より良い関係を築くために
(パテントメディア2017年5月発行第109号掲載)
弁理士 山本 実
私は、千葉県松戸市にあるK社におよそ7年間勤めた後に、オンダ国際特許事務所に弁理士として転職し、気が付けば弁理士としてのキャリアのほうが長く、今年でちょうど10年を迎えました。K社では、社長のご厚意もあって、設計開発担当として、品質管理担当として、生産管理担当として、営業担当として、そして、駆け出し知財(特許)担当として、様々な業務を経験させていただくことができました。特許事務所の実務担当者としての経験と、企業に勤務する知財担当者としての経験から、最近になって思うことがあります。
それは、端的に言えば、「特許事務所の実務担当者は、必要な情報の提供を継続して受けることによって、お客様のために最大限の力を発揮できる」ということです。
K社に在職中、私は、弁理士試験の勉強をしていたものの、特許実務については素人同然だったこともあり、当時お世話になっていた特許事務所のA先生に良くも悪くも「おまかせ」の状態でした。そんな中、今でも憶えていますが、審査中であった特許出願Aについて、特許庁から拒絶理由通知があったとき、ある分野のシェアを奪い合っていた競合他社製品と自社製品をA先生にお見せし、両方を技術的範囲に収めた特許権の取得を目指して欲しいとお願いしたことがあります。A先生は、二つ返事で引き受けて下さり、大変有り難いことに、K社にとって非常に好ましいクレームを維持したまま権利化を図ることができました。
この例は、特許事務所や企業の知財部門に勤務されている方々から、「何を当たり前のことを言っているんだ!」と言われてしまいそうな内容ですが・・・私がここで問題としたいのは、「その後もA先生は、K社が望む権利を取得し続けることができたか否か」という点です。実際に、A先生は、上述の特許出願Aとは異なる特許出願については、引用文献などの関係から概ね妥当な範囲にて権利化して下さったものの、「何かちょっと違うかも?」といった印象の権利も中にはありました。
原因はごく簡単です。私は、特許出願Aのとき以外、どのような権利が必要であるのかといった情報を、A先生に提供していませんでした。
A先生は、顧客にとってより良い権利を取得するために、特許明細書の作成から、拒絶理由通知書に対する応答方針の立案、さらには応答書類の作成まで、手を抜くことなく誠実に業務を遂行される方でした。しかしながら、特許請求の範囲の記載について、複数通りの選択肢の中から何れかを選択する場合、顧客から情報のインプットが無いときには、自分の知識と経験から、最適と思われる表現を選択することになります。このことは、オンダ国際特許事務所の実務担当者であっても同様です。
この選択は、実務担当者の経験に裏付けられ、一定の品質が担保されるとはいえ、どうしても実務担当者個人の判断基準に依存するため、必ずしも、企業が望む権利範囲となるとは限りません。即ち、実務担当者がいくら「100」の力を注いだとしても、進む方向が正しい方向でなければ、得られる成果は企業にとって「100」未満のものになってしまいます。このため、特許事務所の実務担当者が、一般的に“正しい”と言われる判断基準だけではなく、顧客の意向に沿った判断基準を持つことは、極めて重要になります。
特許事務所の実務担当者は、企業から必要な情報の提供を継続して受けることができれば、個々の案件をすすめる上での判断基準を、企業から提供される情報に基づいて逐次バージョンアップし、最新の状態に保つことができます。特許事務所に提供する情報は、何も競合他社製品や自社製品のように実際の実施品に関する情報や、具体的な要望に関する情報である必要はなく、例えば、より漠然とした方針や考え方のようなものであってもかまいません。要は、企業が必要としている権利に関する情報を、特許事務所の実務担当者にインプットし続けることが重要なのです。
そして、特許事務所の実務担当者は、最新、且つお客様の意向に沿った判断基準に基づいて個々の案件に取り組むことで、初めて、「お客様のために最大限の力を発揮できる」ようになるのです。お客様の中には、弊所の実務担当者に対して遠慮されているお客様もいらっしゃるかも知れませんが、是非とも積極的に「注文」をつけて頂ければと考えております。有効な権利を作り上げていくためには、お客様が得意なところと、特許事務所の実務担当者が得意なところをそれぞれ活かし、相互が十分に、且つ継続的にコミュニケーションをとることが不可欠なのです。私共、オンダ国際特許事務所の担当者は、お客様とそのような良好な関係を築けるように努力し、お客様のご期待に応え続けていく所存です。