知財マンの心理学5 ディスカウント
(パテントメディア 2015年1月発行第102号より)
会長 弁理士 恩田博宣
1) はじめに
我々の人生はすべて、人との関係において成り立っています。良好な人間関係を維持継続しているような人は、いい人生を歩んでいるといえます。反対に、周囲の人たちから避けられるような人間関係しか築けない人は、悩みも多く、決していい人生を歩んでいるとはいえないでしょう。
今の人間関係を振り返って、問題だと感じられる部分を、他人のせいにするのではなく、自分から改善していくにはどうするか。自分の心の状況を知ることから始める必要があります。自分が思い込んでいる今の自分は、実際には、思いもよらない面を持っていたりするものです。
人間関係を蝕んでいく心のあり方として、自分自身や他人、今、起こっている現実の状況を無視したり、軽視したりすることがあります。
例えば、知財部の部長が部下に対して「この属否の鑑定はよくできているな。結論に至る論理が明快だ。いつの間にか実力がついたな。素晴らしいぞ」と褒めたとき、部下が、「いえいえ、この程度の鑑定は、誰でもできますよ」と謙遜したとします。
この例で部下は、自分の力量を軽視しています。さらに、結果として、部長の鑑定書に対する評価の力量をも、軽視していることになります。
このような軽視または無視のことを、TA(交流分析)では、ディスカウントといっています。せっかく褒められたのに、部下はそれを値引きないしは否定してしまっています。部長は謙遜とわかってはいても、自分の評価の力量を否定され、気分はよくありません。「嫌な奴だなあ」と感じます。
部下が「部長の評価を否定してしまった。まずかったな」と気付けば、まだ救われるのですが、「謙遜するのが人徳だ」等と思っているケースがほとんどです。これは、部長と部下の人間関係を蝕んでいくやりとりです。
今回は、このディスカウントについて説明します。
2) ある知財部での出来事
人間関係において、ディスカウントが行われた事例です。
坂本君は一流大学の工学部を卒業して就職後、本人の希望もあって、知財部の特許課に配属されました。技術部からの発明届出書をチェックして、従来技術を調べ、出願するかどうかを決定、課長の決済を経て、特許事務所へ発注するという仕事をやってきて5年になります。出来上がってきた明細書のチェックも担当しています。自分では同僚に比較すると少し仕事のペースが遅いかなと思っています。
ある日、部長から呼ばれて、管理課への異動を命ぜられました。管理課というのは、主として発明届出書の受領から出願までの日程管理、特許庁関連書類の日限管理、外国出願の優先権日限やPCT国内移行の日限管理等を行う部署で、内外の特許事務所との連絡も業務の内です。特許事務所への支払い等、外注に関する会計管理も行っています。
部長は異動の理由を、「坂本君、当社ではいろいろな経験を積んで成長してもらうために、5年以上同じ課にいる者は、異動の対象となることになっている。入社以来、ずっと特許課でやってもらったが、君の将来のことも考えて、幅広く知財の仕事を知ってもらった方がいいので、管理課の方へ異動してもらうことにした。将来は知財部の中心になって頑張ってもらうんだから、大いに期待しているよ」と、告げました。
異動まで1か月というある日、坂本君は同僚の特許課員から「管理課へ異動になるそうだな。それって知財部の本流から外れるってことじゃないか。でも、いろいろな経験は大切だ。まあ、頑張れ」と言われました。そのことが妙に気になり、「ひょっとして左遷なのか」という思いが頭をかすめ、部長の「期待しているよ」という言葉も素直にうけとれないような気持ちになってきました。(①部長の異動理由と心遣いに対する軽視ないし無視)
坂本君の脳裏には、部長や課長に仕事のやり方や質について、ずいぶん叱られた場面が去来します。
調査の検索式の凡ミスから、存在する従来技術を抽出できずに、不要な出願をしてしまったこと、特許事務所の作成した重要出願の明細書のチェックで、第1クレームに不要な限定を追加してしまったこと等が思い出されます。「俺はやることなすこと、何か一つ抜けてるな。能力が低いんだな」(②坂本君自身の能力の軽視)
坂本君の管理課への異動後、同課の浅井課長は、女子職員の多いグループに久しぶりに若い男性職員が着任したということで、早く安定した仕事ができるようにと、坂本君の育成に力を注ぎました。
坂本君の着任後、数か月経ったころ、浅井課長は知財部ライセンス課の職員から「坂本君が浅井課長の所へ行ったってねえ。よくやっているか。特許課での話じゃ、発明の把握でもミスが多いし、仕事が遅いそうじゃないか。うちの課のライセンス事件で資料の提供を頼んだときも、遅れたことがあったよ。まあ、よく面倒見てやってくれよ」と言われました。
それからというもの、浅井課長は坂本君の仕事ぶりが気になって仕方ありません。「仕事が遅れ気味だ」「発明届出から出願まで50日を切っていたのに、彼が来てから50日をオーバーしてしまった」どうも坂本君が原因のような気がしてなりません。
そうなると、次々に気になることが出てきます。「仕事に対する意欲に欠けるところがある」「仕事の優先順位のつけ方の判断が甘い」「頼んだことがきちんとできず、結果がなんとなくぼやけている」などなど。(③坂本君の力量に対する軽視)
それでも浅井課長は、気を取り直して、坂本君に対し、「発明届出書の受理から出願までの期間が50日を超えているので、何とかこれを大幅に短縮したい。実情を調査して、期間短縮の企画をしてくれないか。短縮目標は45日だ。企画書提出はルーチンの仕事もあるので、2か月にしよう。管理課のAさん、Bさん、Cさんにも、実情調査に対して協力するように言っておいたから」と指示しました。
そして2か月後、期限が過ぎても企画書が出てこないので、浅井課長は「坂本君、期間短縮の企画はどうなっているかね」
坂本君「すみません。特許課との交渉がスムーズに進まないので、遅れています」
浅井課長「えっ、まだできていないって。あれほど余裕をもって指示したのに。いい加減にしてくれないか。遅れるなら遅れるという報告をしなければいけないだろう。その企画は私がやるので、今までの書類を全部持って来なさい」
と堪忍袋の緒が切れます。(④坂本君の存在の無視)
浅井課長は、「やっぱり坂本はだめか。あれほど面倒を見てやったのに。どうしてまともに仕事をしようとしないんだ」と、育成の可能性をあきらめてしまいます。(⑤坂本君育成の可能性の否定)
坂本君はやる気をなくしていくし、浅井課長も坂本君と口をきくことが極端に減ってしまいます。二人の間のコミュニケーションはほとんどなくなります。そして、最悪の場合、坂本君は後先も考えずに、「こんな会社辞めてやる」と退職するということになりかねません。(⑥坂本君自身の存在の否定)
いくつかの軽視または無視が人間関係を悪くしていった事例です。
坂本君は同僚の特許課員からの一言で、せっかくの部長の配慮や心遣いを値引きし、自分の能力可能性を値引きし、自身の存在までも否定しかねない状態でした。
浅井課長もライセンス課の職員のいう噂話に動かされて、坂本君の育成の可能性を否定し、さらには、坂本君の存在すら否定してしまいました。
3)どんなディスカウントが行われたか
①の場面では、坂本君は同僚の一言から、部長の心遣いに対して、軽視ないしは無視をしました。すなわち、ディスカウントが行われました。
②の場面では、坂本君は過去に部長や課長から叱られたことや凡ミスを思い出し、過去の出来事を理由に、自分の能力についてディスカウントをしました。
③の場面では、せっかく坂本君を育成しようと意気込んだのも束の間、浅井課長はライセンス課の職員から坂本君の否定的な面を聞いて、坂本君の悪いところばかりが目につくようになりました。浅井課長は坂本君の能力を軽視するディスカウントをしたことになります。
④の場面では、浅井課長は坂本君に任せていた日程短縮という企画の仕事を、取り上げてしまいました。坂本君の存在自体を否定するようなディスカウントが行われたことになります。
⑤の場面では、浅井課長は坂本君の育成の可能性を否定するというディスカウントを行いました。
⑥の場面では、もし、坂本君が実際に退職するというようなことになれば、坂本君は自分自身の存在を否定するというディスカウントを行ったことになります。知財能力の否定というディスカウントにもなります。
4)ストロークとディスカウント
前号で説明したストロークは、否定的なものであっても、基本的にはその人の存在を認めた上での働きかけであるのに対して、ディスカウントは相手の存在やその価値、あるいは現実の状況に対して、軽視ないしは無視、否定することです。相手の人に対する関心が欠如した状態といってもいいでしょう。
例えば、ディスカウントが起きている場合、浅井課長が「坂本君はだめだ」とさじを投げた状態では、批判の否定的自我状態Pが強く働いていますし、坂本君が、「俺はだめだなあ」と思ったときには、順応の否定的自我状態Cが働いています。
(自我状態P、A、Cはパテントメディア100号のやり取り分析をご覧ください。)
- 圧力をかける、圧迫する、偏見を持つ、脅す、押し付ける
- 規律を守る、しつけをする、けじめをつける、几帳面、文化・伝統・習慣を守り伝える、道徳的、評価する、(言動として・・・すべき、・・・すべきではない、よい悪いを判断する、正しい間違いを判断する)
- 過保護、甘やかす、干渉過多
- 愛する、優しい、思いやりを持つ、配慮する、心遣いをする、世話をする、目をかける、慰める、勇気づける
- 打算的、冷たい、そっけない
- 冷静、事実に基づいて判断する、事実をよく調べる、意思決定する、計画を立てる、見通しを持つ、自分によく気づいている
- わがまま、自己中心、本能的、衝動的
- 人間らしい、天心爛漫、のびのびしている、明るい、無邪気、自由、創造的、好奇心を持つ、(言動として・・・したい、・・・がほしい)
- 我慢する、黙る、閉じこもる、反抗する、ひねくれる、すねる、媚びる、依存する、自責の念を持つ
- 素直に対応する、いうことをよくきく、信頼する、従順
例えば、次のような言葉が出るときには、ディスカウントが起こっています。
「何とかなるさ」は現実に起こっている状況の意味合いを値引きしている場合に出ます。否定の自由なCが働いています。
「何を言っているんだ。お前の方こそ問題だろう」は、自分の起こした事象について値引きして、相手のせいにしようとしている場合です。否定の批判のPが働いています。
「たいしたことではありません」は、お褒めに対する謙遜ですが、自分の価値を値引きし、褒めた人の眼力(価値評価能力)を値引きしています。否定的な順応のCが働いています。
このようなときには、現在の自分の置かれている状況が冷静にかつ客観的にとらえられてはいないのです。すなわち、自我状態Aが十分に働いていない状態です。
前号で説明したストローク、特に肯定的なストロークがよりよい人間関係を構築するために、必要なものであるのに対して、ディスカウントは自分と相手の人との、さらに、多くの人との人間関係を損なうものとなります。
5)対人関係を損なうディスカウント
上述のように、褒められたときに、「たいしたことありません」「私にできるのはその程度ですよ」「誰にでもその程度のことはできます」「これは夜店で買った安物ですよ」のように答えるケースがあります。
褒められたときに、このように謙遜するのは、自分自身の価値を値引きし、褒めた人の評価能力をも値引きしています。謙遜はしたものの、後味の悪いやりとりです。特に褒めた人にとっては、なんとなく気分の悪さが残ります。謙遜した本人は「まずいことを言ったな」と気付かないことの方が多いのですが、人間関係を損なうやりとりだといえます。
もっと直接的に、はっきりと、「下心があってのお褒めですか」「あなたの私へのお褒めは見当違いです」「他に言いたいことがあるのではないですか」「何か私から欲しいものがあるのですか」等と答えたのでは、人間関係は壊れること必定です。すでに、両者間の人間関係が損なわれているようなときには、このようなやりとりになります。
ストロークでも説明しましたが、褒められたときには、決して謙遜せずに、「ありがとうございます。お褒めいただきとてもうれしいです」のように、受け答えして、お褒めを丸ごと自分のものにしてしまわなければなりません。謙遜は人間関係を損なうディスカウントだと心得てください。
6)共生的関係
子供のうちは、生活の中で生ずるいろいろな人間関係、その他の事象に対して、自分で判断し、行動する能力が十分ではありません。自我状態PACの内、主としてCの部分で判断行動が行われていいます。PとAの部分は親が補助して生活が成り立っています。
例えば、小学生に「あなたは将来どういうお仕事をするの」と聞いても情報収集ができていませんし、判断能力も十分養われていませんから、「ケーキ屋さんになるの」「おもちゃ屋さんになるの」等と答えるのが普通です。親から「お役所勤めなんかが、安定していていいのでは」と言われて、そんなものかと理解します。どうしても、親のPやAの助けを必要とします。それで初めて生活が成立するのです。このような関係を共生的関係といいます。
しかし、親の介入が強すぎて、小さなころから、行動の大半を親の指示によって生活する習慣がついてしまい、高校生や大学生になっても、自分で判断することなく、親の言いなりに生活しているケースがあります。極端な教育ママのケースです。朝「早く起きなさい」から始まって、夜「早く寝なさい」まで、全ての行動を母親が指示するのです。
このような人が社会に出て、仕事をするようになると、自分で判断できないものですから、どうしても、自分に対するディスカウントが頻発します。そして、判断を上司にさせようとします。
「このように難しい、属否の判断はとても私には無理です。ベテランの方にやってもらってください」ということになります。このような人は責任を他者に押しつけるということも起こります。自分で判断する習慣がないし、能力にも自信がありません。従って、先行技術と本発明の進歩性の判断を誤って、出願した出願が拒絶になってしまったケースで、「私は危ないと言ったのに、発明者が出せ出せって言ったんですよ」等と、言い訳したりします。
7)異常な共生的関係の例
秀雄君はサラリーマン家庭に生まれました。お父さんは一流会社に勤めており、定年退職時には、常務取締役にまで昇進しました。しかし、あまり名前の知られていない大学の出身だったので、秀雄君には有名な一流大学に入って、もっと出世してほしいという希望がありました。
秀雄君は私立の有名幼稚園を卒業しました。地元の小学校に入りましたが、3年生になると、お父さんの指示で学習塾へ通い始めました。分厚い問題集を次から次へこなし、おかげで成績は抜群でした。お父さんは勉強が大事だから、「テレビは見てはいけない」とほとんどの番組を禁止しました。友達と遊ぶのも、特別な時以外は、だめということになりました。親戚の家に多くのいとこが集まり、みんなで楽しく遊んでいるときにも、一人だけ勉強しているほどでした。お母さんは「あなたは勉強だけしていればいいのよ。後のことは、全てお父さんお母さんがやってあげますから」と言い、本当に勉強以外の生活のことは、全てお母さんがやりました。例えば、テーブルの上にソースが置いてあるのに、秀雄君は「お母さん、ソース」と呼びます。お母さんは台所で後片付けをしているのに、わざわざ走ってきて、ソースをとんかつにかけてあげるという状態でした。
小学校は地元の小学校でしたが、中学は勉強の甲斐もあって、東京の有名私立中学に進学しました。自宅は名古屋でしたので、東京へ下宿し、お母さんが一緒に東京へ行き、面倒を見ました。中高一貫校で、優秀な成績で高校へ進みました。祖父母からも、大学は東大か京大かというほどの期待がかかりました。本人は工学部へ行きたいと希望し、東工大を目指しました。しかし、現役では合格できませんでした。1年浪人をしましたが、また失敗し、2年目もだめでした。3年目には地方の国立大学の工学部を受験し合格しました。
下宿を決め、大学生活を始める予定でしたが、なかなか大学へ行けないということが起こりました。朝ごはんに「何を食べようかな」と考えている間に昼になってしまい、昼食に何を食べようかなと思っているうちに夜になってしまうというのです。それはいけないということでお母さんが下宿に赴き、何くれとなく面倒を見ると、大学に通えるようになります。しばらく、お母さんが世話をして、「もう、大丈夫ね」と帰ってしまうと、また、通学できなくなってしまうというのです。ついに秀雄君はその大学を退学せざるを得ませんでした。
この例は、共生的関係が行き過ぎたケースです。子供は成長するにしたがって、自分で判断し、自分で行動する面、すなわち、自我状態のPとAの面を育てていかなければならないのです。ところがこの例のように、全てを両親が決断し、その通りに行動していた秀雄君は、自分で決断し自分で行動する元となるPとAがほとんど育っていなかったのです。大学に入る時期になっても通学すらできなくなってしまったというわけです。大人になっても共生的関係が幼児期と同じように残ってしまったのです。
これをディスカウント的に見ると、両親が秀雄君の人格を否定し、能力を否定するという、無視のディスカウントが行われたといえます。勉強だけをしなさい。テレビはダメ、遊びもダメというのでは、社会性は育ちませんし、常識も育まれません。赤ちゃんのまま体だけが大きくなったといえます。
教育ママの気を付けなければならない点です。
8)ディスカウント3つの領域
ディスカウントは、(1)自分自身、(2)他者、(3)現実の状況、のある様相を無視したり、軽視したりする心の中のからくりです。
例えば、前述の3)①では、坂本君と浅井課長、そして、知財部長のやりとりの中で、坂本君は部長の心遣いをディスカウントしました。これは(2)他者に対するものです。同じく②は坂本君が過去の失敗を思い出して、自分の能力をディスカウントしました。これは(1)の自分自身に対するものです。
③では浅井課長が坂本君の否定的な噂を聞いて、坂本君の能力をディスカウントしたケースで、他者軽視(2)に当たります。
このように見ますと、④~⑥は全て他者をディスカウントした事例になります。例えば、浅井課長が発明届出から、出願まで50日を越えているのを気にして、坂本君に対策の企画を依頼しました。そんなときに、坂本君が「課長、50日越えといっても、あまり問題ではないと思います。それは、たまたま今月は出願の届け出が集中したから遅れたのであって、ついこの間までは順調でした」と言ったとします。これは(3)の現実の状況をディスカウントしたことになります。
9)ディスカウントの4つのタイプ
上記3つの領域において、それぞれ次の4つの段階でディスカウントが起こり得るのです。
①問題の存在そのものを否定する
部下「課長、お疲れのように見えますが」
課長「ううん、疲れてなんかいないよ」
実際には疲れているのに、疲れていることに気付いていないケースもありますが、気付かないようにしている場合もあります。いずれの場合も問題の存在そのものを無視するディスカウントになります。
知財部員「当社の製品は、X社の特許に抵触しているのではないでしょうか。実質同一だと思いますが」
知財課長「大丈夫、大丈夫。構成要件が1つ外れているから問題ないよ」
知財のケースに当てはめてみますと、このようなケースが考えられます。実質同一といえるから危ないのではないかと、知財部員が注意喚起しているのに、それを軽視した「構成要件が1つ外れている」との課長の発言は、問題の存在を軽視しています。知財部員としては納得がいかないでしょう。
②問題の存在は認めても、その意味合いをディスカウントする
部下「課長、お疲れのように見えますが」
課長「そう見えるか。この程度の疲れは大したことないよ。いつものことだよ」
疲れのあることは認めても、それを深刻に受け取らないケースです。深刻に受け取れば、病院に行ったり、休んだりしなければならなくなるので、問題の意味合いを薄めたケースといえます。課長がやる気満々で、その気分が疲れを軽視させているともいえます。
知財部員「この意匠出願に拒絶理由が来ました。競合Y社の意匠権に類似するという理由です」
知財課長「そうか、役所は類似と判断したか。しかし、意匠権なんてものは、それほど広い解釈はしないのが普通だよ。役所が両意匠の要部とみているところは分かるだろう。本願と引例の構成が共通するところだ。その要部を含む過去の事例を調査してくれ。そうすれば、簡単に拒絶理由を覆せるよ。心配ない」
他社の登録意匠に類似するとなれば、当社の出願意匠は競合他社Yの意匠権を侵害することになるので深刻です。しかし、課長は報告した知財部員の判断と審査官の判断を軽視しています。課長としては、拒絶理由を解消するための先行意匠の発見に自信があるのかもしれません。
③問題に解決の可能性のあることをディスカウントする
部下「課長、お疲れのように見えますが」
課長「そうなんだ。ちょっと疲れているんだ。しかし、今は忙しくてどうしようもないのだよ」
疲れていることをわかっていて、その解決を先延ばしし、解決の可能性を否定していることになります。こんなディスカウントが日常的に行われると、自分を偽るのが習い性になり、大きな問題を引き寄せることになりかねません。
知財部員「侵害に強い特許を取らなくてはいけないことは十分わかっています。しかし、出願までの日程も短縮しなくてはいけないし、費用の節約もあるし、検討する時間がなかなか取れない状況です。とても難しいですね」
同じく解決の可能性を否定しているのですが、このようにできない言い訳が横行すると知財業務の改善活動は停滞することになってしまいます。
④問題を解決するための自分自身や相手の人の能力をディスカウントする
部下「課長、お疲れのように見えますが」
課長「2、3日休めば、疲れは解消することはわかっているよ。しかし、今、休ませてくれとは言いにくいねえ」
課長なのですから、「疲れているので休む」と宣言すれば、解決する状況です。しかし、部下に気兼ねをしているのか、宣言できません。自分自身の能力のディスカウントといえます。
知財部員「意匠で引例と類似だとの拒絶理由が来たとき、意見書で両者の違いをいくら述べても、なかなか通らないんですよ。私の能力が低いんですね。参りました」
問題を解決するには、意匠の意見書の書き方を勉強する必要がありますが、自分自身の能力をディスカウントし、できない言い訳にしてしまっています。
10)ディスカウントにどう対処するか
より良い対人関係を構築するには、ディスカウントを極限までなくしていく必要があります。しかし、褒められてつい謙遜をし、自分をそして褒めてくれた人の眼力をディスカウントしてしまうことを、無意識にやってしまいがちです。
ディスカウントを避けるには、まず、褒められたときには、そのままお褒めを受け取り、決して謙遜しないということから始めてはどうかと思います。特に日本人に多いのが、褒められて、「いやいや、そんなことありません」と否定してしまうケースです。まず、お褒めの否定は絶対にやらないことが、第一歩でしょう。
また、共生的関係には、子育て中のお母さんが、子供の行動を全てコントロールすること、世話の焼き過ぎが、大きな失敗を招くことに留意しなければなりません。小さなときから必ず子供に意思決定させるようにします。そして、子供の意思決定が間違っていたり、適切な決定でなかったり、より適切な選択肢があったりしたときには、「このようにしたらどう」というように、指導するのがよいでしょう。例えば、レストランで食事をするとき、「純子ちゃん、何を食べるの」「ハンバーグがいい」「ハンバーグは昨日食べたから、ステーキにしては」のようにします。
いきなり「ハンバーグはだめよ、ステーキにしなさい」のように、コントロールし、子供の意思決定を親が代わってやってしまうと、共生的関係が解消されないまま成人してしまい、秀雄君の二の舞になりかねません。
また、ディスカウントは種々の例を示したように、あらゆる場面で起こり得ます。できる限り多くのディスカウントの例を頭に入れておき、その類のディスカウントをまず避けることです。また、知らず知らずディスカウントをやってしまったときは、できる限り早く気付くことです。そして、修復の行動をとることです。例えば、ゴルフで「ナイスパット。この難しいラインをよく入れた。素晴らしい」と褒められて、「いやあ、まぐれです」とディスカウントをしたとします。気付いたならば、それからでも結構です。「お褒めいただき、ありがとうございます。いいパットが出来ました」と言い直すのです。
一般的に気を付けるべきことは、自我状態を冷静に判断できる自我状態Aをよく働かせ、冷静にディスカウントを避け、ディスカウントをしたときは気付き、修復の行動を取ることです。対人関係がよくなっていくこと請け合いです。
11)結び
今回はディスカウントについて説明しました。特にお褒めにどう対処するか、そして、子育てをどうするかを中心に述べました。この2つのみを気を付けるだけでも、我々の人生における対人関係を改善できると考えます。実行をお勧めします。
12)参考文献
①新しい自己への出発 岡野嘉宏、多田徹佑 共著(社会産業教育研究所)
②交流分析の基礎 中江延江、田副真美、片岡ちなつ 共著(金子書房)
以上