「スペシャリスト」と「ジェネラリスト」
統括理事 弁理士 伊東正樹
先月の年始コラムで所長から紹介がありましたが、昨年6月よりオンダ国際特許事務所に所属することになりました、伊東正樹と申します。長年企業で知財に携わってきた経験を生かし、お客さま目線で、様々な知財課題に対して、できる限りの支援をして参りたいと思います。何卒よろしくお願い申し上げます。
今回、初めてのコラム執筆になりますが、転職にまつわるお話をしたいと思います。
資格保有者の評価
私は大学卒業後、大手機械メーカーに入社し、知財部で国内外の出願、中間、調査、訴訟、ライセンスなど、会社の知財部門が扱う多くの実務を長年経験してきました。定年までの最後の7年半は知財部長としてマネジメントに関わる一方、社外でも日本知的財産協会や公的機関の活動に参加しました。こういう経歴の人間を、一般的には「知財のスペシャリスト」とか「知財専門人材」などと言います。私は弁理士の資格を持ってますので、なおさらそうなります。
ただ、多くの事業会社において、弁理士の資格は、就職時を除き、あまり人事評価の対象にはなりません。なぜなら、会社には、人事、経理、開発、生産、販売など様々な部門や職種があり、それぞれが十分に力を発揮してこそ、初めて事業活動が成り立つのであって、どれが欠けていてもうまくいきません。各部門の活動に対して、会社は公平な評価をせねばなりませんが、その対象は業務の成果と人物の能力や姿勢です。さらにマネジメントとなると実務能力とは別物で、管理能力や組織内の事情が大きく関係します。資格保有者は実務能力こそ期待されるものの、資格を理由に人事評価をすることは、同等の専門資格が存在しない他の職種とのバランスからも妥当ではありません。場合によっては、資格があることで期待値が上がり、逆に厳しく見られることすらあります。私は知財部にいる間に弁理士資格を取得しましたが、役に立ったのは受験勉強で得た知識であり、自社出願や訴訟代理で多少使ったものの、社内評価の役に立ったことはありませんでした(受験時代はもう少し期待していたのですが)。知財部以外で、私が弁理士であることを知る者は社内では少なく、私を知財部長に指名した役員ですら、部長就任後に資格を知って驚かれたこともありました。
「スペシャリスト」と「ジェネラリスト」
話は変わりますが、会社を退職する直前の話です。私の知財部長の在任中に、知財担当の役員は何度か変わりましたが、その中のある役員とは、ゴルフなどでご一緒する機会が続いていました。その時に、特許事務所へ転職することをお伝えした時の、その元役員の反応が印象的でした。
「いいな、知財は。行く所があって…」
確かに、知財業界は、特許事務所や調査会社などのアウトソース業者が多く、元知財部員や元技術者などが転職することがあります。同時期に退職した他部署の社員の多くは、再雇用で一社員として残るか、関連会社に転籍するか、キッパリ仕事を辞めるかのいずれかでした。退職後も仕事を続ける人からは同様のことを言われたことはありましたが、その発言をされた元役員は、数千人規模の事業部のトップまで勤められ、今は関係会社の社長となり、いつ辞めても悠々自適に過ごせるような人なので、その方から言われたのはやや意外でした。
日本の事業会社にありがちなのですが、たたき上げでトップに上る人は、その会社の様々な事情に精通し、発言力のある人が多いようです。私の元の会社でも、キャリアアップするには「一本社、二事業部」と言われ、多くの部署を経験させることが、育成の方針としてありました。こういう多方面の知識を持っている人を一般にジェネラリストといいますが、そのような人が会社を辞めて転職をする場合には、多様な経験が必ずしも高く評価されるとは限らないようです。そういった人は、本当の意味のジェネラリストとは限らず、むしろ「会社固有の事情に精通したスペシャリスト」となりがちだからです。そのため、キャリアを売りに他社へ転職する際は、多様な経験を持つ人より、技術や法律などの専門性を持ったスペシャルな人のほうが評価されることが多いように思います。一般に通用する本当のジェネラリストというのは、むしろプロの経営者(変な言い方ですが)に近い存在ではないかと思いますが、それならば実績次第でどこの会社でもやっていけるでしょう。そうではなく、会社の事情に精通した人というのは、その会社で要職に就くことでますます評価され、環境に適合した人材に特化していくことになります。
これはどちらが良いとか悪いとか、一概に言えるものではありません。一つの会社勤めで人生が全うできるなら、それはそれで幸せなことでしょう。しかし、会社の就業に年齢制限はつきもので、いずれは会社から離れることになります。長く仕事を続けたいと考える人は、現役の時のように活躍したいと思うかもしれませんが、留まっていては限界があります。それとは異なり、専門性を持った人は、ニーズがある限りどこでも活躍することが可能で、そういった生き方を求めるのであれば、早い時期から計画して行動すべきでしょう。
私の場合は、知財という専門職で長く関わってきたわけですが、そのような活躍の場を提供していただいた元の会社には大変感謝しています。また、その間の様々な社内外の経験やご縁も重なって、現在の状況に至っています。こういった専門的な生き方を選んだことで、今の仕事を続けることになりましたが、同時に勉強と自己研鑽も続けなければならなくなりました。それをポジティブに捉えるか、ネガティブに捉えるかは、心の持ち方次第です。