レスレス社会
(パテントメディア2020年1月発行第117号掲載)
弁理士 井出佳一
私は2010年にオンダ国際特許事務所に入所しました。オンダ国際特許事務所に入所して、まもなく10年ということになります。この10年の間に、オンダ国際特許事務所には大小様々な変化がありました。新しい社屋が建ったり、新しい組織が出来たり…そして、現在、オンダ国際特許事務所には、ペーパーレス化の波が押し寄せています。
説明するまでもないとは思いますが、ペーパーレス化とは紙媒体を使わずに、データによる情報の共有・保管を行うようにすることです。紙媒体を使わないため、コストを抑えられたり、環境に優しいというメリットがあるそうです。オンダ国際特許事務所では、今までも多くの書類をデータで扱ってきましたが、一部の書類は紙に印刷していました。今後は、紙への印刷自体を極力なくすことになります。少し前には、ミスが起きる度に「紙に印刷してミスがないかチェックしろ!」と言われていたのが信じられないぐらいの変化です。
特許事務所では、公報を印刷することが多いため、ペーパーレス化を行うメリットはかなり大きいのではないかと思います。頁数が多い公報だと、1件で100頁以上になることもあります。これらの公報を全頁印刷するだけで、多大なコストがかかります。また、印刷した公報を持って出張するとなると、筋トレしていると錯覚するほどの重量を感じることもあります。ペーパーレス化をすることで、これらの問題を一挙に解決することができます。特許事務所にとって、ペーパーレス化は神ということです。紙だけに。
ペーパーレス化について調べてみると、社員の反対によりペーパーレス化に中々踏み切れないということもあるようです。私はというと、事務所でのペーパーレス化については賛成しており、事務所に存在する紙はトイレットペーパーとコーヒーフィルターだけでいいと考えています。これは、紙を無くすことによるメリットがデメリットを上回っていると感じるからです。
ペーパーレス化が進み、データのやりとりが増えますと、危惧されるのはセキュリティです。毎日のように情報流出についてニュースがあり、データの取扱いについては非常に注意しなければならないと感じています。データは、持ち出しやすい反面、持ち出されやすいという側面も備えています。ペーパーレス化によるメリットは大きいですが、そのリスクについても把握しておく必要があると思います。
セキュリティ等の問題は絶えませんが、改めて考えると、近年、社会全体で見てもペーパーレス化はかなり進んでいると感じます。電子書籍市場は年々拡大していますし、新年の挨拶を年賀状ではなくメールで行うことも多いと聞きます。物理的媒体を無くしたという意味では、音楽・ゲームのダウンロード販売やキャッシュレスもペーパーレス化と似た概念だと思います。ニュースを見ていても、○○レスという言葉を見かける頻度は多く、現代社会はレスレス社会と言えます。このように、物理的媒体を無くして、データのみをやりとりすることは、一昔前に比べると、かなり社会に受け入れられているような印象を受けます。
しかし、何でもかんでもデータにしてしまうことに対して寂しさを覚えるのも確かです。私は、事務所でのペーパーレス化に対しては賛成ですが、事務所を一歩出れば圧倒的な紙支持者です。プライベートな時間に新聞や書籍を読むときには、ディスプレイではなく紙で読みたいです。紙にはディスプレイにはない温もりを感じますし、ディスプレイで読むよりもリラックスして読める気がします。本屋にいると落ち着くという人がいるように、紙には紙にしかない魅力があるように感じます。もし、毎週読んでいる週刊少年ジャンプが電子書籍のみになったらかなりのショックを受けると思います。音楽を愛してやまない当所の所長も、CDが消え去り、ダウンロード販売のみになったら大きなショックを受けるはずです。
今後も、ペーパーレス化の流れは社会全体で見ても加速していくと予想されます。私が60代、70代になったころには、私の髪とともに世の中にはほとんど紙が存在していないかもしれません。ペーパーレス化に限らず、物理的媒体を排してデータ化することによるメリットは非常に大きいです。スマホ等の携帯端末の普及によって、データさえあれば、携帯端末1台で何でもできる時代です。私自身も、データ化によるメリットを享受していますし、今更、データを無くすと言われても受け入れられないと思います。データにはデータの良さ、紙には紙の良さがあると思います。効率や利益が求められる職場では、データの良さが活きると思います。一方で、効率が求められない環境では、紙の温もりに癒やされてみるのもいいのではないでしょうか。どちらか一方のみに頼るのではなく、必要に応じて両者を使い分けていければいいと思います。