Necessity is the mother of invention / 必要は発明の母
(パテントメディア2021年5月発行第121号掲載)
弁理士 小松原寿美
ウイルスは生命活動を行わず、自力で増殖することすらできないため、生き物とはみなされません。しかし、様々な生物に多大な影響を与える生態系の一部であることは間違いありません。絶対的な寄生体であるウイルスは、宿主とした個体に影響を与えるだけでなく、パンデミックを引き起こすことにより、繰り返し社会の変容をもたらしてきました。
長い間人類と共存してきたはずのコロナウイルスも、その変異種は、もう1年以上も猛威を振るい続けています。事態の収束には、それ以上の時間がかかるでしょう。そして、感染拡大防止のために世界中で物理的な移動が制限されたことにより、様々な事柄が予想もしなかったような速さで変化を遂げています。
例えば特許庁では、デジタル社会の実現に向けた政府の方針を受けて、テレワークを推進しています。審査官は、概ね週に1日登庁するテレワークが一般的なようですが、審査業務における情報検索システムや通知等の起案・発送システムには庁舎外からアクセスできないと言いますから、現場の苦労が偲ばれます。
さらに、押印廃止の流れを受けて、特許庁では令和2年12月に手続き797種のうち、代理人選任や新規性喪失の例外など、666種の手続きで押印を廃止しました。このコラム執筆時点(2021年2月)では、令和3年3月に追加で24種の手続きで押印廃止が予定されています。ただ、電子申請可能な手続きは法令で定められているので、現状では、押印をやめても紙の原本を提出しなければなりません。とはいえ、特許庁では手続の電子化をより一層推進する計画であるため、いずれにしてもオンライン化は進むでしょう。
当所においても、お客様との面談、営業活動、セミナー、研修などがWEB上に移行し、FAXや郵便の多くはメールや電子納品に代替されました。知財業務に必須だった紙の包袋は電子包袋になり、ペーパーレス化が一気に進みました。そのおかげで、在宅で対応可能な業務範囲が広がりました。
私の勤務地は岐阜県ですので、弁理士会では東海会に所属しています。弁理士会東海会では、毎週月曜日~金曜日に所属弁理士の持ち回りで無料の知的財産相談を行っているのですが、これも現在は来訪相談を休止し、電話相談またはWEB相談のみになっています。
ところで、弁理士の分布を都道府県別にみると、2021年1月31日現在で、1位の東京都が全体の53%(7,495名)、2位の大阪府が14%(2,051名)、3位の神奈川県が7%(982名)となっており、これら3都府県で全体の74%を占めます。つまり、弁理士は大都市圏に集中しているのです。なお、愛知県は4位で5%(749名)、岐阜県はかなり順位を下げて82名、最も少ないのは鳥取県で6名です。こうした事情から、以前は、弁理士会の会合や知財セミナーの多くが東京で開催されていました。そのため、我々のような地方在住者が参加するのは難しく、長時間家を空けられない子育て・介護世代は、なおさらでした。
しかし、コロナ禍でこうした会合やセミナーがWEB上で行われるようになり、さらに世界中で同様の状況になったため、海外在住の知財関係者もWEBセミナーを開催するようになりました(ちなみに、国外には2021年1月31日現在で122名の日本弁理士がいます)。折しも、在宅勤務になって通勤時間が浮いたこともあり、どこで開催されるセミナーであっても、たとえそれが夜間であっても、自宅から気軽に参加することができるようになりました。移動の制限が全員に及んだことにより、期せずして情報格差が解消されたのです。リアルでは目の前の人とのおしゃべりすら憚られるのに、世界中の人とWEB経由で情報交換できるようになり、在宅で参加するお互いの居室内まで目にするようになったのですから、驚くばかりです。
このような社会の変容に伴い、新たなコミュニケーションツールや情報セキュリティの強化など、様々なニーズが生まれ、それに応えて多くの発明がなされているはずです。特許出願は通常、出願から1年6月で公開されますから、この1年あまりの苦境を乗り越えようと世界中で生み出された発明が、まもなく次々と世に出てくることでしょう。こうした発明により技術が進歩し、困難な状況が少しでも多く解消されることを願ってやみません。