知財マンの心理学7 (心理的ゲーム)
(パテントメディア 2015年9月発行第104号より)
会長 弁理士 恩田博宣
1) 始めに
我々の人生は、すべて他人との関係において成り立っています。良好な人間関係を維持継続しているような人は、いい人生を歩んでいるといえます。反対に周囲の人たちから、避けられるような人間関係しか築けない人は、悩みも多く、決していい人生を送っているとはいえないでしょう。
今の人間関係を振り返って、自分の人生の問題だと感じられる部分を、他人のせいにするのではなく、自分の方から改善をしていくにはどうするか。自分の心の状況を知ることから始める必要があります。自分が思い込んでいる、今の自分は、実際には思いもよらない面を持っていたりするものです。
上司と部下あるいは家族、友人等との間のやり取りで、いつも同じようなことが繰り返し起こり、決まってその結末に嫌な気分が残ってしまうケースがあります。例えば、次のような場面です。
<やっぱり私でなければ>
ある知的財産部ライセンス課の会議です。
藤沢課長にはワンマン的な傾向があります。課で会議を開いても、課員がなかなか発言しないことが多く、課長が一方的に発言し、結論を出すという会議が普通です。課長は「これではいけない。今日は自分の発言を控えて、課員の意見を十分引き出してやろう」と考え、会議の冒頭、次のように発言します。
藤沢課長「本日の会議の議題は、当社の知財権のライセンス業務についてだ。知財権のライセンス業務により、当社の業績に何とか貢献したいが、その具体的な方策について、現状の問題点を指摘するとともに、それを解決する方策をどんどん出してほしい。当社のライセンス収支は赤字体質が続いている。これを何とかしたいのだ。いつも私ばっかりしゃべるので、今日は発言を控えることにするから、皆さんが活発に意見を出してほしい。皆さん、ある程度準備してきたと思うので、一人ずつ順番に発言してくれないか」
そこで、課員は準備してきた問題点と、その解決策を一人ずつ発表します。
その中に「他社は侵害発見業務をしっかりやっていて、それをライセンス料獲得に繋げている。一方、当社には組織的な侵害発見業務がなく、偶然の侵害発見か、他社からのライセンス申込みのみに頼って、他社へのライセンス提供を行っている点が問題だ」と指摘し、「侵害発見業務を盛んにすべきだ」と述べた課員がいました。これを捉えて、
課長「どうだ、この侵害発見業務を盛んにするための具体的なアイディアはないかな」
と、課員の発言を促しましたが、課員からの発言はなく、沈黙が続きました。たまらず、
課長「黙っていては、時間がもったいないぞ。伊藤君どうだね。何か意見はないかね」
伊藤課員「申し上げにくいのですが、侵害発見の業務をどのようにするか、当知財部では経験が乏しく、具体的手段が思い浮かびません。参考になる書籍を購入して勉強するとか、研修会に出してもらうというのはどうでしょうか」
吉田課員「そうです。いい考えだと思います。前任課長のときは、結構いろいろな研修会に出させてもらっていました。ぜひお願いします」
課長「研修会に出ないとアイディアは出ないというのかね。情けないね。一体何年この知財業務をやっているんだ。過去の経験の中からでも、いくらでも対策は出るだろう。
例えば、特定の技術分野に限定して、ライバル会社の特許公報を読み込むだけでも、技術動向はわかるし、その実施例の中に侵害例が出てくる可能性もあるだろう。公報を見て、当社の特許が引例にあがっているライバル社の特許出願を調べることによっても、侵害のにおいを嗅ぎ付けることができるだろう。それで当たりを付けて、技術開発部に対して、当社のこの特許を侵害している可能性が高い等と情報を提供して、調べてもらうこともできる。
当社がどのような権利を所有しているかを、技術部や営業部に教育して侵害発見に資するという道もあるだろう。そのためにわかりやすい要約書を作ることだってできるじゃないか。開発部で他社製品を分解しているときに立ち会って、侵害発見に協力することだって可能だぞ」
結局、いつもと同じように、課長がいくつかのアイディアを出し、その実行を指示して会議は終わりということになりました。
課長は「また、同じことになってしまったなあ」と、嫌な感じが残ります。課員にも「結局、いつもどおり課長が何もかも決めちゃうんだよな」と、不満が残ります。
2) 心理的ゲーム
上記のやりとりは、「やっぱり私でなければ」という心理的ゲームです。今回はこの心理的ゲームについて、説明します。
このやりとりで、藤沢課長は顕在意識では、「会議ではいつも自分ばっかり発言していて、課員の発言が少ないので、今日こそ課員の発言を引き出したい」という真摯な思いから、会議の冒頭「今日、私は発言を控えることにするから、皆さんで活発に意見を出してほしい」と、課員の発言を促します。
しかし、課長の潜在意識(無意識)では、「未熟な課員からは、どうせろくなアイディアは出ないだろう。私でなければ無理だろうな」という隠れた意識(狙い)があります。
すなわち、藤沢課長の I am OK. You are not OK. のポジションから出ているのです。
その意識が「研修に出させてくれ。前任の課長はそうしてくれた」との発言をきっかけに、最後の課長の発言となるのです。それは無意識かつ自動的に出てしまうのです。
仕掛けたのは藤沢課長です。そして、最後に課長が侵害発見の具体的方法のいくつかの例を「いくらだってアイディアはあるだろう」といわんばかりに投げかけたところで、「やっぱり私でなければ」という狙いは達成されたのです。
しかし、課長は顕在意識では「どうしようもない課員たちだなあ。それにしても、また私一人でしゃべってしまった。課員に発言させなかったのはまずかったな。こんなはずじゃなかったのに。こんな部下の指導しかできないようではだめだなあ」という思いが去来し、後味が悪い状態になるのです。
課員は「また、課長を怒らせちゃったのはまずかったなあ。しかし、課長は『今日は発言を控えることにする』と言ったのに、結局は自分で決めちゃうんだもんなあ。俺たちの意見を少しは受け入れてくれてもいいのに」と、これまた嫌な感じが残ってしまいます。このように、課長も課員も、すなわち、両者とも後味の悪い、嫌な思いが残る結末となるのです。こんなやりとりを「心理的ゲーム」、または単に「ゲーム」といいます。
3)ゲームの公式
ゲームにはそのゲームを仕掛ける人がいます。上記の「やっぱり私でなければ」のゲームでは、藤沢課長が仕掛人です。仕掛人は顕在意識では気付いていない隠れた狙いを持っています。その狙いは「未熟な課員からは、どうせろくなアイディアが出ないだろう」「やっぱり私でなければ」というものです。
すなわち、I am OK. You are not OK. のポジションを証明しようとするものです。
その仕掛けに乗せられるのが、課員です。乗せられる人は乗せられる弱みを持っています。ライセンス課の課員は課長と比較すると、未熟な人材が多く、知識も経験も課長にはとてもかないません。会議はいつも課長の独壇場という前提も課員の弱みの一つとなっています。
そして、会議がはじまります。課長が発言を促し、課員が発表を終えるまでは、会議は冷静に進行します。しかし、その裏では、課長は「本当にいいアイディアが出てくるのかなあ」、課員は「課長は本当に俺たちの話を聴いてくれるのかなあ」等という隠れたやりとりが無言のうちに行われています。表面上は冷静です。
課長から侵害発見の具体的アイディアを求められ、課員の沈黙が始まる頃からムードがおかしくなります。言い換えれば課長の思惑どおりの進行になっていきます。
課員が「研修に出してくれ。前任課長はよく出してくれた」と発言したところで、課長の正体が現われます。それまで課長は、「何か良いアイディアを出してくれるかもしれない。よく課員の意見を聴こう。課員の意見も大切にしなければ」という冷静な思いでしたが、反転してしまいます。課長の思いは一気に「やっぱり、未熟な課員ではだめなんだなあ。私が何とかしなくちゃいけないな」というところへいってしまうのです。最初の意図がはぐらかされてしまう段階です。この段階で、仕掛けられた課員は一種の罠にかかってしまったともいえます。そして、課長が具体的アイディアを、いくつか述べる最後の発言になってしまいます。話し終えたところで「なんで、またこんなことになってしまったのだ」という混乱状態になります。そして、両者とも後味の悪い結末となるのです。
このような状況を整理してみますと、仕掛ける人と仕掛けられる人がいて、最初は表面上穏やかで冷静なやり取りが行われます。次に何かのきっかけから、はぐらかしが起こり、混乱し嫌な結末となるのです。心理的ゲームはおおよそこのように進行します。必ずしもこの公式通り進行するとは限りませんが、最後に後味の悪い結末となるのは、全てのゲームに共通しています。
4)もう一つの心理的ゲーム
<うんでもゲーム1>
K国際特許事務所の所長である加藤弁理士のところへ、明細書作成の仕事をしている新人弁理士山岡君がやってきます。加藤弁理士と山岡君のやりとりです。
山岡弁理士「先生、最近、明細書をどのように書いたら発明を浮き彫りにするようなレベルの高い明細書を書けるのか迷い悩んでいるんです。何かよい提案はないでしょうか」
加藤弁理士「君の明細書は、なかなか立派だと思うよ。強いて言うなら、従来技術のところをもう少し丁寧に説明をして、本発明を引き立たせるような配慮をしてはどうかね」
山岡弁理士「それは、前に所長にお聞きしたことがあり、もう、とっくにやっていますよ」
加藤弁理士「そうか、まあ従来技術の裏返しになるが、効果の記載が詳しすぎて、下手をすると限定解釈されかねないと感じることが、時々あるから、この点に気をつけたらどう」
山岡弁理士「それがですね、私はもう少し短く書きたいんですが、依頼者が書け書けっていうんですよ」
加藤弁理士「じゃあ、クレームの記載を思想的に大きくとらえることはできないかね。君のクレームはどちらかというと実施例に近いものが多いね」
山岡弁理士「それには、私は何回も挑戦したんですよ。しかし頭の悪い私には、とても所長のようなクレームは作れませんよ。無理ですよ」
加藤弁理士「私が気付いたのはそれくらいだが、私や先輩の書いた明細書や有名事務所のものを読んで自分で勉強してみたらどうだね。明細書の書き方の本も出てるよ」
山岡弁理士「私にはとてもそんな明細書を読む時間はありませんよ。所長もご存じでしょう。私が遅くまで残業しているのを」
加藤弁理士「君は私の所へ何をしに来たんだね。君がいちいちそんな反論をするんじゃ、もう私には提案なんかできんよ」
山岡弁理士「そうですか・・・」
このゲームを「うんでも」ゲームといいます。
仕掛けたのはもちろん山岡君です。そしてこのやりとりでは、どこまでいっても山岡君は“それはよい提案です。早速やってみます。”とは言わないのです。
山岡君の隠れた狙いは、「私に役立つ提案などさせるものか」というもので、仕掛けられる加藤弁理士も(所内の明細書の質を高めなければならない)とか(部下の相談に乗るのは上司の務め)というような弱みを持っています。
もともとは山岡君も「仕掛けて困らせてやれ」という立場ではなく、本当によい明細書を書くにはどうしたらよいかと思って、加藤弁理士に聞きに行ったのです。しかしながら、無意識(潜在意識)の部分では(おれの明細書はすごいんだ。たくさん書いているし、依頼者の信頼も厚い。最近オリジナルはあまり書かない所長なんかよりも、おれの方が上だ。役立つ提案なんかできっこないよ)というような I am OK. You are not OK. という意識(無意識)があったのです。
「参考書を読んだらどうだ」と言われて、山岡君が「残業で時間がない」と言い出したところで、はぐらかしの段階に入ったといえるでしょう。
そして、加藤弁理士が「もう、私には提案できんよ」と言った時点で、混乱状態となります。この時点で山岡君の潜在意識の「私に役立つ提案などさせるものか」という狙いは達せられたのです。
このようにして、加藤弁理士も山岡君も嫌な気分になります。加藤弁理士は最後に口走ったように、「どうして素直に私の言うことを1つくらい聞けないのだろう。嫌なやつだ。それにしても、もう少しうまく指導できなかったのかなあ」と思うし、山岡君も「所長を怒らせちゃったな。こんなはずじゃなかったのに」と思うのです。両者とも後味の悪い状態となるのです。
この「うんでもゲーム」のみを覚えておくだけでも、ゲーム発生に気付く上で、役に立つことが多いと思います。
5)ゲームからの脱出例
困るのはゲームが始まっても、仕掛けた本人が気付いていないことです。上記の「うんでも」ゲームでも山岡君は本当に立派な明細書を書こうと思って相談に行ったのです。そして結果的には潜在意識にあるYou are not OK. に支配されたやりとりをしてしまうのです。
こうしたゲームが多い職場では、隠された2重のやりとり(パテントメディア第99号「やり取り分析」参照、弊所のホームページでご覧いただけます)で雰囲気はとげとげしくなっていくのですから要注意です。
では、「うんでもゲーム」から脱するにはどうしたらよいでしょうか。結論は「今、ゲームが進行中である」ことに気付くことです。
加藤弁理士は、気付いたときに「では、山岡君、君ならどうする」というように問いかけてみることです。大方、本人が答えを持っていることが多いのです。
しかし、狡猾な仕掛け人はいうかもしれません。「いや、それが分からないから訊きに来たんじゃないですか」と。
そんなときには次のようなやり取りが適切だと思います。
「理想的な明細書が書けたとするならば、それはどんな明細書かな。もう少し具体的に聴かせてくれないか」と訊くのです。これには山岡君も応えざるをえないでしょう。そこで「じゃあ、そんな立派な明細書を書くために、今君のできることには、どんなことがあるかな」と質問するのです。山岡君は何らかの答えを持っていることが多いのです。その答えを待って、さらに、少しアドバイスを付け加えるのも、非常に良い対応です。ゲームから脱出できただけではなく、山岡君の隠れたねらいも実現することなく終わります。職場の雰囲気は良い状態が維持されるのです。
人間はストローク(ある他人の存在を認めるための行動や働きかけ、人に関心を示すこと、パテントメディア第101号参照)なしでは生きていけないといわれています。人はストロークが不足するいわゆるストローク飢餓の状態になると、否定的なストローク(怒る、叱る、制止する)でもいいからもらいたいと無意識に思うのです。
ゲームはそんな「否定的ストロークでもいいから欲しい」と思うときに起こるのです。上記の山岡君は多くの仲間からストロークがもらえず、たとえ否定的なものでもいいからと、加藤弁理士にゲームを仕掛けたともいえるのです。
前回のパテントメディア第103号で述べた対人関係の基本的なポジションは、
① I am OK. You are OK.
② I am OK. You are not OK.
③ I am not OK. You are OK.
④ I am not OK. You are not OK.
の4つでした。
この心理的ゲームは、上記②~④の基本的ポジションを維持、強化、証明するために、行われるといってもよいのです。従って、同じ人が同じようなゲームを何回も執拗に仕掛けることが多くなります。すなわち、山岡君が加藤弁理士に仕掛けたゲームは、「所長には私に役立つ提案等させるものか」と、You are not OK. の基本的ポジションを証明するものであったのです。
基本的ポジションは、1~3歳のころ身に着けてしまったものです。従って、この基本的ポジションの変更を他人から迫られると不適応を起こしてしまいます。無意識になじみの基本的ポジションを確認し、それを維持しようとするのです。また、ゲームを行うことによって、自分の欲しいストロークを得るために時間の構造化を行うともいえるのです。(「時間の構造化」については、次号のパテントメディアで説明します)
職場という環境は、うまくやって当たり前なところですから、なかなか肯定的なストロークは得られません。そこで、ストローク飢餓を解消するために、否定的なストロークを得るためのゲームが行われるということもあり得るのです。
6)ゲームからの脱出
ゲームはやらないにこしたことはありません。では、ゲームをやめるには、どうすればよいでしょうか。
①まず、ゲームが始まったことに気付くことです。ゲームは無意識のうちに始まりますから、それに気付くのは大変難しいのです。しかし、仕掛ける方は無意識で気付かなくても、仕掛けられる方が十分な知識を持ち、いろいろなパターンを知っていれば、意外と気付くものです。特に、前にも同じゲームを経験していれば、気付き易いといえます。
②「うんでもゲーム」で、「君ならどうする」と質問して、ゲームから脱したように、大人(A)の自我状態(パテントメディア第98号「自我状態分析」参照)で質問をするのも有効です。
③ストローク不足がゲームの原因で、否定的ストロークを求めて行われるものですから、肯定的ストロークを与えるようにし、また与えられたストロークを確実に受け取ることです。
④ディスカウント(パテントメディア第102号参照)で、軽視したり無視したりする態度は、ストローク不足の原因となります。ディスカウントを避けることはゲームの原因を作らないことに役立ちます。
⑤ゲームに気付いたら、そのゲームについて仕掛けた側、仕掛けられた側が互いに話し合うといいのです。ゲームについて基本的なことを説明した後、「今のがゲームなんですよ。いやな感じだったでしょ。今後はしないようにしましょう」というようにするのです。
しかし、これには注意が必要です。途中で「ゲームは止めよう」「いやこれはゲームじゃないよ」「いや、ゲームだ」と別のゲームが始まってしまうこともあるのです。
⑥ゲームに入っていることに気付き、どうしようもないときは、逃げ出すのも一法です。「急用を思い出した」とか、何らかの理由を付けてそばを離れるのです。ストローク飢餓が原因のゲームは、とても執拗なものがあります。わかっていても引っかかってしまうことがあるのです。そういう時には、思い切って、逃げ出すことです。ただし、仕掛けられた側が逃げ出すと、仕掛けた側はますますストローク不足に陥ってしまうことに気付く必要もあります。
⑦ゲームに気付くには、ゲームにはどのようなパターンがあるかを知ることです。前記の「うんでもゲーム」について知っているだけでも、結構役立つものです。
以下、紙面の許す限り、ゲームのいくつかの例を示すこととします。
7)種々の心理的ゲーム
7-1)<私は馬鹿者>
特許事務所所員弁理士「私はどうも明細書には向いていないようです。能力がないと思います」
特許事務所所長「そんなことないと思うよ」
所員「いやいや向いていないですよ」
所長「先月、君がやってくれたA社の半導体明細書はよくできていたし、会社の人も褒めていたよ」
所員「あれは、会社側で要点は書いてくれたし、所長の骨組みに従って書いただけです」
所長「それはそうだが、具体的に書いたのは君だよ」
所員「私の貢献した部分はほとんどないんですよ、所長。お世辞はなしにしてください」
所長「私はお世辞なんか言ってやしないよ」
所員「どう見てもお世辞ですよ。私は能力が低いのできちんと指導していただかないと、ろくな明細書が書けないんですよ」
所長「そんなことないって」
所員「いや、どう考えても、私は馬鹿・・・・」
所長「いい加減にしないか。君は何しに来たのかね」
I am not OK. を証明しようとするためのゲームです。
7-2)<あなたはひどい人>
妻「あなた!家族と過ごす時間をもう少し取れないかしら。週末はゴルフだし、平日は夜遅いし」
夫「そうだな。何とかしないといかんなあ」
妻「何とかする、するって言うだけで、今度の週末もまたゴルフなんでしょ。私と子供は目的なしに過ごすのよ。貴方ばっかりいいわねえ」
夫「そう言うなよ。ゴルフも単なる遊びばかりじゃないんだ。得意先の接待なんだよ」
妻「毎週、毎週ゴルフで、家族サービスのことなんか考えていないんだから。貴方は本当にひどい人」
You are not OK. を証明するために行われるゲームです。
7-3)<あなたのせいでこうなった>
母「あなた、最近成績がずいぶん下がったわねえ!」
子「そりゃあ、明けても暮れても勉強しろ、勉強しろって言われれば、いい加減嫌になるよ」
母「私はねえ、あなたがいい大学に入れるようにと思って言っているのよ」
子「いい大学、いい大学って、一体どんな大学に入りゃいいんだよ。高校受けるときだって、お母さんが勝手に決めたんだろ。俺は本当は他の高校に入るつもりだったんだ。こんな学校じゃやる気になれないよ。お母さんのせいでこんなに成績が下がったんじゃないか」
7-4)<あらさがし>
上司「君!君の書いた明細書を見せてごらん。まず、名称がこんなに長くてはだめだよ。発明の内容を簡明に表示したとは言えないな」
部下「ああ、そうですか。わかりました」
上司「請求項もいかんな。細かすぎるよ。技術思想が書いてない。これじゃ、実施例、どんずばりだろう。少し変えれば逃げられてしまうぞ。それになんだ、この字は。漢字が間違っているじゃないか。送り仮名もおかしいぞ」
部下「あのー、お言葉ですがその請求項は・・・・」
上司「待て待て、まず、俺の言うことを聴けよ。従来技術の解決課題をこんなにたくさん書いてしまっては、必然的にクレームは細かくなるんだよ。解決課題はポイントを捕まえて簡潔に書かなくてはいかん。作用もこれじゃあ、効果と同じじゃないか。それから・・・」
7-5)<キックミー>
やはり、ストローク飢餓が原因で、負の行動を取って、人の関心を惹こうとする場合に起こるゲームです。始業時間、会合開始時間、仕事の締め切りにいつも遅れる人がいます。周りの人からひんしゅくを買います。拒絶されたり、叱られたりもします。本人は反省しながらも、「いつも私ばっかり、なぜ、こんな目に合うんだろう」という嫌な気分になります。ストローク飢餓の状態から脱するために、いけないとは思いながらも、無意識に負の行動を取ってしまうのです。「私をいじめて」というゲームです。
知財部では次のようなゲームが考えられます。
特許課長「林君、先月暮れに頼んだ無効資料調査はどうなっている。明後日が日限だったな」
林課員「大丈夫です。十分間に合います」
特許課長「どの辺までできているかな」
林課員「すいません。それが検索式を作ったところまでしか進んでいないのです」
特許課長「なに?それじゃあまだ何もやってないに等しいじゃないか。検索式はいくつ作ったんだ」
林課員「1つです」
特許課長「1つじゃだめだろう。特許庁の審査官は5つ、6つは作るっていうぞ。当社の製品開発に重要なかかわりのある調査だから慎重の上にも慎重にやらなくてはならないだろう」
林課員「すみません。他にも調査案件をいくつか抱えていて、それほどたくさん作れなかったんです」
特許課長「だから1か月も与えたんじゃないか。今日中にあと3つ4つの検索式を作って持ってきて説明してくれ。そして、明後日までに何としても間に合わせるんだ」
林課員「そういわれましても、今日中に3つ、4つは無理ですよ」
特許課長「さっき、十分間に合うって言ったじゃないか。いい加減にしろ。君はいつも日限に遅れてばっかりじゃないか」
7-6)<世話やき>
ゴルフの上手な旦那さんが、ビギナーの奥さんにあれやこれやと教えすぎ、奥さんはどうしていいかわからなくなってしまい、ミスショットをしてしまいます。
そうすると旦那さんは「先ほど教えたばっかりじゃないか。どうして言うとおりにショットしないんだ」と、教えと叱責を繰り返してしまう。ついには奥さんに「私ゴルフなんかもうやめた」と言わせてしまうようなケースです。旦那さんも奥さんも気分は最悪です。
7-7)<さあ、とっちめてやるぞ>
叱責すべきケースでも、我慢、我慢と耐えるのですが、それが怒りをため込むことになっているときに起こるゲームです。1銭なり、2銭なりとため込み、抑えていた怒りが頂点に達し、ついに爆発します。「今までお前はどれだけみんなに迷惑をかけたと思うのだ。いい加減にしろ」と、相手の問題点を洗いざらいぶちまけるのです。言われた方はいきなりあれもこれも怒鳴り散らされるのですから、どうしようもありません。ただおろおろするばかりです。その抑えに抑えたということで、爆発した本人は、その爆発を正当化してしまいます。
叱責はため込むことなく、その事象が起こったそのとき、ただちにその場で問題点を指摘し、何が問題かを言って聞かせ、どう感じているか伝えるのです。そして、最後には「いつもの君らしくない」等、お褒めの一言をつけくわえて終わるのが叱責の定石です。
7-8)<うんでもゲーム2>
このゲームは比較的起こりやすいので、参考のためもう一つ例を示します。
林知財課員「課長、昨年新卒で知財へ配属された新人岸田君の件ですが、基礎教育がうまくいかず、なかなか仕事になじめなくて、ちょっと困った状態です。何か良い指導方法はないでしょうか」
杉山知財課長「もう1年もたっているのだから、ある程度目星がついてないといけないだろう。導入教育は昨年と同じ資料で弁理士資格のある吉田君がやったのだろう。OJTは誰が担当したのかね」
林課員「私がやりました。先行技術の調査、特許事務所への明細書作成依頼、上がってきた明細書のチェックが主な仕事ですが、仕事が遅く、調査の精度もよくありません。明細書の質については勉強中ですので、それほど問題にしていませんが、ちょっと遅いのが気になります」
杉山課長「そうか。じゃあどうだろう、仕事のスピードを上げるために、いつまでにやるかという日限を、きちんと君から指示してはどうかね」
林課員「課長、それはすでにやってみました。暖簾に腕押しで、全然利かないんですよ。しばしば、叱っています」
杉山課長「新人にしては、仕事の幅が広すぎるように思うな。例えば、先行技術調査だけに絞って担当させてみるというのは、どうだろう」
林課員「でも彼の担当は一連の続いた仕事なのです。先行技術調査のみに絞るというのはどうも。我々も新人の頃から一連の仕事としてやってきていますし」
杉山課長「いきなり、高度な難しい出願の担当をさせてはだめだから、易しい事件を選んで与えてはどうかね」
林課員「最近は量よりも質ということで、簡単な事件が少なくなっています。あれば必ずまわしますが、難しいです」
杉山課長「何と言っても、明細書を理解するのが重要なので、数件明細書そのものを書いてもらってはどうだろう。その指導の中で明細書のポイントを掴んでもらうことが、管理の上でも役に立つのではないかな」
林課員「明細書を過去に充分書いた経験のある部員は、私を含めて、ほとんどいません。指導ができるかどうか」
杉山課長「そうか。それなら特許事務所へ2,3カ月預けて明細書の指導をしてもらうというのはどうかな」
林課員「特許事務所には、無理を言っていますし、さらに1人預かってくれというのは頼みにくいですね」
杉山課長「全部だめか。そうそういいアイディアがあるわけないだろう。自分でも納得のいくアイディアを出すようにしたらどうだ」
趣旨は前記の特許事務所所長加藤弁理士とその所員弁理士の山岡君の「うんでもゲーム」と同じです。林課員がYou are not OK. を証明するために行われたゲームです。
8)結び
振り返ってみますと、今回説明した心理的ゲームが、職場、特に知財部で起こることは、比較的少ないといえましょう。しかし、一般家庭内等、日常の生活の中では頻々と起こっているのです。
上記の例の他にも、次のようなゲームがあります。
<あなたさえいなければ><モーレツ><大騒ぎ><私を笑って><私を捕まえて><私は例外(特別)>等です。
いずれのゲームも人間関係を悪くすることはあっても、よくすることはありません。ゲームを絶滅することは困難ですが、いち早くゲームに気付いて、ゲームにならないようにすることは、より良い人間関係を構築する上で大切なことです。本稿を、ゲームの少ない生活に役立てていただければ幸いです。
以上