不安を与えてしまうことにもなり、とてもいたたまれない状況だ。A社からの苦情、所内の評価が伝えられるたびに、この出願事件で使った時間は一体何だったのかと暗澹たる思いだ。
吉田弁理士にしてみれば、発明不成立の通告もし、担当者の了承も得て、「一体、これ以上どんな措置をとれというのか。無理だろう」とでも言いたくなる状況でした。これ以上はないというやり方をしたのに、評価は最悪となってしまい、打ちひしがれ、やる気をなくし、立ち直るのには時間がかかることでしょう。
こんな時間の過ごし方はしたくないものです。
3)時間の構造化
人は誰もが時間を有効に使おうと思っています。例えば、定年退職し、仕事から解放され悠々自適の人生を送っている人がいます。そのような人に大切なことは「教養」と「教育」だと聞いたことがあります。書き直すと「今日用」と「今日行く」です。すなわち、年をとって仕事がなくなった人に大切なことは、「今日何らかの用事があること」「今日どこか行くところがあること」なのだそうです。
朝起きても今日やることが、見つからないようでは、無為に過ごすしかありません。新聞を読み、テレビを見て、なんとなく一日が終わってしまう。こんなことでは、いくらお年寄りといえども、決して生産的だとはいえません。
こんな生活を生産的にするには、町内会長をやって、近所の人たちの面倒を見る、週1回はゴルフに行って、同世代の人たちとの交流を深め、クラブライフを楽しむ、土地を借りて作物を作り、その手入れに精を出す、というように、世の中に対して、積極的に関わる活動が必要でしょう。そんな関わり合いから時間の有効な使い方がうまれるというものです。
我々の時間の使い方、すなわち、時間の構造化を、TA(交流分析)では以下の6つのパターンに分類しています。日頃の時間の使い方はこのどれかに入るというのです。
1.引きこもり(自閉)
2.儀礼
3.社交(雑談・気晴らし)
4.活動(仕事)
5.ゲーム(心理的ゲーム)
6.親密(親交)
4)引きこもりについて
積極的引きこもり1
有効な時間の過ごし方として、引きこもりがあります。引きこもりというとマイナスのイメージの方が強く、現象としては人が引きこもっているとき、精神的にはマイナスの状況にあることの方が多いのも事実でしょう。
ここではまずプラスの状況を、明細書作成という事象に当てはめてみようと思います。
大手S特許事務所に勤める田中弁理士は弁理士歴4年、電気電子関係の専門家として、明細書を百件以上書いてきました。お客様の信頼も厚くなっています。
先日、M社から最重要出願としてメカトロニクスの出願依頼を受けました。第1回の発明者及び知財担当者との面談が終わり、おおかたの資料や先行技術の提供も受けました。一部足りない資料については、知財担当者にお願いをし、すでに届いています。重要出願ということで、田中弁理士自身も先行技術の調査をしたところ、M社から提供されたものとは異なる先行技術がいくつか見つかりました。それらを踏まえて、クレームドラフトを作り、第2回の面談にのぞみ、発明者及び知財担当者と議論の上、明細書作成方針が決まりました。
いよいよ明細書作成はゴーです。田中弁理士はそこで集中したいということで、在宅勤務を申し出ました。自宅の書斎という静かな環境で、明細書作成が開始されました。
さて、この状況は引きこもって精神を集中し、立派な明細書を作成しようというものですから、積極的引きこもりだといえます。
この時の田中弁理士の精神状態は、明細書の内容として、十分なサポートがあって、広範な技術的範囲を持つばかりではなく、攻撃にもしっかり耐えられる明細書を作成しようとする充実したものです。ただ、周囲からの邪魔が入らないように、在宅勤務という手段で引きこもったのです。きっと立派な明細書が出来上がることでしょう。
積極的引きこもり2
ある漢学者の講演を聴いたことがあります。彼は80歳近い高齢で、この先、学者としてどれだけ研究ができるのかわかりません。この世を去る前に少しでも研究の成果を残しておきたいと思っておられます。そのためには「時間さえ取ることができれば、たとえ1時間でも研究室に引きこもって、文献に目を通したい」とおっしゃるのです。研究のための積極的引きこもり欲求といえそうです。
このケースも自分の年齢と、後どれだけの研究成果を挙げられるかという不安からくる積極的引きこもり欲求です。
消極的引きこもり
新卒の松田君は、大手特許事務所の人材募集に応募し、問題なく採用されました。しかし、導入教育の宿題ができていなかったり、遅刻があったりして、ある時、上司から叱責を受けました。すると、その次の日に、何の連絡もなく出勤しなかったのです。病気ではないかと心配した上司がアパートに駆けつけましたが、ドアを叩いても返事がないのです。明らかに部屋にはいるにもかかわらずです。2・3日後に出勤してきましたが、勤務態度はよくありません。上司は何とかしようと頑張るのですが、小言を言ったり、叱ったりすると、出てこなくなるので、ほとほと困ってしまいました。書き始めた明細書もなかなか上達しません。誤字脱字もことのほか多かったのです。結局、彼は1年も持たず退職していきました。
叱責されて出勤しなくなる彼の引きこもりは、非常に消極的なもの、未成熟な人格のなせる業といえましょう。彼は両親から叱られることなく、「蝶よ花よ」と育てられ叱責に対する免疫ができていなかったものと思われます。それにしても、大学卒業まで叱責された経験がないはずもないのですが、真剣に怒られたことがなかったのでしょうか。就職して職場でいきなり叱責を受けたので、ショックを受け、やる気をなくしてしまい、出勤しないで引きこもってしまったようです。
松田君の心情を察するに、「宿題を一部やれなかっただけだし、遅刻だってたった5分じゃないか。それなのにあんなにひどく怒るなんてひどいよ。やる気なんかなくなっちゃったよ。今日は出勤する気がしないよ」というところでしょうか。
それとも「宿題ができないうえに、遅刻したんじゃ怒られるよなあ。それにしても俺はいつも何か抜けているんだよなあ。だめだなあ。もう人生台無しだ。出勤する気がしないよ」でしょうか。
終日、部屋にこもりきりで、寝るでもなく、沈んだ気分であれやこれやと思い悩む1日になってしまったことでしょう。
ひょっとすると母親に電話をかけ「上司がひどく怒る、こんな職場じゃ嫌になっちゃうよ。もうこんなところにいたくない」等とうっぷんを晴らしているのかもしれません。
この例は人生をも台無しにしてしまうほどの、消極的引きこもりといっていいでしょう。およそ時間の効率的な使い方とはいえません。
そういえば、こんな事例を聞いたことがあります。保育士の資格を持つ女性がある保育園に就職したのですが、その保育園の教育方針に合わない園児の扱いがあったため、園長から辛口の叱責がありました。すると、その場で「私は両親からも、このような怒られ方をしたことはありません。辞めさせていただきます」と、退職してしまったそうです。
5)儀礼
時間の構造化の2番目です。例えば、出勤時に上司や同僚と顔を合わせたときの「おはようございます」「こんにちは」等という挨拶が儀礼に当たります。「涼しくなりましたね」「お先に失礼します」「お疲れさまでした」等という会話は常時習慣的に交わされます。このように人とのやり取りの仕方が一定の型にはまっているような時間の使い方を「儀礼」といっています。
仕事の中ではこのような儀礼のやり取りは少ないのですが、例えば、次のような場合が儀礼に相当します。
大手特許事務所の国内管理部に所属する浅田さんは、日常、出願書類の準備、特許庁への送信、控えや請求書の作成とそれらの発送、拒絶理由等の日限管理を担当しています。毎週月曜日に所内で行われる朝礼に出たところ、所長から明細書のクレームが大きすぎる場合の、特許法36条6項1号拒絶について、注意事項の説明がありました。自分の業務とは直接の関係がなく、話も難しくてよくわからないので、よそごとを考えながら、仕方なくその場にいました。
これは、儀礼的にその場にいたということになるでしょう。
会議においても、自分の部門と関係のない話題が討議されているようなときには、どうしても関心が薄れます。真剣に参加すべきところ、儀礼的にならざるを得ないでしょう。
儀礼による時間の構造化は、時間を大切にして積極的かつ有意義に時間を使うということにはなりません。大方の場合、型にはまったやりとりですので、やりとりが嫌な雰囲気になるとか、非常に気分の良いものになるといったことはありません。心理的には気楽なやり取りといえるでしょう。
しかし、この儀礼にはストローク(他人に対する関心を持って行う働きかけのこと。パテントメディア101号ストローク参照。当所HPでご覧いただけます)の交換の準備運動的な意味があります。
従って、儀礼のやりとりでは、親密さには欠けますので、いつもいつも儀礼的なやり取りばかりであると、いささかさびしさを伴うことになります。
6)社交(雑談・気晴らし)
重要な交渉、例えばライセンス交渉がこれから始まるとします。多くの場合、まず、名刺交換があるでしょう。それから、いきなりライセンスの話に入るのではなく、最近の天候の話(あるいは景気の話、趣味の話、服装等流行の話、ゴルフ等スポーツの話、旅行の話かもしれません)をして、雰囲気を和らげるということが行われるのが普通です。それから、ぼつぼつ本題に入って行きます。行ってみれば他愛のないおしゃべり、雑談とでもいえます。しかし、重要な話し合いの準備運動として、これは結構重要です。いきなり課題に突き進む場合の味気なさを想像すれば、容易に理解できます。このような時間の構造化を「社交」といいます。
税務署による税務調査のときですら、始めに、このようなウォーミングアップが行われます。
ストロークの交換としては、儀礼と比較すると、もう少し深いものとなっています。例えば「お元気にお過ごしですか」等という相手の健康状態を気遣うやりとりなども、この社交に分類されると思われますが、ストロークとして相手に関する関心の度合としては比較的深いものとなっています。
例えば、ライセンス交渉に訪れたA社の知財部長が、名刺交換の後、「今日はいいお天気ですね。まさにゴルフ日和ですなあ。屋内でのライセンス交渉では、もったいないですねえ」との問いかけたのに対し、B社のライセンス課長が「こんないい天気のゴルフでは、大たたきしても、天候を言い訳にはできませんからねえ」のような会話が交わされたならば、その場の雰囲気は一気に打ち解け、緊張の走るライセンス交渉は、きっとスムーズにいくこと請け合いです。
社交事例
各業界から集まった知財部のマネジャーのゴルフコンペがありました。その前夜はゴルフ場近くのホテル泊です。夕食は気遣い不要の懇親会となりました。アルコールもほどほどに回った頃、A社の知財部長が「最近の最高裁の判例によって、プロダクト・バイ・プロセスが全て記載不明瞭で、拒絶の対象となりましたが、実務上の影響はどうですか」と話しかけました。多くの知財マネジャーは興味津々です。酒の場の議論ですから、そうそう気を遣う必要はありません。言いたいことが言えます。
「過去にプロセスを書いた物クレームが多数特許されているのが、皆36条の無効理由を有することになるのだから、権利行使しようと思うと、予め皆、訂正審判をかけなければならず、実務者としては大変ですよ」「今、拒絶理由が来ている中では、ひどいのもありますよ。例えば『圧入固定され』とか『シーム溶接により接合』とか『重ねあわせて接合』とかも皆拒絶ですからね。構造を表したのと変わりないのですがねえ」「そうですよ。最高裁は『製造方法を書くことにより、発明の内容を明確に理解することができず、独占権範囲が分からなくなるようなときにのみ、不明確だ』といっているんですよ」「圧入固定なんか全く明確ですよ」「しかし、最高裁がそう判決した以上、特許庁としては拒絶理由を出さざるを得ないでしょう。仕方ないんじゃないですか」「いや、現在の特許庁のやり方は、ちょっといきすぎですよ。是正されるべきですね」等々、気楽な意見が続出しました。
酒を飲みながらの気楽な会話ですので、発言に責任があるわけでもなし、まさに社交、雑談といえます。しかし、さすが知財マン、雑談でも結構的を射た会話でした。
7)活動(仕事)
我々知財マンの日常の最も多くの時間が仕事に使われます。会社や特許事務所で、知財に関する業務を行います。
ライセンス契約書の作成、明細書のチェック、特許調査、会議資料の準備、発明届出書に基づく発明者のインタビュー、報告書の作成、新しい技術の勉強等が活動です。
そのほか、活動の中には純然たる仕事以外のものもあります。ゴルフ仲間とゴルフに出かけたりする趣味的なもの、あるいは奥さんに頼まれてする家庭内の雑事。掃除をしたり、買い物に行ったりです。
仕事をしている通常の人の心理状態は、冷静で客観的にデータを集め、それを基に理論的に考えて物事を処理します。決断します。判断します。
これは自我状態分析でいうならば、成人の自我状態(パテントメディア第99号自我状態分析参照)です。
時間を有効に使うための構造化としては、最も普遍的な方法です。あまり時間の有効利用ということは、顕在意識にはなく、無意識に構造化しているといえます。
充実した活動(仕事)の一例を見てみましょう。
大手特許事務所の大橋所長は35年前に特許事務所を開業、事業は順調に発展し、今では多くの一流企業との取引があります。そろそろ老境に差し掛かっていますが、元気です。毎日朝5時に起床、まだ薄暗い中、日課の散歩に出かけます。人影も少ない住宅地を約1時間歩きます。かなりの速足なので、8500歩になります。帰って、朝食の前に簡単なフィットネスです。腕立て伏せ60回、腹筋50回、側筋左右それぞれ35回ずつ、ストレッチを一通り行います。ラジオ体操も日課です。朝食は奥さんの作った和食で、比較的小食です。
7時半には事務所に出勤します。各新聞に目を通し、昨日、届けられた出願関連書類のチェックを始めます。出願完了書類、拒絶理由通知、拒絶査定通知、特許査定通知、その他庁関係の書類が全て回ってきます。外国関連の書類も回ってきますので、その量は相当なものです。チェックは通常1時間から3時間かかります。
出願書類はクレームを中心にチェックし、第1クレームが長いときには、担当弁理士を呼んで、技術説明をさせ、その場でクレームを作って示すという指導をしています。
拒絶理由通知や拒絶査定は、36条拒絶のみ詳細に読んで、事務所の責任のあるものかどうかを確認します。事務所責任の疑いが強い場合には、同じく担当者を呼び、事情説明を受けるとともに、対策を検討します。
特許査定も、どの会社のどの発明が特許になったかを確認するために見ます。
そうこうするうちに、意匠グループのグループ長から、「意匠の属否の鑑定の件でご相談があります。実物が意匠部に来ていますので、御足労下さい」といってくるので、その相談に乗ります。
終わると、すぐシステム開発のグループ長が捺印をもらいたいといいます。新しい出願書類のサーバを更新するための費用の支出承認依頼です。かなりの高額ですが、必要なものは必要であるので、捺印します。
メールをチェックしたり、その返事をしたりしていると、もう昼です。
昼食後1時には来客があります。清水さんという零細企業の社長で、自社開発の製品を特許出願し、結構売れているのですが、拒絶理由が来たので、その対策を説明するためにお越しいただいたのです。拒絶理由のない請求項を生かして、その他の請求項は分割してはどうかという提案をしたのですが、実施技術との関係では、拒絶理由のない請求項で十分抑えられるというので、その請求項を生かし、もう少し限定した第2の請求項を作って対策とすることで決着しました。
3時からは経済同友会の、経済見通しの講演会です。
2時間に及ぶ講演から、特許事務所の運営に役立つ情報が得られました。
事務所に帰ると、秘書が待ち構えています。「明日、午後3時から時間が取れますので、商標部のグループ長から侵害事件で相談があります。予定に入れてください。また、その後国際管理部の辻田さんが、アメリカ人の日本特許権の移転について、相談したいとのことです。その後は何もありません」というので、予定を手帳に書き込みます。
こうして一日が終わりました。なかなか、充実の一日でした。
8)ゲーム(心理的ゲーム)
人は他人から関心を持たれるために生きているとさえ言われます。この他人からの関心のことを交流分析では「ストローク」といいます。
他人との交流がうまくいかないで、他人から疎外されるようになると、ストローク不足で、「ストローク飢餓」といわれる状態に陥ります。
通常、ストロークは褒められたり表彰されたり愛されたりするプラスのものなのですが、それらをなかなか得られないと、マイナスのストロークでいいからと心理的ゲーム(ゲームともいいます。パテントメディア104号心理的ゲーム参照)を仕掛けるということが起こるのです。すなわち、叱責を受ける、怒られる、制止される、嘲笑される、非難される、悪口を言われる等マイナスのストロークであってもいいので、他人からの関心を求めてゲームを仕掛けてしまうということが起こるのです。
パテントメディア104号で掲載したゲームの1つを再現してみましょう。
K国際特許事務所の所長である加藤弁理士のところへ、明細書作成の仕事をしている新人弁理士山岡君がやってきます。加藤弁理士と山岡君のやりとりです。
山岡弁理士「先生、最近、明細書をどのように書いたら発明を浮き彫りにするようなレベルの高い明細書になるのか迷い悩んでいるんです。何かよい提案はないでしょうか」
加藤弁理士「君の明細書は、なかなか立派だと思うよ。強いて言うなら、従来技術のところをもう少し丁寧に説明をして、本発明を引き立たせるような配慮をしてはどうかね」
山岡弁理士「それは、前に所長にお聞きしたことがあり、もう、とっくにやっていますよ」
加藤弁理士「そうか、まあ従来技術の裏返しになるが、効果の記載が詳しすぎて、下手をすると限定解釈されかねないと感じることがあるから、この点に気をつけたらどう」
山岡弁理士「それがですね、私はもう少し短く書きたいんですが、依頼者が書け書けっていうんですよ」
加藤弁理士「じゃあ、クレームの記載を思想的に大きくとらえることはできないかね。君のクレームはどちらかというと実施例に近いものが多いね」
山岡弁理士「それには、何回も挑戦したんですよ。しかし頭の悪い私には、とても所長のようなクレームは作れませんよ。無理ですよ」
加藤弁理士「私が気付いたのはそれくらいだが、私や先輩の書いた明細書や有名事務所のものを読んで勉強してみたらどうかね。明細書の書き方の本も出てるよ」
山岡弁理士「私にはとてもそんな明細書を読む時間はありませんよ。所長もご存じでしょう。私が遅くまで残業しているのを」
加藤弁理士「君は私の所へ何をしに来たんだね。君がいちいちそんな反論をするんじゃ、もう私には提案なんかできんよ」
山岡弁理士「そうですか・・・」
このゲームを「うんでも」ゲームといいます。
仕掛けたのはもちろん山岡君ですが、顕在意識では「立派な明細書を書きたい」という真摯な思いがあって、所長に相談するのです。しかし、その裏で山岡弁理士には、同僚や上司とうまくいかず、ストローク不足が起こっています。周りの人に関心を示してもらえず、疎外されるということが起こっているのです。
山岡弁理士が加藤所長の関心を惹こうと、ゲームを仕掛けたのが、上記の「うんでもゲーム」です。所長と話している間、とにかく所長からの関心は山岡弁理士に集中します。かなり濃いストロークが山岡弁理士に与えられます。ストローク飢餓の状態は緩和されるのです。
しかし、山岡弁理士のI am OK. You are not OK.という基本的ポジション(パテントメディア第103号参照)が所長の提案を全て否定させてしまうというゲームとなってしまったのです。
そしてこのやりとりでは、どこまでいっても山岡君は「それはよい提案です。早速やってみます。」とは言わないのです。
山岡君の隠れた無意識の狙いは、「私に役立つ提案などさせるものか」というもので、仕掛けられる加藤弁理士も(所内の明細書の質を高めなければならない)とか(部下の相談に乗るのは上司の務め)というような弱みを持っています。
もともとは山岡君も「仕掛けて困らせてやれ」という立場ではなく、本当によい明細書を書くにはどうしたらよいかと思って、加藤弁理士に聞きに行ったのです。しかしながら、無意識(潜在意識)の部分では(おれの明細書はすごいんだ。たくさん書いているし、依頼者の信頼も厚い。最近オリジナルはあまり書かない所長なんかよりも、おれの方が上だ。役立つ提案なんかできっこないよ)というような I am OK. You are not OK. という意識(無意識)があったのです。
この場合、所長の多くのアドバイスに対して「そうですね。わかりました。やってみます」のようにプラスに受け止めれば、ストローク飢餓がプラス方向の緩和に向かうのです。ゲームにして、所長を怒らせてしまうような後味の悪い思いをせずに済んだのです。
時間の構造化は、いかに時間を有効に使うかという目的を持って、時間をやりくりすることなのですが、それをゲームに使ってしまったのでは非生産的になってしまいます。
職場におけるやり取りで、険悪な雰囲気となり、後味の悪い結果となるようなときは、ほとんどの場合、ゲームとなっています。このような状態を避けるには、プラスのストローク、すなわち、お褒めを多くしてストローク飢餓の状態が起こらないように工夫する必要があります。
手前味噌になりますが、筆者の事務所では部門長に、週に少なくとも1回、部下のお褒めの種を見つけてトップに報告させ、トップからお褒めメールを送り、プラスのストロークとしています。
9)親密
時間の構造化としての親密とは、本音でのやり取りがうまく行き、お互いに共感できる状態をいいます。
本音で自分をさらけ出し、相手に対して率直に渡り合うやり取りでは、異なった意味に受け取られて、誤解されてしまったり、知らないところで相手を傷つけてしまったりすることがあるかも知れません。ある種の危険が伴います。そうすると、その危険を避けるために、親密なやり取りを避け、儀礼や社交のやり取りをしてしまうことが多くなります。このような形式的なやり取りでは、ストロークが非常に浅く、ストロークの貯蓄は貯まりません。どうしてもストローク飢餓状態になる傾向が生じます。そうすると「マイナスのストロークでもいいから」と知らず知らずのうちに、嫌な感じが双方に残るゲームに陥ったりします。
親密というのは、お互いに相手に対して共感が持てる状態をいいます。共感があるからこそ相手の価値を認め、信頼することにより、自分の本音、真の姿を安心してさらけ出すことができます。また、そうしてもそれを額面通り受け止めてもらえるという信頼感があります。互いに尊敬し合うという関係も生まれてきます。
では親密とはどんなやり取りでしょうか。
親密の事例
父親の介護のため、通常勤務が不可能になってきたと所員から申し出がありました。奥さんも毎日介護を継続する体力がない。このような事情で、明細書担当の中堅の原田弁理士が、所長のところへ相談に来ました。
原田弁理士「所長、お忙しいところ申し訳ありませんが、相談に乗っていただきたいことがあります」
所長「ほう、どんなことだね。深刻そうだね」
原田「そうなんです。実は父親が75歳なのですが、腎臓を悪くして、寝たり起きたりの生活なのです。4日に一回の透析もあって、どうしても介護が必要です。介護施設への入所を打診したのですが、要介護2の段階では、だめだというのです。妻も病気がちで毎日父親の介護をするだけの体力がありません。有休を目一杯取らせていただき、私が介護をやってきましたが、とうとう限界にきてしまいました。もう2年近くたちますので、時間だけではなく、精神的にも参っています。このままでは事務所にも迷惑をかけ申し訳ないので、退職させていただき、介護に専念したいと思います」
所長「いや、待て待て。そう簡単に退職と言うけれど、生活費はどうやって稼ぐのかね。奥さんが働くといっても、病弱では十分な稼ぎは無理だろう」
原田「その通りなのですが、もう背に腹は代えられない状況なのです。蓄えも少しはありますので、それが尽きるまでは何とかやってみたいと思います」
所長「そうか、ずいぶん深刻だなあ。それは困ったことだろう。介護は朝から晩までずっと付きっきりというわけでもないだろう。どんなことを、どのくらいの頻度でやるのかな」
原田「トイレの世話は2-3時間ごとになりますし、点滴、リハビリ、食事の準備、そして、食事を食べさせる世話、入浴、服薬、病院でおこなう透析の付き添い、掃除洗濯等、相当な時間がかかります。今まで妻に手伝わせながらやってきましたが、とうとう妻も体力的にも精神的にも限界にきてしまったのです。すみません」
所長「なるほど、介護って大変なんだなあ。何とかしてあげたいんだが。いい方法がないか、よく考えてみるから、明朝もう一度来てくれないか」
そして翌日、
所長「原田君、君の生活が何とかならないかと、真剣に考えてみたんだが、どうだろう。当所ではまだ誰も経験がないのだが、在宅勤務で何とかならないものだろうか。例えばトイレとトイレの世話の間にも、2時間や3時間とれるだろう。四六時中介護ばかりじゃないはずだから、他にも時間を取ることができるだろう。君はX社の明細書を書き始めてから、もう5・6年になり、信頼も厚い。発明者の面談だけは、無理をしてもらうとして、明細書の作成は在宅という形で継続してはどうだろう。成果が今までと変わりなく上げられれば、今まで通り正社員として待遇するし、どうしても無理なようなら、出来高制という手もある」
原田「ご厚意、ありがとうございます。涙が出そうです。そんな扱いをしていただけるのならば、一生懸命正社員として続けられるよう頑張ります」
所長「そうか、じゃあ奥さんともよく相談して、在宅勤務体制を整えるようにしてくれ。よかったな」
原田「ありがとうございます。早速そうします」
在宅勤務という案で原田弁理士は救われました。原田弁理士は自分の家庭のことを包み隠さず、本音で打ち明けました。それを聞いた所長は原田弁理士のことを良かれと思う利他の心、すなわち、なんとかしてあげたいという親心で在宅勤務という手段を提案しました。
まさに親密のやり取りということができます。
これがもし、退職を申し出た原田弁理士に対して、所長が「今、君に辞められたら、X社への対応レベルが一挙に落ちてしまうじゃないか。退職せずに何とかできる手はないかよく考えろよ。介護サービスの会社から介護者を派遣してもらうことはできないのか」と、事務所のことだけを考えて対応したのでは、とても親密のやり取りとはいえません。
知的財産部や特許事務所においても、このような本音の親密のやり取りが減り、儀礼、社交、ゲーム等が多くなってしまうと、共感、愛、尊敬、思いやり、優しさ、信頼に支えられた真の人間関係はできあがってきません。本音でぶつかる親身なやり取りを念頭に置いていただきたいと思います。
10)結び
今回は時間の構造化について、説明しました。我々のすべてのやり取りは以上の6種類に分類されるといいます。といっても、大半は活動(仕事)に分類されます。儀礼や社交も結構多いでしょう。ゲームはほとんどないでしょうが、後味の悪いやり取りがあったときは、その可能性が高いといえます。
我々の知財の仕事は、どうしても論理で押し通す場面が多く、人とのやり取りで「親密」を意識しにくいのですが、上司と意見が対立したとき等、本音で語り合うことが重要でしょう。
確かに親密の関係は本当の自分をさらけ出すことになるので、上司の気分を損ねたりして、傷つく危険があります。しかし、お互いに心を開き、相手を尊敬し、信頼し、真の心の触れ合いができるのも親密の関係です。そうしてこそ、深いストロークの交換ができて、最高の人間関係ができあがるのです。
例えば、自社実施技術が他社特許に抵触するか否かについて、上司と部下の意見が真っ向から対立したとき、部下が「上司がそう言っているんだから、俺の責任にはならないし、まあいいか」と自分の意見を引っ込めてしまうようでは、親密のやり取りにはなりません。上司の顔色をうかがった社交になってしまいます。最終的な結論は上司のものが採用されることになるとしても、決して遠慮することなく、意見は言うべきでしょう。その場合、上司は部下の意見を十分聴いて、理解し、その考えにも配慮をして、判断がなされるべきです。さらに、自分の考え方を部下に理解させるための努力も必要です。そうしてこそ仕事の中に親密が顔をのぞかせ、よい人間関係が醸成されるといえます。
通常、親密はごく親しい友人同士や、愛し合う男女間などの本音のやり取りに多く表れると思いますが、我々の仕事上でも、親密を意識したやり取りをしたいものです。
以上