【社内活性化の原点】もし、特許事務所の所長がドラッカーの「マネジメント」を読んだら(1)
(パテントメディア 2012年9月発行第95号より)
会長 弁理士 恩田博宣
1.始めに
少し前に話題になり、映画化、アニメ化もされた小説がありました。岩崎夏海著「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(いわゆる「もしドラ」)です。
筆者は何回か読み直す中で『これを特許事務所の経営に当てはめたらどうなるか。筆者の事務所では「マネジメント」が生かされた経営が行われているかどうか。』と自問してみました。なかなか答えるのが難しいところもありました。ぜんぜんできていないところの方が多いといえます。意識もしていなかったことも多かったのです。
それではドラッカーの「マネジメント」そのものを読んでみようと思い、読んでみました。やはり感想はあまり変わりませんでした。「もしドラ」の方は、断片的に「マネジメントが引用されるだけなのですが、本物の方は体系的に理解できました。しかし、分かりにくいところもあったのです。
以下、「もしドラ」に出てくるマネジメントからの引用文に沿って、筆者の事務所のマネジメントはどうなっているか、特許事務所はどう考えるべきか等について、コメントしてみたいと思います。愚考をご容赦ください。
2.マネージャーとは
マネージャーとは、経営者、会社役員、部長、課長、係長、主任等1人以上の部下を持つ役職の人すべてを指すといってよいでしょう。単に会社のみならず、あらゆる営利、非営利団体、クラブ活動の指導者、代表、グループ長も含まれるでしょう。
事実、「もしドラ」では、野球部のお世話係とでもいえるマネージャーのことをいっています。
3.真摯さについて
マネージャーの資質について、「もしドラ」でも引用されているのですが、ドラッカーは次のように述べています。
「人を理解する能力、議長や面接の能力を学ぶことはできる。管理体制、昇進制度、報奨制度を通じて人材開発に有効な方策を講ずることもできる。だがそれだけでは十分ではない。根本的な資質が必要である。真摯さである。」
「最近は、愛想よくすること、人を助けること、人づきあいをよくすることが、マネージャーの資質として重視されている。そのようなことで十分なはずがない。事実うまくいっている組織には、必ず一人は、手をとって助けもせず、人づきあいもよくないボスがいる。この種のボスは、とっつきにくく気難しく、わがままなくせに、しばしば誰よりも多くの人を育てる。好かれている者よりも尊敬を集める。一流の仕事を要求し、自らにも要求する。基準を高く定め、それを守ることを期待する。何が正しいかだけを考え、誰が正しいかを考えない。真摯さよりも知的な能力を評価したりはしない。このような資質を欠くものは、いかに愛想がよく、助けになり、人づきあいがよかろうと、またいかに有能であって聡明であろうと、危険である。そのような者は、マネージャーとしても、紳士としても失格である。マネージャーの仕事は、体系的な分析の対象となる。マネージャーにできなければならないことは、そのほとんどが教わらなくとも学ぶことができる。しかし、学ぶことのできない資質、後天的に獲得することのできない資質、初めから身につけていなければならない資質が、一つだけある。才能ではない。真摯さである。」
「もしドラ」では、主人公みなみがその資質として、真摯さを持ち合わせていることは明らかで、それを全体の物語の流れから汲み取ることはできるのですが、直接的にこれだという定義は見られません。
筆者は真摯さの中身について、正直さ、素直さ、気働き、努力、真面目、感性、根気、鷹揚、厳格という言葉を思い浮かべました。「お前はどうか。それらを持ち合わせているのか」と、問われたならば、いささか自信はありませんが、「なければ、思い浮かべることはできないのでは?」と逃げを打ちたいところです。
当所において何人かの部下を束ねるマネージャーで、うまくやっている人材を見るに、これらの資質を備えているように思われます。しかし、何かもう一つあるように思えてしょうがありません。カリスマ性でしょうか。
4.事業を定義する
「もしドラ」は、主人公の高校野球部女子マネージャーみなみが、万年下位に甘んじていた野球部を、ドラッカーの「マネジメント」の理論に則ってマネジメントすることにより、最終的に甲子園へ連れて行くという小説です。
みなみの最初の課題は「組織の定義づけ」でした。
「マネジメント」には「あらゆる組織において、共通のものの見方、理解、方向づけ、努力を実現するには、『われわれの事業は何か。何であるべきか。』を定義することが不可欠である。」とあるのです。さらに、この問いに「答えることは難しく、わかりきった答えが正しいことはほとんどない。」とも述べられています。
すなわち、特許事務所の事業が特許出願だというのは、正しくないということです。
「マネジメント」には、「企業の目的と使命を定義するとき、出発点は一つしかない。顧客である。顧客によって事業は定義される。事業は、社名や定款や設立趣意書によってではなく、顧客が財やサービスを購入することにより満足させようとする欲求によって定義される。顧客を満足させることこそ、企業の使命である。従って、『われわれの事業は何か』との問いは、企業を外部すなわち顧客の市場の観点から見て、初めて答えることができる。」とあります。
この答えも簡単ではないとされています。顧客は誰かを決めたとき企業の定義も決まるというのです。
「マネジメント」ではおもしろい例を紹介しています。「顧客が購入するのは、輸送手段ではなく、ステータスだ。だから、キャデラックの競争相手は他社の車ではなく、ダイヤモンドやミンクのコートである」との答えを、当時のGMの販売担当者は出したのです。そして、そのコンセプトに基づいて事業展開した結果、大恐慌の直後の不景気の最中であったにもかかわらず、GMの業績の急回復を実現したというのです。
「もしドラ」では、野球を見に来る人だけではなしに、高野連のような野球の面倒を見てくれる組織の人たち、学校関係者、そして、野球をプレーする球児たち、学校を運営する県等の公共団体等あらゆる人を顧客としました。おもしろいのは球児そのものも顧客だとした点にあります。
そして、野球部という組織の定義は「顧客に感動を与えるための組織」ということにしたのです。
前提としてみなみが、もう一人のマネージャーで入院中の夕紀から「野球を見ていて感動させられた場面が忘れられなくて、マネージャーになった」という経験を聞いたことが「感動を与える」の伏線になっています。
では、特許事務所は事業をどのように定義すべきか。大変悩ましいところです。まず、「顧客は誰か」ですが、通常、知的財産部、発明者、技術開発部、経営者、デザイン担当者、営業企画部門ということになります。その他に特許意匠商標の公報を見る人たちも潜在顧客ということになります。もしドラ的に考えると、特許庁の審査官や裁判官、そして、特許事務所従業員も顧客になるのかも知れません。
そうしますと、特許事務所の事業の定義は「顧客に対して、知財サービスにより、予想外の満足を与える組織」としてはどうかと思います。
5.マーケティング
みなみが事業の定義を確定してから次に取り組んだのは、マーケティングでした。
「マネジメント」にはマーケティングについて、「企業の目的は、顧客の創造である。したがって、事業は二つの、そして二つだけの基本的な機能を持つ。それがマーケティングとイノベーションである。マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす。」とあります。
さらに、「これまでマーケティングは、販売に関係する全機能の遂行を意味するにすぎなかった。それではまだ販売である。われわれの製品からスタートしている。われわれの市場を探している。これに対して真のマーケティングは顧客からスタートする。すなわち、現実、欲求、価値からスタートする。『われわれは何をしたいか』ではなく、『顧客は何を買いたいか』を問う。『われわれのサービスや製品にできることはこれである。』として営業するのではなく、『顧客が価値ありとし、必要とし、求めている満足がこれである。』を追求すべきである。」
みなみがやったことは、先の「顧客に感動を与える組織」という定義を導く前に、夏の合宿で野球部の様子をよく観察したのです。また、一部の部員とも突っ込んだ話をしました。入院中のもう一人のマネージャー夕紀にも話を聞きました。それは部員の欲求を知り、心を開いてもらうためだったのです。引き続き夕紀には多くの部員の面談を担当してもらいました。マーケティングの一翼を担ってもらったわけです。
そして、さらにマーケティングは続いたのです。野球部の部員の一人一人と面談を行ったのです。不満、要望、悩み、どうして野球をやっているか等。
そして、みんなと仲よくなりたい、何のために野球をやっているかわからない、監督に対する不満、将来経営者になるのに役に立つ、実力がどこまであるか試したい等の部員の心情が判明したのです。それはほとんど予想外のことでした。
マーケティングについて、みなみは従業員に相当する部員以外との面談、例えば高校野球ファンとの面談は行っていません。
しかし、特許事務所においては、成果を挙げる上で、従業員のモチベーションを上げるために面談が重要であることは間違いないのですが、本来の顧客である知財部が、技術部が、発明者が、何を望んでいるかを調査するのはわれわれにとって必須です。
筆者の事務所では、毎年年初に多くの顧客を訪問し、あるいは来所された折にわれわれの年度方針を伝えるとともに、事務所に対する要望をお聞きしています。多くは事務的な要望とか、特許明細書のあり方に関する要望が多いのですが、ときには新たなビジネスに関する要望をいただくこともあります。例えば鑑定業務に近いのですが、自社の製品あるいは製品案が他社特許や意匠に抵触しないかどうかを調べたり、あるいは逆に他社製品が自社特許に抵触するかどうかを調べたりする業務です。ただし、会社側の手数を省くために事務所側の弁理士が会社に深く入り込んで、多くの時間を割いて、自主的に多くの案件を引き出し、その属否をその場で判断していくというものです。
次のような要望を受けたこともあります。出願業務について届出書を直接特許事務所が受け取り、出願可能か否かの判断のための調査も行い、可能なものを出願するという上流にさかのぼった業務依頼です。
知財教育に関する要望も意外に多いことが判明しました。入社したての新人に対する基本的な教育のみならず、役員の知財認識を改めようとするもの等、要望は多種類に及びます。要望に応じてその会社にカスタマイズした資料を準備して対応しています。
新規顧客開拓のために知財部訪問を行っていますが、ビジネスにつながる要望の多くは調査に関係しています。出願前調査、無効理由調査、技術動向調査、自社出願マップの作成、パテントクリアランス調査等、調査にも多くの種類があるのですが、コストと正確さが問われることが多いように感じます。調査から取引が始まって、その他の業務に広がっていくというケースもあります。確かにマーケティングは、ドラッカーが言うように「顧客が何を望むか」から出発しなければならないと思います。
筆者の事務所では、今まで「われわれは電気が得意です。使ってください。」「意匠については任せてください。」という営業活動ばかりでした。「あれもできます。これも得意です。御用はございませんか」では、顧客の開拓は難しいことは実体験からよく理解できるところです。
従業員に関するマーケティングについては、「何をしたいか、どうなりたいか、については事務所の進む方向と齟齬しない限り、そして、事務所の事情が許す限り、従業員の意思を最大限尊重する。」ということは周知してあります。また、何か要望等があればいつでも聞く体制はとられていますが、定期的にインタビューをして従業員の思いを聞くことはやっていません。ただし、グループごとのミーティングは最低1週間に1度は行われ、フリーディスカッションが行われるようになっています。
6.成果、働きがい、責任
「マネジメント」には成果について「マネジメントは、生産的な仕事を通じて、働く人たちに成果をあげさせなければならない。」と記述しています。みなみはマーケティングで夕紀に成果をあげさせるために、部員との面談のたびに、すばらしい点や、問題点については率直に伝えるようにしたのです。また、自分の意見もはっきり述べたのです。
成果をあげる上で重要なもう一つの要素は、働きがいなのですが、「マネジメント」には「働きがいを与えるには、仕事そのものに責任を持たせなければならない。そのためには、①生産的な仕事、②フィードバック情報、③継続的学習が不可欠である。」とあります。
夕紀に成果をあげてもらうために、「マネジメント」やその他の参考書も読んでもらっています。みなみはマーケティングのうち、部員の情報を知るための面談を夕紀に任せ、責任を持たせたのです。
筆者の事務所では、年間の全所目標が部門目標に落とされ、さらに部門ごとに個人目標に分割されています。そして、本日、月間目標のどこまで達成されているか、あとどれだけで目標達成かを、常に把握しているようになっています。目標が達成されたときは、筆者から「おめでとうメール」が毎月送られるようになっています。
明細書作成補助等ルーチンの仕事の教育は、部門長が行うOJTが主力です。新しい技術の勉強は、QC活動の中でQCストーリーに沿って行われます。その他新人教育、産休からの復帰者への教育等数多くのマニュアルができています。各部門で基準を決めて、要チェック者、一人立ちできた者か決められます。一人立ちした者はそれ相応の責任を負ってもらっています。
各人が目標を達成すれば、部門全体の目標も達成されることになります。グループ全体からは個人に対して、目標達成についてそれなりのプレッシャーが働くことになります。個人として、大幅に目標が達成されれば、その分同部門の誰かが達成できなくても、部門全体としては達成となるのですから、達成の見通しが付いても、さらにがんばるということも行われます。そこにはかなりの責任意識があるといえます。
7.専門家について
「もしドラ」においては、野球部の監督加地を専門家として扱っています。「マネジメント」では専門家について、「専門家にはマネージャーが必要である。自らの知識と能力を全体の成果に結びつけることこそ、専門家にとって最大の問題である。専門家にとってはコミュニケーションが問題である。自らのアウトプットが他の者のインプットにならないかぎり、成果は上がらない。専門家のアウトプットとは知識であり情報である。彼ら専門家のアウトプットを使うべき者が、彼らの言おうとしていること、行おうとしていることを理解しなければならない。専門家は専門用語を使いがちである。専門用語なしでは話せない。ところが彼らは理解してもらってこそ初めて有効な存在となる。彼らは自らの顧客たる組織内の同僚が必要とするものを供給しなければならない。このことを専門家に認識させることがマネージャーの仕事である。組織の目標を専門家の用語に翻訳してやり、逆に専門家のアウトプットをその顧客の言葉に翻訳してやることもマネージャーの仕事である。」とあります。
また、次のようにもいっています。「専門家が自らのアウトプットを他の人間の仕事と統合する上で頼りにすべき者がマネージャーである。専門家が効果的であるためには、マネージャーの助けを必要とする。マネージャーは専門家のボスではない。道具、ガイド、マーケティング、エージェントである。逆に専門家は、マネージャーの上司となりうるし、上司とならなければならない。教師であり教育者でなければならない。」
まさに、加地監督は専門家といえます。みなみの上司であるとともに、みなみは道具であり、エージェントであり、小間使いであり、ガイドでもありました。みなみは加地監督からのアウトプット情報を、部長へのインプット情報として判りやすく伝える翻訳家としても機能したのです。もう一人のマネージャー北条文乃もその才媛ぶりを生かして翻訳家として大活躍をします。
特許事務所で専門家とは、弁理士のことであろうと思われます。通常マネージャーであり、専門家でもあるわけです。ただ、多くの事務所において、所長がマネージャーでもあり、専門家でもあるということになると思います。そうすると、経営がスムーズでなかったり、教育がうまく行かなかったりすることが多いのではないかと思います。
筆者の事務所では、比較的弁理士の数も30名近くと多いため、一部の弁理士にはマネージャーとしての機能があったとしても、専門家として機能している者が多いといえます。特にグループを統括してない弁理士は専門家といえます。「彼は著作権にめっぽう強い」とか、「不正競争防止法なら彼女だね」とか、「外国意匠ならあの人だ」というようにそれぞれの得意分野があって、専門性が区分けされているのです。
一方、所長、会長は専門家としての機能が低く、マネージャーとしての要素を多く含んでいます。 では、マネージャー機能として翻訳家たりえているか、道具であり、エージェントであり、小間使いであり、ガイドたりえているかといえば、疑問があります。というのは、専門家として機能しようとすると、マネージャー的になり、マネージャーとして機能しようとすれば、専門家的になってしまうというところがあるからです。
悪いところばかりではありません。例えば、専門家として、所員に対して意匠法について専門教育をしようとする場合、専門用語でまくし立てるばかりでなく、いろいろ気を使いながら、外部で知財に明るくない方々に意匠を説明したときの経験に基づいて、分かりやすく翻訳しながら説明する等ということもできるからです。
8.成長、人を生かす
「もしドラ」では、秋の大会でみなみの野球チームは、いい試合をしていながら、7回に野手のエラーが元でピッチャーの浅野慶一郎が崩れ、連続フォアボールで押し出しの点数が入り、7対0のコールドゲームで負けてしまったのです。そのときの反省会で、キャッチャー柏木次郎が「もう、わざとフォアボールを出すような浅野の球は受けたくない。」と言い出したのです。しかし、監督の加地は「わざとフォアボールを出すピッチャーはいない」と救いの手を出したのです。それをきっかけに、うまくいっていなかった加地監督とピッチャーの浅野との関係も修復できて、野球部のムードが一変し、好転するのです。これが野球部成長の機会となったのです。
「マネジメント」にはこうあります。「成長には準備が必要である。いつ機会が訪れるかは予測できない。準備しておかなければならない。準備ができていなければ、機会は他所へ逃げて行く。」
「もしドラ」では、マネージャーは部員との面談というマーケティングを行い、通訳として専門家である加地監督の声を部員に、また、部員の欲求を専門家に伝えたのです。このようにして準備はできていたのです。
そこでみなみは練習メニューの改革を行いました。それは主として、加地監督と頭のいいマネージャー北条文乃が担当したのです。競争原理を生かすために、部員を3つのグループに分け、例えばランニング練習では、お互いに競わせ、順位をはっきりと出して、タイムとともに記録し向上のようすが分かるようにしました。練習試合も多くしたのです。
結果を明確に出すというようにしました。打席に立てば凡退したかヒットを打ったか、結果は明らかですし、試合をすれば勝ち負けの結果は明瞭でした。
さらに、責任を感ずるようにしたのです。例えば、ピッチャーの練習は特別にして、チーム制から外しました。それはピッチャーが勝ち負けに重大な影響を持つ特別な存在だということを自覚させ、責任の重さを感じさせるためだったのです。
このようにして、みなみの野球部はどんどん活性化していったのです。練習をサボる部員もなくなり、成果が上がっていくのです。練習試合をしてもはじめは勝ち負けが5分5分だったのが、負けなくなっていったのです。
筆者の事務所において、準備が整い、その後の対策で眼に見える成長を果たしたケースは、2つのケースを思い出すことができます。昭和50年代、好景気で技術者はみな大企業へ就職してしまい、明細書補助要員の採用がほとんどできなくなったことがありました。そのとき明細書補助担当者の給与を一気に5万円上げるということを決行しました。明細書補助担当者にはそれまでよりも、月1件余分に担当することを条件としました。しかし、採算の見通しはつきませんでした。もちろんボーナスの支払いの目処もつきませんでした。しかし、ふたを開けてみると、なんと大きな利益が上がり、ボーナスを増額できたばかりでなく、税金の支払いも大きく伸びたのでした。結局、従業員側に十分な準備ができていたことになります。
もう一つは平成15年、筆者が会長に次男が所長に就任したときのことでした。所長は就任直後の施策として、京セラのアメーバ経営を導入すると言い出し、それを実行したのでした。ご承知のようにJALがわずか2年足らずの間に、史上最高益を出せるように再生した大きな原因の一つが、アメーバ経営だったのです。各部の採算を細かく計算し、部門ごとに儲かった、儲からなかったを明確に算出するというものです。時間当たり従業員1人当たりの付加価値も円単位で出てきます。ある部門が3ヶ月も4ヶ月も赤字続きであったならば、その部門には何らかの問題が起こっているはずです。直ちにチェックできるのです。経営上きわめて有効な手法です。
通常、経常利益が売り上げの10%も上がっていると、「うまくいっている」と錯覚してしまいます。10%の利益という結果が、30%の利益を出している部門と、10%の赤字を出している部門の平均として出てきているならば、経営的には大問題であるのです。しかし外見的には、「10%もの利益」が出ているので、起こっているマイナス10%の部門の問題についてなかなか気付かないということになるのです。 筆者の事務所では、アメーバ経営を導入することによって、利益率も大いに改善されたのでした。このときも従業員側にアメーバ経営導入に関して、準備が整っていたということがいえそうです。
推測ですが、両事例で準備が整っていた大きな原因は、全所的にQC活動が日常的に行われていて、改善活動に関するアレルギーが払拭されていたことだと思われます。 競争原理を働かせるため、成果の上下によってボーナスの額に差をつけるということが、かなり厳しく行われるとともに、昇給昇格においても同様にしています。
もう一つ、QCの活動においては、半年に1回発表会が行われます。そのときの賞金の総額が1回約100万円になりますので、競争原理がかなり働くように感じます。金賞をとりますと、団体賞の他に金賞のグループ全員にそれぞれ個人賞3万円が与えられるからです。
9.自己管理
みなみの野球部においては、毎週月曜日を練習なしの日とし、その後の1週間の練習目標を立てるようにしました。チームごとにリーダーを決め、それぞれの管理運営はチームリーダーに任されたのです。目標の決定や練習方法を自己管理させたのです。
例えば、練習の方法は多くのメニューがあって、部員が自主的に選ぶことができるようになっているのです。マネジメントでいう自己管理手法です。
マネジメントには、「自己目標管理の最大の利点は、自らの仕事ぶりをマネジメントできるようになることにある。自己管理は強い動機付けをもたらす。適当にこなすのではなく、最善を尽くす願望を起こさせる。したがって、自己目標管理は、たとえマネジメント全体の方向づけを図り活動の統一性を実現する上では必要ないとしても、自己管理を可能とするうえで必要とされる。」とあります。
みなみの野球部は、この自己管理手法によっても、欠席者がなくなり、部員の多くが最善を尽くして練習をするという状況がもたらされたのです。
筆者の事務所でも、多くの場面で自己管理が行われていて、それによる成果は確かに上がっています。
特許出願の依頼があったときに、どの出願をどの部門に振り分けるかは、初めてのお客様でない限り、自動的に決まってきます。しかし、その部門において、誰が担当するかはその部門に任されています。通常部門長が分野、難易度を判断して決めています。その仕事を通常の期限までにどのようにこなすかは担当者に任されています。意匠、商標、外国(外内、内外)も同じです。仕事の割り振りについて、トップが介入することはほとんどありません。初めてのお客様のときや、部門の仕事がオーバーフローしたときには、相談を受けることがあります。
QC活動でも、大半は自己管理なのです。課題をグループごとに決め、それを実行します。それでどのような課題をやるかについては、トップがチェックします。変更を求めることは珍しいのですが、あまりにも安易な課題が選ばれたときや、それよりも重要で緊急性の高い課題があるときは、変更を求めることがあります。QC活動もいったん始まってしまえば、ほとんどが自主管理ですが、管理担当の専任者がいますので、毎週活動報告書が提出されているかはチェックされます。提出されていないと催促があります。
各部門の目標達成に至る努力は、まさに自助努力になっています。各部門長はそれぞれアイディアを凝らして、目標にチャレンジするのです。全部門月間目標達成ということはまれにしかありませんが、毎月ほとんどの部門が達成することも事実です。しかし、時には達成率50%未満というグループが生ずることがあります。多くの場合、特殊な事情、例えば仕事は完了しているが、お客様からの返事がいただけないといった事情がある場合がほとんどです。
目標という縛りがかかっていますが、その目標達成に向けた管理はまさに自己管理となっています。
10.まとめ
「もしドラ」はまだまだ続きます。イノベーション、企業の社会貢献、マネジメントの正当性、アイディアのよしあしの判断、トップマネジメント、企業規模の限界、競争相手の存在、目標管理、集中の目標と市場地位の目標、関心を成果に向ける(人事)、成果重視、プロセス軽視等です。
紙面の都合上、申し訳ありませんが、次号で解説することとさせていただきます。
本稿で紹介した「自己管理」、「成長、人を生かす(準備ができている)」、「働きがい、成果、責任」、「専門家」、「事業を定義する」、「マーケティング」、「マネージャー」、「マネージャーの真摯さ」は企業のマネジメント上重要であることは明らかです。筆者も改めて学んだこれらの項目を特許事務所の経営に生かそうと思います。
本稿はドラッカーのマネジメント全体を俯瞰したものではなく、もしドラに出てくるマネジメントの引用箇所のみを断片的に取り上げて、筆者が自己流の解釈をし、筆者の事務所の状況と比較したに過ぎません。そこには大きな認識違いがあったりする可能性があります。ご理解をいただきたいと思います。
次号においては、本号の論調をダイジェストするとともに、続きを述べたいと思います。