知財マンの心理学6 対人関係における基本的な構え 基本的ポジション|お知らせ|オンダ国際特許事務所

知財マンの心理学6 対人関係における基本的な構え 基本的ポジション|お知らせ|オンダ国際特許事務所

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知財マンの心理学6 対人関係における基本的な構え 基本的ポジション

(パテントメディア 2015年5月発行第103号より)
会長 弁理士 恩田博宣

1) 始めに

 我々の人生は、すべて他人との関係において成り立っています。良好な人間関係を維持継続しているような人は、いい人生を歩んでいるといえます。反対に周囲の人たちから、避けられるような人間関係しか築けない人は、悩みも多く、決していい人生を送っているとはいえないでしょう。
 今の人間関係を振り返って、自分の人生の問題だと感じられる部分を、他人のせいにするのではなく、自分の方から改善をしていくにはどうするか。自分の心の状況を知ることから始める必要があります。自分が思い込んでいる、今の自分は実際には、思いもよらない面を持っていたりするものです。
 人は生まれてから、おおよそ3歳までの間に、両親を中心に生育過程の中で関わった人との関係から、どのように生きるかという対人関係における基本的な構え、すなわち、基本的なポジションが形成されます。そして、その構えを変えることなく一生を過ごすといいます。その基本的ポジションが明るく善良、かつ積極的なものであるときは、特に問題ありません。しかし、暗く悪賢く、または消極的なものであるときには、それが原則一生続くのですから困ったことになります。
 今回は対人関係における基本的な構え、すなわち、基本的ポジションについて説明します。

2) どのパターンに該当しますか

 読者の皆さんへの質問です。あなたの反応は次の4つのパターンのうちどれでしょうか。
知財部に所属するあなたに対して、部長から有機ELに関する業界動向を特許調査で明らかにするように命ぜられました。
 あなたは1か月かけて調査分析をし、しっかり仕上げたと思う報告書を提出しました。しかし、部長の評価はかんばしくありません。「1か月かけてこの程度か。調査分析の仕事はずいぶん長い間やっているんだろう」と言われてしまいました。
 あなたの反応は?

A)私の能力は低いのだなあ、私の調査はいつも部長からは評価してもらえないなあ
B)どうせだめなんだから、初めから「やります」と言わなければよかったなあ
C)この報告書の一体どこが悪いのかなあ、部長の評価能力の問題じゃないだろうか
D)もう少しいろいろ考えてやるべきだったな、不備なところを指摘してもらって、修正で完璧にしよう

 あなたの反応は、どれでしょうか。上記4つ以外の反応もあるでしょうが、あえて選ぶとすれば、どれでしょうか。

3)4つのポジションについて

 人は生まれてから3歳くらいまでに、両親、特に母親との関係で人生をどう生きるかについて、基本的なポジションを決めているというのです。

①I’m OK. You are OK.(自他肯定)
②I’m not OK. You are OK.(自己否定、他者肯定)
③I’m OK. You are not OK.(自己肯定、他者否定)
④I’m not OK. You are not OK.(自他否定)

 これら4つのポジションです。そして、無意識のうちにこのポジションに従って、行動し、思考し、対人関係を構築していくのです。あなたもすでに3歳の頃、この基本的ポジションのどれかを決定して、今の人生を送っているといえます。
 ①は理想的なポジションですから、問題ありませんが、②~④のポジションの人は、専門的な臨床心理士のケアを受けるか、自分のポジションがどれかということを知って、①へと変化する努力をしない限り、このポジションは、原則一生続きます。
 また、場面によって、①が現れたり②や③が現われたりもします。時には④も現れます。
 2)の質問については、もうお分かりだと思いますが、

A)はI’m not OK. You are OK.(自己否定、他者肯定)
B)はI’m not OK. You are not OK.(自他否定)
C)はI’m OK. You are not OK.(自己肯定、他者否定)
D)はI’m OK. You are OK.(自他肯定)

 です。果たして、あなたの選んだのは、どのポジションだったでしょうか。そのポジションは、原則今までもそうでしたし、今後も続くというのです。
 どう修正していくかは、後述します。
 さて、もう少し詳しく4つのポジションについて、例を挙げて見てみましょう。

 ①知財部員鈴木君はライセンス交渉に最も向いていると、吉田知財部長は感じています。特に相手企業から特許の実施権をもらわなければならないようなときには、厳しい条件を突きつけられたりします。そんなときでも鈴木君は相手の立場をよく理解したうえで、冷静に相手方以外の会社とのライセンス条件や、同社との逆のライセンス契約の条件を引合いに出したりして、穏やかに、冷静に交渉を進めることができます。まとまった契約条件は結構うまくいっていることが多く、部長からの信頼は厚いのです。
 自社の米国特許権について、米国のA社に対して、ライセンスを与える交渉を、鈴木君が中心になって行ったことがありました。そのとき、決まったライセンス料が思惑よりもかなり低かったので、知財部のみならず技術部からも、批判が鈴木君のやり方に集中しました。もちろん、鈴木君の独断のみでライセンス契約が行われたのではなく、そこには上層部の決断もありました。
 しかし、批判を受けた鈴木君は、悪びれる様子もなく、「確かに、もう少しうまいやり方があったかも知れないな。皆さんの意見をよく聞いて、次の交渉のためによく勉強するようにします」と、意外に明るい様子なのです。批判した人に対しても気軽に話しかけ、「どうすればよかったでしょうか」等と訊き回ったりもしました。 
 この鈴木君の行動の背景には、自分に対する自信と、他人に対する信頼があるように思えます。
 この鈴木君が①I’m OK. You are OK.(自他肯定)のポジションのケースです。

 ②山田君は自信がないように見えます。先日も特許権の侵害事件について、無効理由の調査を担当させたところ、日ならずして吉田部長のところへやってきた山田君が言うのです。「もし、有効な無効資料が見つからなければ、当社は大きなダメージを受けることになります。そんな重要な調査を私がリーダでやるのは、とても自信が持てません。失敗したら大変なことになるので、不安でしょうがないのです。協力はしますので、トップを交代させていただけませんか。私なんかより鈴木君がいいと思いますが。」
 先日は重要特許出願の先行技術調査を担当し、特許事務所に出願依頼したところ、しばらくして、その事務所から「もっと近い先行技術がありました」との報告を受けました。山田君は誰から叱責を受けたわけでもないのに、その落ち込み様はかなりひどいものでした。「僕はどこか抜けているところがあるんだよな。それに引き替え、鈴木君は頭もいいし、人望もあるなあ」と、自信のなさが目立ち、他人を羨むことが多いのです。
 この山田君が②I’m not OK. You are OK.(自己否定、他者肯定)のポジションのケースです。

 ③石田君は有能であるし、自信たっぷりに見えます。しかし、時として反抗的な面があって、知財部内ではいま一つ人望がありません。うまくいかないときには、部下や特許事務所のせいにすることが目立ち、特許事務所に対する苦情も多いようです。吉田部長が「石田君、知財部のQCサークル活動だけど、目標未達になったようだな。2次対策を打って、目標達成というわけにいかなかったのかな」と問いただしたのに対して、「部長、そうおっしゃるのはよく分かりますが、今回の課題は大変難しいものでした。これは実際に担当した者でないとわからないと思います。部長のおっしゃるほど簡単なことではないんですよ。」といささか反抗的な返事をしています。
 また、石田君は技術にも詳しく、経験が豊富でもあることから、先日、重要特許の差止請求事件を担当しました。石田君は「ライバル会社の実施技術は当社特許の技術的範囲に属する」と自信たっぷりでした。しかし、ライバル社からの警告に対する回答は、具体的構成要件を指摘して、「当社はこの構成を使用していないので、侵害に該当しない」というものでした。
 この回答を見て石田君が言い出したのは、「こんな構成要件を入れて特許出願した担当特許事務所が悪い。なんで、こんな構成を入れちゃったんだ。担当弁理士は誰だ」と言い出したのです。問題が発生したとき、石田君は人のせいにする傾向があるようです。
 この石田君のケースが③I’m OK. You are not OK.(自己肯定、他者否定)のポジションのケースです。

 ④特許事務所からの明細書の品質が少し悪いとき、届出書の充実度や面談時のやり取りに問題があるケースもあるのですが、大谷君は特許事務所が全て悪いように決めつけてしまうことが多くあります。
そんなとき、上司から「すべてが特許事務所の方が悪いということはないだろう。発明届出書はきちんと書いてあったのか。面談で発明者は特許事務所の弁理士の質問や資料要求に対して十分対応していたのかね」等と訊かれると、下を向いて黙り込んでしまい、激しく落ち込みます。
 大谷君は、吉田部長にとっては最も扱いにくい部下です。ちょっと叱かろうものなら、「そんなこと言われましても、私にはとてもできません。無理です」とふさぎ込んでしまい、会話さえままならなくなってしまうことがあるからです。かといって、おとなしいかというと、些細なことで同僚といさかいを起こすことも多く、自分で自分の居場所をなくすような方向へ持っていこうとしているようにさえ思えます。吉田部長としては「大谷はどうも知財部には向かないな」と、思い始めています。
 この大谷君のケースが④I’m not OK. You are not OK.(自他否定)のポジションのケースです。

4)4つの基本ポジションの形成

 以上、4つの基本的ポジションについて、見てみました。0歳から3歳くらいまでの子育ての中で、その人がどのように扱われたか、どのように育てられたかによって、上記のような4種類の基本的ポジションを持った人が育つのです。そして、上記のような人との関係が一生続くといいます。もちろん、全ての人をこの4種類に分類できるわけではありません。それらの中間的なポジションもあり得ますし、程度も様々です。また、その人が出会った事象によって、生ずる反応は①のポジションであったり、②あるいは③であったりすることもあります。
 では、このような4つの基本的ポジションは、どのようにして形成されるのでしょうか。

 ①子供は通常、両親や家族から期待され、望まれて生まれてきます。子供の方から見ると「わたしはOKである」という状態、すなわち、王子様、お姫様として生まれます。そして、両親から特に母親からの深い愛情に支えられながら育ちます。
 子供は、はじめ何もできません。母親の助けなしには生きられません。子供は泣いたり、わめいたり、その他の行動で、自分の意思を親に伝えます。それを親がしっかりと受け止め、応えます。1歳児になると歩き始め、言葉を覚え、両親を中心とする他人との交流は次第に高度になっていきます。このような交流の中で、親から子供に対して、肯定的なストロークが多く与えられますと、子供は「私の欲求は満たされる」「私は大事にされている」「私は大切な存在に違いない」と受け取ります。自分自身に対する自信と、他人に対する信頼感が醸成されるのです。そうすると①の「I’m OK. You are OK.」(自他肯定)のポジションが形成されていくのです。理想的な育てられ方です。

 ②このように多くの愛情を注がれ、順調に人格形成をする人ばかりではありません。小さな子供は全ての能力は大人より劣るのですから、3歳に至らない幼児であっても、劣等感を感じます。何をするにも、大人の助けを借りる必要があります。しかも、子供の要求はいつもかなえられるとは限りません。両親がきちんとしつけて、立派な人にしようと考え、「そうしてはいけません」「それは危ないから駄目です」「そうするよりは、こうしなさい」と指導することもあります。さらに、両親の意向に合わない行動や言動があったときには、「どうしてそんなことをするのですか。いけません」と、叱られてしまうようなこともあるでしょう。ディスカウントや否定的なストロークが与えられることもあります。このような両親の否定的な扱いが多くなると、子供の心は、自信がなくなり、それに引き替え、「大人たちの能力は高くすごいなあ」ということになります。②のI’m not OK. You are OK.(自己否定、他者肯定)のポジションが形成されるのです。

 ③両親の否定的な対応がさらに多くなり、ほとんどのストロークが否定的となり、ディスカウントも頻々と行われるという育て方をされると、子供はどうしようもなくなります。子供は精神的に追い込まれます。心に危機的状態が生ずるのです。何とかこの状態を解決しなければなりません。さらには、この状態から逃れようとします。自己防衛しようとするのです。その解決手段として、自分の心の危機的状態を、全て外部からの悪い刺激によるものだ、自分が悪いのではなく、相手が悪いのだと感じるようにして解決しようとするのです。それが無意識のうちに行われます。自分が人に対して怒りを感じたり、不安に思ったりしたときは、相手が悪いからだというように感じて、自分の怒りや不安を和らげようとします。すなわち、自分が相手に憎悪の感情を持ったとき、自動的かつ無意識に、相手は自分を憎んでいるのだと感じてしまうようになるのです。この状態を「投射」といいます。その方が自分の側にある憎悪の感情を和らげることができるので、精神的には少し安定感があるのです。このようにして、③のI’m OK. You are not OK.(自己肯定、他者否定)のポジションが形成されます。
 このようにして育った人がどうなるか、前述の大谷君の場合ですが、例えば、吉田知財部長が「大谷君、この意匠の類否の判断はどうかなあ。要部の捉え方が、おかしくないか。結論が逆になってしまうことだってあるぞ」と注意をしたとします。そのとき、大谷君は「部長は意匠の経験なんかないじゃないか。私の見解の方が正しいはずだ。部長は私を嫌っているからあんなふうに言っていじめているのだ」と、自動的に感じてしまうのです。すなわち、自分は悪くない、部長が悪いのだと、無意識に感じ、憎悪や不安な心の状態を少しでも、安定の状態にしようとするのです。
 本来ならば、「待てよ、部長のいうように、要部の捉え方がおかしいかな。もう一度検討しなおしてみよう」となるべきところでした。 

 ④①で述べたように、多くの愛情を注がれて育つ子供ばかりとは限りません。頻々と虐待事件が報道されています。育児放棄してしまう両親も多く存在します。
 望まれて生まれたのではなく、意図せずにできてしまった子供、父親が誰かも分からない子供、両親が育て方が分からず、遊び優先で子育てに専念できず、放置される子供、そして、泣きやまないから、言うことを聞かないからと、虐待される子供がいます。子供は愛情欠乏症といってもよい状態で成長することになります。施設に収容されて、保育士さんたちによって育てられる子供はまだいい方かもしれません。子供の心には、「私は何もできない。」「私は愛されていない」「私はいないほうがよい」という強い思いが定着します。そうすると、④の「I’m not OK. You are not OK.」(自他否定)のポジションが形成されてしまうのです。
 このようにして育った人が、子育てをする立場になると、いかに愛情を注ぐかも分からず、同じ状況が繰り返されることになります。核家族化で、祖父母や両親からの子育ての伝承が、途切れてしまっていることも原因でしょう。
 パテントメディア第101号「知財マンの心理学」のストロークの話の中に出てきたスーザンは、母親からほとんど無視されるという仕打ちを受けました。それにより、成長が止まってしまいましたが、病院で母親代わりの看護師さん達からたくさんの愛情を注がれ、無事に育ちはじめるという話がありました。この病院におけるケアがなかったならば、スーザンは何とか成長したとしても、典型的な「I’m not OK. You are not OK.」(自他否定)のポジションになったことでしょう。

5)筆者のポジションについて

 筆者のポジションは、③I’m OK. You are not OK.(自己肯定、他者否定)だといえます。ただ幼少時の記憶をたどっても、前記と異なり、両親からそれほどマイナスのストロークやディスカウントを受けた覚えはありません。父親は警察官でしたし、母親は農家の育ちの子煩悩で、4人兄弟の子育てには、あふれるほどの愛情を注いでくれました。筆者は小学1,2年生のときいじめにあったことがありました。それが原因になっている可能性があります。このことは4回後に説明します「人生脚本」に関係している可能性が高いのです。
 筆者は資格を商売の種にすれば、人との良好な関係がなくてもやっていけると思って、弁理士の資格を取りました。それは、前職の外航船のエンジニアの時代に、特に上司との人間関係がうまくいかず、逃げ出した経験があるからでした。 
 しかし、特許事務所を開業して間もなく、今度は部下との人間関係がぎくしゃくしてうまくいかなくなりました。
我々人間が生きていくのに、人間関係を無視してやっていけるはずがありません。すべての社会活動が、人的関係で成り立っているのですから、それは当然すぎるほど当然のことです。やっとそのことに気付いた筆者は、特許事務所を発展させるには、人間関係をよくすることが絶対必要だと確信しました。
 それから始まったのが、自己啓発の勉強です。SMI(Success Motivation Institute)、AIA(Adventure in Attitude)、そして、この交流分析(TA)、そのほか、多くの研修会にも参加しました。SMIもAIAも「人生成功の秘訣はどうあるべきか」という、いわゆる成功哲学でした。
 おかげで人間関係も少しずつ良くなっていきました。開業した30代の頃の話です。
 75歳を過ぎ後期高齢者の仲間入りをした今日、感ずるのは、「私もかなり丸くなったなあ」ということです。穏やかに話をすることができるのです。どう対処したらよいかを、瞬時に判断して対応できます。丸く、丸くできます。概ね正しく対応できていると感じます。
 筆者の事務所は年間3500件の国内特許出願を扱っていますが、筆者はその特許明細書のすべてをチェックします。そして、第1クレームの記述が15行を超えるほど長いと、下書きをした担当者を呼んで、技術を説明してもらい、筆者がその場でクレームを作ります。ほとんどの場合、大幅に文字数を減らすことができます。筆者の誤解があったり、技術理解が間違っていたりすることもあり得るので、担当者にじっくり検討して、もし問題があれば言ってくるように指示します。今まで、再検討をしたケースはほとんどありません。
 このような場合には、いくら請求項の書き方がおかしくても、部下と実に穏やかにやり取りできるのです。筆者自身もそのやりとりに満足しています。筆者が生きがいを感じる場面でもあり、趣味に近いともいえそうです。ただ、所員の側から見ると、筆者(会長)から呼び出しを受けること自体が、抵抗となっているようです。それで短い第1クレームが自然にできているならば、それはそれでOKだと思っています。
 しかし時には、筆者の本来のポジションであるI’m OK. You are not OK.(自己肯定、他者否定)が、突如現れることがあります。
 先日も担当者とともに筆者が発明のインタビューをしたケースがありました。この出願ケースについて、担当者の明細書の下書きの出来が、よくありませんでした。筆者の事務所で決めている明細書作成のルールに則って書かれていないのです。実施形態の構成は地球の側から書く(発明の要旨と関係なく、ベースとなるところから書きはじめる)ということになっているのに、守られていない。図面不足で発明を十分理解できない。同じ段落の中に、「このため」という記載が3回も出てくる等、という明細書でした。基本的なことができていないのです。
 筆者の反応は部下の心を推し量ることなく、「教えた通りに書いてないではないか」「この図面では発明を理解できない」「一つの段落に『このため』が3回とは何事か」「我々はプロだ。お客様がスムーズに読めるように書くべきだろう」等々と、洗いざらいぶちまけてしまったのです。筆者の背後には、こんな明細書で、もし、お客様から取引停止になってしまうようなことがあれば、「従業員の生活が成り立たなくなる」という恐怖心があったからです。
 まさにI’m OK. You are not OK.のポジションが噴出してしまったのです。
 そのほかにも、事務所内でミスが起こった際、そのミスがあまりにも非常識なときには、筆者のI’m OK. You are not OK.のポジションは自動的に出てしまいます。
 例えば、明細書の納期をお客様と約束しておきながら、期日にお届けできないときに、予め、「何日遅れます」とご連絡するのは、常識以前の話なのですが、そのご連絡もしないで、納期を遅らせてしまったことがありました。
筆者の反応はやはりI’m OK. You are not OK.となってしまいました。「遅れるのが分かったときに、すぐお詫びの連絡をし、いつまでに送りますという日にちを約束すべきだろう。そんなことは常識以前の話だ。いい加減にしろ」とやってしまったのです。
 基本的なポジションというのは、自分の位置をしっかり意識すること、そして、それをI’m OK. You are OK.に向かって、修正しようとする強い意志を持つことから、修正できていくのですが、冷静さを失ったりしますと、自動的に本来のポジションが現われるのです。

6)どう対処するか

 ①以外のポジションは、問題のあるケースです。もし、「あなたは②に該当します」と専門家から指摘されたならば、あるいは、自分ではっきり自身のポジションが分かるならば、それをはっきり意識して、対人関係を構築していくことで改善の余地があろうというものです。
 恐ろしいことなのですが、このポジション、特に問題のある②~④は、専門的なケアを受けるか、自分で対人関係の基本的立場を明確に意識して、改善に努めない限り、一生続くということです。改善できたとしても、筆者の例に見るように、冷静さを失ったようなときには、本来のポジションが突如現れることがあるのです。
 ②~④のポジションは、自分の人生を好転させたいと思う人にとっては、障害となるでしょう。もっと下世話に言えば、出世の妨げになるでしょう。両親特に母親の育て方いかんによって、その人の人生は決まってしまうといっても過言ではないのです。
 では、②~④の傾向を有する人は、いい人生を行うために、出世をするために、どのように対処したらよいのでしょうか。
 まず、自分のポジションはどれに当たるかに、気付かねばなりません。
 自分のポジションについて、分かっていて、「①のポジションへと変化しよう」と強く思うのです。常に意識するのです。そうしますと、自動的に自分のポジションが現われたときに、次第に気付くようになります。反応してしまってから気付くこともあるでしょう。それでいいのです。次第に反応前に気付けるようになります。そうすれば、①の反応もできるというものです。人為的に①の反応、すなわち、言動や行動ができるようになるのです。
 例えば、②のI’m not OK. You are OK.のポジションを持つ知財部員山田君が、部長から「これは鈴木君のやった鑑定書だが、実に立派だ。均等論適用の典型的な事例だな。論理明快、説明も実にわかりやすい。素晴らしい。君も後学のために、一度読んでみたまえ。ためになるぞ」といわれたとき。「そうか、鈴木さんは頭いいからなあ。俺はとても彼にはついていけないよ」という思いが頭をよぎります。そのとき、あっI’m not OK. You are OK.が出たぞ。とその発言前に、気付いたならば、「そうですか。そんな素晴らしい鑑定書ならば、ぜひ、読ませてもらいます。私もいずれ部長にお褒めいただけるような鑑定書を書けるように努力します」等と、プラス発想の反応ができるというものです。これぞ、①のI’m OK. You are OK.の反応といえるでしょう。
 実際には、このように予め気付いて、反応するというのは、よほど冷静になっていて、しかも、自分がどのように反応しようとしているかを、気付かなくてはなりません。結構難しいことです。しかし、長い時間の中で気付きを多くしていくことにより、①に近づくことは可能です。筆者も数十年間の経験からいえることです。もちろん、冷静さを失ったときには、自動的に本来のポジションが遠慮会釈なく現れてしまいます。
 理想的な①のポジションを有する人でも、ときには②や③のポジションが現われることがあります。それはいくら理想的に育てられたからといっても、マイナスのストロークやディスカウントが皆無ということはありません。そのマイナス面の影響が現われるからです。また、人である以上、常に理想的な対応ができるというものでもないからです。

7)④I’m not OK. You are not OK. からの脱出

 ④のポジションを有する人は、最近は増えているのですが、多分知財部に所属するような人で、このポジションの人は皆無でしょう。
 筆者の経験では、筆者の事務所に就職してきた人は、過去47年間で500人以上いるのですが、明らかに④のポジションだったと思われる人は、断定はできませんが、T君とM君のただ2人だったように思います。
④のポジションの人は、非常に深刻な場合が多いので、自分のポジションを意識しただけで、①に向かうことは難しいのです。
 T君は著名な会社の技術開発部に所属していたのですが、職場に大きな不満を持つとともに、上司との折り合いも悪く、自ら退職し、筆者の事務所へ転職してきました。母親と生後間もなく別れてしまい、母親の愛情は知らないということでした。筆者の事務所においても、T君のポジションはやはり変わりませんでした。優秀で特許明細書の下書き作成は、ごく短期間で習得してしまい、顧客からの信頼も厚くなりました。しかし、月間目標を月末前に達成してしまうと、それ以上業績を伸ばそうと努力することはありませんでした。上司とは明細書作成方針について、言い争うこともしばしば発生しました。特に親しい友人もできませんでした。筆者の家内は従業員のカウンセリングを常時行っていますが、打ち解けて話をすることはありませんでした。彼は一人暮らしだったものですから、家内が夕食をご馳走しても、硬い表情のままお礼も言わずに黙々と食べるだけでした。
 そして、3年もたたないうちに退職し、次の特許事務所へと転職しました。退職理由として、給与の安さ等、事務所に対する不満がいくつか述べられました。事務所の運営方針についても、厳しい持論を展開したのでした。
やがて、次の事務所からも退職したという話が伝わってきました。彼は④の基本的ポジションを、さらに、続けていたと思われます。
 M君の場合は、かなりの長期をかけて、明細書の能力が向上し、一人前になりました。とにかく精緻を極めた明細書の下書きができるのです。それだけに請求項はどうしても限定が多すぎる場合があるのです。それを修正しようとすると、自分の請求項がいかに正しいかを説明し、修正の必要のないことを主張するのです。所内の上司に対しての主張ならまだわかるのですが、お客様に対しても同じことが起こるものですから、お客様からも敬遠されるようになっていきました。事務所の運営に対しても、自分の持論を主張し、引くことはありませんでした。
 筆者は自己啓発の勉強の中から、人とのトラブルは「自分が変わることによって解決する。未解決なのは、まだ自分が変化しきっていないからだ」(パテントメディア98号p10参照)という立場で解決しようと、人に接していました。しかし、M君とのやり取りでは、その立場を踏み外し、「今度はお前が変わる番だ」と叫びたいほど、イライラが募ったということがありました。やがて、彼は筆者の事務所に愛想をつかしたのか、著名企業の知財部へと転職していきました。しかし、それほど時を経ずして、知財部から他の部署へ移ったという話が聞こえてきたのです。どういう事情かは推し量る以外にないのですが、基本的ポジションがなせる業ではなかったかと思うのです。
 通常④のポジションの人が、①に近づくのは、非常に難しいと思われます。人間不信の刷り込みの程度が、非常に深く、OKの部分がないからです。一生気まずい人間関係の中で、みじめな人生を送る人が多いといえます。
 脱出には、自ら強い①への意欲を燃やすのはもちろんのことですが、原則、臨床心理師の専門的なケアが必要だと思われます。

8)結び

 今回は対人関係における基本的な構え、基本的ポジションについて、説明しました。この基本的ポジションは、後述する人生脚本と密接に関係しているように思います。基本的ポジションが3歳くらいまでの育てられ方によって形成されるのに対し、人生脚本は3歳~13歳くらいまでの間の強烈な印象をもたらす経験によって、決定されます。この人生脚本も修正の行動を取らない限り、一生続くものなのです。筆者の場合、脚本の影響が多く出ているように思えます。
 この基本的ポジションの理論を知っていただいて、②③のポジションを持っているのではないかと思われる人は、どうぞ、それを強く意識して、自分の発言や行動が②や③に該当することに気付いてください。気付くのは、発言や行動の後でもいいのです。そして修正するのです。そのうちに発言や行動の前に気付くようになります。そうすると修正後の発言や行動がとれるようになるのです。時には本来のポジションが噴出してしまうことがあるのは、仕方がありませんね。 今よりさらにいい人間関係ができ、あなたの出世が早まること請け合いです。

以上