クリアランス調査について|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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クリアランス調査について

(パテントメディア2016年9月発行第107号掲載)
知財戦略支援部
弁理士・一級検索技術者
畔上 英樹

知財戦略支援部の畔上(あぜがみ)です。

「最も神経を使う特許調査は?」
こう質問されたならば、私は、迷いなく「クリアランス調査」と回答します。
特許調査を担当したことのある方でしたら、こう答える人は少なくないはずです。
クリアランス調査とは、第三者の特許権を侵害していないか確認するための調査のことをいいます。

特許法では、過失の推定が規定されています。
「知りませんでした。」は当然通用しませんし、 「特許調査はしたけれど、見つからなかった。」ということも無過失の主張にはなりません。
そもそも差止請求権では過失は要件となっておりませんので、クリアランス調査では「漏れ」が最大の敵になるというわけです。精度を最重視した調査をしなければなりません。
「漏れ」を防ぐことだけを考えるならば、生存中の特許を全て調査すればいいということになります。しかし、現実には「予算」や「納期」などの制限があります。このような制限の中で最大限実施可能な調査を行うための検索式を検討していくことになります。イ号と同じ構成からなる特許は当然に調査の対象にすべきですし、利用関係が成立するような特許がないか、間接侵害に注意すべき特許がないか思考を巡らせる必要があります。さらに「均等論」という問題もあります。

漏れを防ぐための検索式の立て方として、以下のような方策をとります。

  • 概念の掛け合わせを極力少なくする。
  • 概念を上位概念化して指定する。
  • 明細書全文を対象として検索する。などです。

特に、従来との差異がある点がクリアランス調査のポイントになります。余計な限定をせずに、その点についてできるだけ広くカバーすることが重要です。

この調査では、検索実行時において死滅が確定している特許は除外しても構いません。その時点で相当の限定がかかりますので、予想以上に広めの検索条件をとることができる場合があります。

さて、本稿では、製造方法に関する特許権について均等論を示した判例を紹介したうえで、クリアランス調査における注意点について検討してみたいと思います。

1.本事案について

平成28年3月25日判決言渡
平成27年(ネ)第10014号
特許権侵害行為差止請求控訴事件
(原審 東京地方裁判所平成25年(ワ)第4040号)
口頭弁論終結日 平成28年2月19日

1-1.当事者
控訴人: DKSHジャパン株式会社
(医薬品の輸入、販売等を業とする株式会社)
岩城製薬株式会社、高田製薬株式会社、
株式会社ポーラファルマ
(医薬品の販売等を業とする株式会社)
被控訴人: 中外製薬株式会社
(医薬品の研究、開発、製造、販売及び輸出入等を業とする株式会社)
1-2.事案の概要
特許第3310301号
発明の名称: 「ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法」
特許権者: コロンビア大学、中外製薬株式会社

原審では、
被控訴人が、控訴人方法は本件特許の請求項13に係る発明と均等であり、その技術的範囲に属することから、控訴人の方法により製造した控訴人製品の販売等は本件特許権を侵害するとして、差止、廃棄を求めていました。
被控訴人は、本件訴え提起後に、本件特許についての特許無効審判において請求項13の訂正をしました。
東京地裁は、控訴人方法は訂正発明と均等であることを認め、無効にされるべきものとは認められないと判断しました。

 「均等論」とは

イ号と特許請求の範囲の構成とに差異がある場合でも、所定の要件を満たすときは両者を均等なものと解する理論であり、「ボールスプライン事件」の判決においては、その要件が以下のように挙げられました。

第1要件 同部分が特許発明の本質的部分ではなく、
第2要件 同部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、
第3要件 上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、
第4要件 対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから当該出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、
第5要件 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき

 

1-3.訂正発明と控訴人方法

下の表は、訂正発明の構成ごとに控訴人方法を対応させたものです。

訂正発明(下線が訂正部分)

控訴人方法

A-1 下記構造を有する化合物の製造方法であって:

マキサカルシトールの製造方法。(充足)

A-2 (式中、nは1であり;

A-3 R1およびR2はメチルであり;

A-4 WおよびXは各々独立に水素またはメチルであり;

A-5 YはOであり;

A-6 そしてZは、式:

のステロイド環構造、または式:

のビタミンD構造であり、Zの構造の各々は、1以上の保護または未保護の置換基および/または1以上の保護基を所望により有していてもよく、Zの構造の環はいずれも1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい)

===(W:メチル、X:水素、Z:ビタミンD構造を選択する場合)===

B-1 (a)下記構造:  
(式中、W、X、YおよびZは上記定義の通りである) を有する化合物を
=(W:メチル、X:水素、Z:ビタミンD構造を選択)=

出発物質A(充足しない)

B-2 塩基の存在下で下記構造:

または

(式中、n、R1およびR2は上記定義の通りであり、そしてEは脱離基である)を有する化合物と反応させて、

塩基の存在下で
試薬Bを反応させる。
(充足)

B-3 下記構造:

を有するエポキシド化合物を製造すること;

中間体Cを製造
(充足しない)

C (b)そのエポキシド化合物を還元剤で処理して化合物を製造すること
;および

還元剤で処理して
物質Dを製造
(充足しない)

 

物質Dをシス体に転換

D (c)かくして製造された化合物を回収すること;

マキサカルシトールを得る
(充足)

E を含む方法。

 

訂正発明と控訴人方法には異なる部分が認められますが、両者は均等なものと判断されました。

均等論の5要件のうち、第1要件と第5要件について、本事案で示された判断は以下の通りです。

第1要件 特許発明の本質的部分の認定について
(下線は筆者によるものです)

特許法が保護しようとする発明の実質的価値は、従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための、従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を、具体的な構成をもって社会に開示した点にある。したがって、特許発明における本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。
そして、上記本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて、特許発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で、特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。
すなわち、特許発明の実質的価値は、その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれば、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載、特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであり、そして、
①従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には、特許請求の範囲の記載の一部について、これを上位概念化したものとして認定
②従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には、特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定

されると解される。
ただし、明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが、出願時(又は優先権主張日)の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には、明細書に記載されていない従来技術も参酌して、当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。そのような場合には、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認定される場合に比べ、より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり、均等が認められる範囲がより狭いものとなると解される。

第5要件 意識的に除外されたものとする 特段の事情について
(下線は筆者によるものです)

特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして、出願時に当業者が容易に想到することのできる特許請求の範囲外の他の構成があり、したがって、出願人も出願時に当該他の構成を容易に想到することができたとしても、そのことのみを理由として、出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における「特段の事情」に当たるものということはできない。
出願人が、出願時に、特許請求の範囲外の他の構成を、特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的、外形的にみて認められるとき、例えば、出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや、出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているときには、出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことは、第5要件における「特段の事情」に当たるものといえる。

均等による権利は、特許請求の範囲の文言上規定された範囲以外であっても、特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして当業者が容易に想到することができる技術に及び、第三者はこれを予期すべきであり、禁反言の法理に照らし均等の主張が許されないのは、上記特段の事情がある場合に限られる

特許請求の範囲の記載は、明細書によりサポートされている必要はあるが、実施例に記載された発明の範囲と一致する必要はない。実施例に示された内容よりも一般化された内容の発明が特許請求の範囲に記載されていることは、一般的に行われていることであって、このことのみをもって、出願人が、特許請求の範囲に記載されている出発物質以外のものを、当該出発物質に代替するものとして認識していたものと客観的、外形的にみて認められる根拠となるものではない。」

2.クリアランス調査を実施するうえで注意する点
2-1.調査方針の検討について

控訴人らは、出発物質にトランス体のビタミンD構造を用いることについて以下の主張をしています。

  • シス体であるビタミンD構造を出発物質とした場合、出発物質と中間体は飴状で安定性が悪く、取扱いや使用に難点がある。酸化抵抗性が低く、精製時のロスがある。
  • トランス体は結晶で安定性が高い。
  • トランス体を用いる場合は、目的物質を得るために異性化する工程が必要。

仮に、本件について特許調査のご依頼があり、面談時にこのような情報をいただいたとしますと、「トランス体のビタミンD構造」を用いることが調査観点の大前提のように考えてしまうかもしれません。もし、検索式において「トランス体」であることを限定したとしたら、そもそも本事案にかかる特許は検索実行時の段階で漏らすことになります。

従来の製造方法との差異から、「末端に脱離基を有する構成要件B-2のエポキシ炭化水素化合物と反応させること」に焦点を当てた検索も検討し調査すべきです。

調査の方針を明確にするため、従来と異なる部分を明確にすることは重要なことですし、上記しましたように、クリアランス調査の検索式では過度な限定をしないことは常用手段です。本事案からもその重要性がわかります。

2-2.抽出した特許の危険度評価について

スクリーニング工程も同様に注意が必要になります。母集合に注意すべき特許が含まれていたとしても、その特許が危険であると認識できなければ意味がありません。「構成の一部が異なっているから」と機械的な解釈により「危険なし」と判断してしまうと、対処すべき特許がご依頼者様に報告されないことになってしまいます。

認められた差異点が発明の本質的部分(従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分)といえるのかどうか、調査担当者だけの知見では極めて判断が難しい問題です。そのため、弊社では、一部の構成のみが異なっているような特許については、「中」程度の危険があるものとしてお客様にご確認をお願いしております。

3.おわりに

イノベーションの促進を図るための法改正が続いておりますが、新しい技術が誕生したときは、権利取得だけでなく他社の権利を把握することも不可欠です。あらかじめ他社特許を把握しておくことで取りうる措置の選択肢も増えます。
本事案のご紹介が、特許調査の重要性を再考していただく機会になれば幸いです。簡易的な調査だけでは目的に応じた結果を出せないことが多々あります。社内で特許調査の体制を整えていただくか、外注を活用する仕組みをご検討いただくことを推奨いたします。

以上