2020.05.01
特許分析 ~IoT調理家電~ 「過去・現在・未来」に関するかんたんな考察
(パテントメディア2020年5月発行第118号掲載)
知財戦略支援部 郷真理子
知財戦略支援部 岐阜グループの郷(ごう)と申します。
侵害特許調査、無効資料調査、出願前先行技術調査、などの知財戦略のサポートに関連する業務を担当しています。
「IP・・・・」が流行っている影響があるからでしょうか。最近は、新たな開発分野の模索、新たな用途探索などを目的とした特許マップ作成及び分析などのご相談が増えており、特許分析を事業課題として認識されている企業様が多いように感じています。
1.プロローグ
特許調査の業務を担当している私ですが、プライベートでは料理が趣味だったりします。最近は、“調理家電”の進化によって料理の手間が省けて便利になってきました。特に、IoTの機能が備わるようになってから、全く別物のような進化を遂げています。
そこで、“IoT調理家電”というものをネタにして、特許情報を簡易的に料理してみることにしました。 特許分析の事例としてご紹介いたします。(※カラー版は、弊社ホームページで閲覧していただくことが可能です。)
IoT調理家電とは・・・
IoT(Internet of Things)とは、様々なモノがインターネットに接続され、相互に情報交換し制御する仕組み(ネットワーク)です。
IoT調理家電とは、このネットワークを利用した調理家電であり、オーブンレンジ、炊飯器など多くのタイプが存在しています。スマートフォンにインストールした専用アプリを介して遠隔操作や調理状況の確認、履歴データの管理ができるようになっています。
下図に示す経済産業省の統計データによると、家事用機器の生産・出荷数は減少傾向にあるようです。
一方、家事用機器1つ当たりの単価を見てみると増加傾向にあることが下図から読み取れます。
(出典元: https://newswitch.jp/p/19815)
これらのデータから、家事用機器の需要は縮小傾向にあると言わざるを得ないようです。そんな中、商品の多機能化、つまり、高付加価値化をすることによって一台あたりの利益率を上げようと開発を進めてきたのではないかという家電メーカーの動きを推測することができます。
調理家電もその例外ではないということだと思います。では、IoT調理家電の特許動向を探っていきましょう。
2.母集合の設計
まず、国内の特許情報を対象にIoT調理家電に関する母集合を作成します。
分析ツールの性能が上がるにつれて、「母集合は適当に大きくとっておけばいい」という声を聞くことが増えてきましたが、経験上、これは間違っています。これだけは譲れません。分析対象となる技術分野の特許はできるだけ網羅すべきですし、逆に、ノイズとなる特許はできるだけ排除すべきです。分析テーマについて正確な母集合を作るために、検索式の設計はしっかりと検討するべきです。時間的・コスト的に許されるのであれば、さらにマニュアルのスクリーニングを行って分析の母集合をブラッシュアップしたほうが良いことは言うまでもありません。検索式を検討する際には、きちんと予備調査を行ない、欲しい特許情報を包含するように多面的に検索式を策定することが重要となります。
今回は下記のように検索式を策定しました。
検索式1:
※全文指定で、「通信」などはあえて展開していません。リモコンのようなものがノイズとして含まれるケースが散見されたからです。
検索式2:
※この特許分類には、ノイズとなる「ストーブ」等のノイズも含まれることになるため、名称/要約/請求項指定で「調理」などのキーワードをあえて限定しました。
検索式3:
検索式4:
検索式5:
※検索式4の旧分類を使った式です。分類の内容がテーマに合致していると考えられたため採用しましたが、この分類が廃止された以降の特許には付与されていないことを留意しなければなりません。
検索式6:
検索式7:
検索式8:
※ファセットを使った式です。このファセットは、IoTに関する分類です。
検索式9:
※これもファセットを使った式です。検索式7で採用したファセットの下位にある分類です。
検索式10:
※保険的にキーワードだけの式も手当てしています。キーワードだけの検索式ではノイズを増やすリスクも伴いますので注意が必要です。
母集合:1+2+3+4+5+6+7+8+9+10・・・約1500件 (2020年2月末現在)
3.技術動向の分析
作成した母集合(約1500件)を対象に分析を進めていきます。
3-1.出願人毎の出願件数の推移
図1-1.<調理家電分野>出願件数 × 出願年 折れ線グラフ
図1-1は、調理家電分野の出願件数の動向を表したグラフです。縦軸は「出願件数」、横軸は「出願年」を表しています。
A社は2000~2009年にかけて、どの出願人よりも多く出願を行なっていますが、2010年以降は出願が激減していることが読み取れます。
B社,C社,D社 については、2011年あたりから出願件数を伸ばしており、この時期から、調理家電に注力してきたと推測することができます。また、同時期にF社が登場してきています。
一方、E社は相反するように2002年をピークに以後減少し、2014年以降は出願が行われていないことから、事業撤退や別会社へ事業売却などが行われたと推測できます。
このようにグラフ化してみると、今どの出願人がこの分野に注力しているか、勢いがあるかを把握することができます。
ただし、このグラフだけでは、企業における知財活動の方針による影響を読み解くことができません。そこで、この疑問を検証するため、上位3位の企業について、全出願の母集合を作り分析しました。
図1-2.<分野限定なし>出願人上位4社の出願件数 × 出願年 折れ線グラフ
図1-2は、図1-1で上位3位にあがった出願人の全出願の件数推移を表したグラフです。縦軸は「出願件数」、横軸は「出願年」を表しています。
図1-1、図1-2のグラフを比較してみることで各社のおおよその経営状況を把握することができます。
A社は、2010年頃をピークに出願件数が激減傾向にあり、調理家電分野だけから撤退したのではなく、知財活動そのものが停滞していることが読み取れます。
B社は、全体として安定的な出願が見られますが、調理家電については2000年の後一旦は落ち込みを見せます。しかし、2006年あたりから再度出願件数が増加しており、開発シェアを高めてきているのではないかと推測できます。
C社は、2013年あたりから、全体の出願件数が減少傾向にあります。しかし、それに相反するように調理家電関係の出願件数は増えています。この分野に開発力を集中化させてきたのではないかと想像します。
3-2.発明者の分析
次に、調理家電の技術に携わる発明者の分析を行ないました。
図2の縦軸は「発明者名」、横軸は「出願年」、個々のバブルの大きさは「出願人毎の出願件数」を表しています。
図2.発明者 × 出願年 バブルチャート
このグラフから、A社は特定の発明者が継続的に特許出願をするケースは少なく、この分野の開発に多くの発明者が携わっていることがわかります。一方、B社はある特定の発明者に偏っていることがわかります。C社,D社は共同開発をしている様子が見られます。A社からF社に出願人が変化している様子も見られます。ヘッドハンティング?とも思えるようなデータですが、実は、A社とF社は関連会社であって、新体制により開発が再開されてきていることがウェブ情報で確認できました。
3-3.頻出ワードの分析
次に、近年利用頻度が急増加したキーワードの分析を行ないました。
図3-1は、縦軸は「利用頻度が急増加したキーワード」、横軸は「出願年」、バブルの大きさは「出願件数」を表しています。
近年の急増加キーワードとして、「利用者」「情報」「操作」「コントロール」「設定」「ソフトウェア」などのキーワードが見られることから、利用者が操作・設定する際の利便性に特化した出願が増えてきているのでは・・・と推測できます。
図3-1.「発明を解決するための課題」の項目のキーワード利用頻度急変分析
ここで、何の「情報」なのか?何を「操作」するものなのか?が気になりました。
IoT調理家電のテーマで集合を作っていますので、おそらく、料理に関する情報や、調理器の操作に関するものだろうということは容易に想像できましたが、ここはしっかり検証しておきます。
図3-1で抽出したキーワードに対し、その前後に登場するキーワードのランキングを集計しました(図3-2)。
図3-2.利用頻度 急増加キーワードの前後キーワードの分析
前後10位以内に「レシピ」「食材」「調理器」に関連するキーワードが多く見られ、想像したとおりの結果となりました。
しかし、分析を進めると予想外の情報が見えてきました。「料理に関する情報」については、『レシピ』という先入観をもって考えていたのですが、そうとも言い切れない状況が見えてきたのです。
以下の式のように、相関があるキーワードの組み合わせで集合を作り、近年に出現率が上がったキーワードを分析しました。
要約=(食材+レシピ+調理+料理) AND (利用者+情報+操作+コントロール+設定+ソフトウェア)
その結果を図3-3に示します。
図3-3.「食材」・「情報」に関連する特許の分析
「検知装置」や「重量変化」に相当する特許を個別に確認したところ、「調理物の成分」に関する情報や、「火の通り具合」を推定しようとするものでした。なるほど。検知装置や重量変化によってこれらの情報を推定できるというわけなのです。
分析では、全体を広くみる観点に加え、ポイントを絞った部分については個々の特許を確認してみるという視点も必要になってきます。
料理が完成した後の行為は、食事ということになります。
最後に、特許情報から「食生活」というキーワードに相関のある課題を分析してみます。
図3-4.「食生活」に関する課題の分析
図3-4は、2015年以降に「食生活」というキーワードと共に出現する頻度が上がったキーワードを抜粋したものです。健康管理に関する観点が強く出ています。
一つ前の図に戻りまして、近年は調理物の成分を検査する技術が出てきています。調理物の検査精度が進めば、高齢化社会・健康志向社会を背景としたヘルシー料理のニーズに応えられるようになるかもしれません。「食生活」というキーワードで意識されている方向性にも沿っています。
このように考えると、IoTであることの強みが更に活かせそうです。健康診断などの結果データとリンクさせることができれば、より最適な調理をユーザーに提供できる仕組みができるかもしれません。
この点を検証するためには、別の観点での分析が必要になりますが・・・紙面の都合上、今回はこのあたりで終わりにしようと思います。
いかがでしたでしょうか。今回の分析は簡易的なものなので、内容を鵜呑みにしていただくわけにはいきませんが、分析の流れをたどっていただくことができたのではないでしょうか。
4.エピローグ
IoT調理家電の普及が今後も広がっていけば、スマホ等による遠隔操作だけでなく、大量な情報収集も容易になります。データの集積が進めば、AIとの連携も加速することが予想されます。AIによって、居住地・食材の産地・時期・時刻・家族構成などに応じたキメ細かいレシピ提案がされるようになるのかもしれません。
近年ではIoTに次ぐ技術として、ヒトがインターネットと繋がるIoH(Internet of Human)、能力のインターネット化であるIoA(Internet of Ability)が話題となりつつあります。人の感覚や知識の共有化が進めば、味見をしながら「もうちょっとお酢を・・・」なんていう調理姿を見る機会も減っていくのかもしれません・・・。今でも調味料は簡素化され、これ一本常備していれば多種多様な料理に応用できるように便利になっています。将来的には、調味料がカートリッジ化され、全自動で栄養面・健康面を考慮して調理してくれる調理機器も夢ではないのかもしれません。実際、今回の分析ではそのような兆候が見られました。新しい機能を実装する際には、侵害特許調査を忘れてはなりませんね。
料理も情報も鮮度が大事です。そういう意味では、特許情報は鮮度に多少の不安があるものの、技術情報が形式化された優れた情報源といえます。新たに発行された競合他社の特許情報を逐次把握することで、他社が「どのような材料を使い、どのような味付けをしているのか」を見ることができます。
さて、今日の夕飯は何にしましょうか。
食材を見て料理を決めますか? 料理を決めてから食材を選びますか? 昨日の残りモノ料理をリメイクしますか?
大袈裟かも知れませんが、これも立派な料理戦略です。
特許調査の業務を終えて帰宅すると、私の思考は料理戦略に切り替わります。
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