フィンテック特許って何?
(パテントメディア2020年9月発行第119号掲載)
弁理士 桑垣 衛
少し前から、新聞等に「フィンテック」という言葉がよく出てきます。このフィンテックは、金融(フィナンシャル)と技術(テクノロジー)とを組み合わせた造語です。「金融技術」というと何か難しいもののように聞こえますが、身近にもたくさんあります。特許の世界でも、このフィンテックが注目されています。
皆さんも、スマートフォンを用いるキャッシュレス決済を利用されているのではないでしょうか。現在、利用者が多いのは「PayPay」ですが、通信キャリア系の「d払い」、銀行系の「J-Coin Pay」等のサービスが提供されています。また、ブロックチェーンを利用した仮想通貨を使われている方もいらっしゃるかもしれません。このように、「生活」と、「お金」を用いた「決済」とは切り離せないのです。
ここで、少し金融に関連した特許を振り返ってみましょう。
かなり古い特許には、スイングサービスに関する「バンク・システム(特公平04-001381号)」があります。これは、オムロン株式会社が権利者ですが、大前研一氏が発明者です。この発明は、まず、自動振替があれば、優先順位の高い口座(例えば、普通預金口座)に入金されます。そして、この口座の預金額が上限額を超えると、超過分の金額を、より優先順位の低い口座(例えば、定期預金口座)に振替えるスイングサービスという仕組みです。預金の管理にも技術が使われており、特許の対象になることに着目した発明です。出願時期が早かったのですが、最終的に特許にはなりませんでした。
また、電子マネーの先駆けになったシティーバンク特許(特公平07-111723号)もあります。硬貨や紙幣と異なり、電子的な情報に通貨価値を持たせる仕組みです。複数の特許異議申立が行われましたが、最終的に特許されました。サービスに関連していても、技術を組み合わせて特許の対象になりうるという流れが生まれつつある頃でした。
そして、2000年には、米国で話題になった特許から、日本でも、いわゆる「ビジネスモデル特許」ブームが生まれます。この米国特許は、ステートストリートバンクという銀行が権利者でした。そして、日本でも住友銀行が、売掛金を消込むための特許3029421号「振込処理システム」を取得し、新聞等でも話題になりました。企業の本来の口座に対して仮想口座を関連付けておき、この仮想口座を用いて、振込人を特定するための仕組みです。この特許を契機に、日本の多くの銀行が特許に注目し始めました。
さて、最近のフィンテックにおける登場人物は、銀行だけではありません。少し前には、フリー株式会社が「資金の仕分け特許」で株式会社マネーフォワードを訴えました。この技術では、AIも絡んでいました。ベンチャー企業も、IT技術を用いると新しいフィンテックサービスを提供できます。また、GAFAのような大手IT企業も金融に絡んできています。このような技術系企業は、元々特許に精通していますので、活発な出願や権利化が行われています。
この意味では、情報を取り扱う企業など、フィンテック特許の世界に多様な業界から参画が多くなっています。例えば、ヤフー株式会社は、検索サイト、オークションをはじめ、多様な情報サービスに関係していますが、ヤフーショッピングやPayPay等のサービスも提供しています。
このヤフー株式会社の「決済を絡めて、こんなサービスもできる」特許事例を、少し紹介しましょう。
■特許6490263号「判定装置、判定方法及び判定プログラム」
一つ目は、ユーザの資産を予測する仕組みです。「お金持ちはこういう行動をする」という行動パターンから、他のユーザの資産を予測するシンプルな仕組みです。「ユーザのネットワーク上の行動履歴」を使ったことが特徴ですが、ビッグデータを用いることにより初めて実現できます。
【請求項1】
第1のユーザが所有する個々の資産を任意に組み合わせた情報である資産情報と、第1のユーザのネットワーク上の行動履歴とを取得する取得部と、
前記取得部によって取得された第1のユーザの資産情報とネットワーク上の行動履歴とに基づいて、第2のユーザの資産に関する情報を推定する判定部と、
を備えたことを特徴とする判定装置。
■特許6517405号「情報処理装置、情報処理方法及び情報処理プログラム」
例えば、野球場の売り子さんのビール販売等の移動販売に着目して、売り子さんの報酬の支払を管理するための仕組みです。「移動販売」が必須要素ですが、他にも応用できそうです。
【請求項1】
移動販売を目的とする移動体に関する情報を含み、前記移動販売で販売される商品の注文要求を、ユーザ端末から受け付ける受付部と、
前記受付部によって前記注文要求が受け付けられた場合に、前記商品の価格の情報と、前記移動体が提供するサービスに対する前記移動体への報酬の支払に関する処理を行うための処理情報とを前記ユーザ端末へ送信する送信部と
を備えることを特徴とする情報処理装置。
■特許6549195号「信用情報抽出装置及び信用情報抽出方法」
ローンを組むときなどに、Webサービスの利用履歴を活用してユーザの信用度を算出する仕組みです。最近では、スコアリングサービスとしてよく見かけます。
【請求項1】
ユーザ識別子毎に、Webを介して提供されるWebサービスの利用履歴情報を蓄積した記憶手段から、ユーザの利用履歴情報を抽出する抽出手段と、
前記抽出手段により抽出された利用履歴情報に基づいて、貸付可否の審査に用いられる前記ユーザの信用度を算出する算出手段と、を有し、
前記Webサービスは、Webサイトの閲覧又は検索サービスを含むことを特徴とする信用情報抽出装置。
■特許6560389号「プログラム、情報処理方法及び情報処理装置」
ゲームの課金額に応じてプレイ結果の保存の可否を判定する仕組みです。これも、どこかにありそうですね。
ユーザがゲームをプレイした後に、前記プレイにより生じた課金額を支払うか否かを受け付ける受付手順と、
プレイ後による前記課金額の支払い可能回数を制限する制限手順と、
前記ユーザが前記課金額を支払う場合には、プレイ結果を有効とし、
前記ユーザが前記課金額を支払わない場合には、プレイ結果の少なくとも一部を無効とする決定手順と
をコンピュータに実行させることを特徴とするプログラム。
■特許6271800号「プログラム、端末装置及び情報処理方法」
通常、支払金額はお店側でレジに入力されますが、この仕組みでは、ユーザが支払金額を設定します。キャッシュレス決済では、店舗に表記されたコード画像をスマホで読み取って、金額を入力することがあります。また、オフィスで利用されている置き菓子ビジネスのような「無人店舗」でも、利用者側で金額を設定します。
【請求項1】
読取部と受付部と通信部とを備える端末装置に、
前記読取部に、第1識別情報を読み取らせる処理と、
前記受付部に、ユーザからの商品の購入金額の設定操作を受け付けさせる処理と、
前記受付部に、前記商品の購入金額の決定操作を受け付けさせる処理と、
前記通信部に、前記読取部に読み取らせた前記第1識別情報と前記受付部に受け付けさせた決定操作に応じた購入金額とを含む決済要求を他装置に送信させる処理と、
を実行させるプログラム。
■特許6110549号「管理装置、管理方法及び管理プログラム」
これもシンプルな特許です。例えば、有料会議室を複数人で使ったら、利用者で割り勘する仕組みです。
【請求項1】
決済対象を注文した利用者と当該決済対象の種別とに応じて、当該決済対象を利用する1人または複数の利用者を特定する特定部と、
前記決済対象の利用に伴う費用を、当該決済対象を利用する利用者として特定された利用者に振り分ける振分部と
を有することを特徴とする管理装置。
今回紹介したのは、ヤフー株式会社の特許のほんの一部ですが、「こんなサービスもあるよ」みたいなフィンテック特許がたくさん出願されています。情報を取り扱う企業として、多様なサービスを検討されているのだと思います。「どこかにありそう」でも、特許庁の審査官が、先行技術を見つけなければ特許になるのです。
また、意匠法の改正により、画像の意匠も広く保護されるようになりました。ヤフー株式会社のフィンテック関連「意匠」もあります。例えば、「資産運用機能付き電子計算機」(意匠登録第1628045号)があります。資産運用をタイムライン形式で表示するデザインについての権利です。この権利の「意匠に係る物品の説明」には、以下のように記載されています。
本物品は、資産運用機能を備えた電子計算機である。正面図に表された画像は、資産運用の履歴を表示するものである。具体的には、資産運用の履歴が時系列で表示される。時系列を示すタイムラインバー上には、取引があった時点を示す取引日時アイコンがあり、その下には取引日時を表示する取引日時表示位置がある。更に、取引日時アイコンの右側にある吹き出しウィンドウには、取引内容のステータスを示すステータスラベルとともに取引内容が表示される。これにより、ユーザーは直感的かつつぶさに現在の資産運用の履歴を把握することができる。
権利内容 | 使用状態 |
---|---|
このように、身近にある「金融」が、フィンテックサービスを通じて、特許や意匠という知的財産に絡んでいます。
以上