容易+容易=非容易?
(パテントメディア2018年5月発行第112号掲載)
弁理士 岡田恭伸
国内3部の弁理士の岡田と申します。
普段は、明細書作成から権利化までの業務、無効審判や審決取消訴訟等といった権利化後の業務を含めて国内の特許に関する仕事を幅広く行っています。また、平成29年度は日本弁理士会の特許委員会に所属し、副委員長の1人として判例研究等を行って参りました。
本日は、簡単にではありますが、いわゆる「容易の容易」について、判例を紹介しつつ私の独自の考えを述べたいと思います。折角の機会ですので、なるべく判例紹介は簡略化して、私の考えを中心にお話させて頂きます。
さて、「容易の容易」とは、審査基準に明確に定義があるものではありませんが、例えば平成26年(行ケ)第10079号には下記のように判示されております。
「まず,甲1の一般式の中から,AlNを選択することを想到した上で,AlNを保護膜として使用した場合に,大気雰囲気中の水分と反応することにより,分解し,変質するとの課題があることに着目し,更にそれを解決するための構成としてAl2O3により構成されるパッシベーション膜を採用するというのは,引用発明から容易に想到し得たものを基準にして,更に甲2記載の技術を適用することが容易であるという,いわゆる『容易の容易』の場合に相当する。そうすると,引用発明に基づいて,相違点2及び3に係る構成に想到することは,格別な努力が必要であり,当業者にとって容易であるとはいえない」(下線は筆者が付したものです。)
私としては、「容易の容易」とは、本件発明と主引用発明との相違点についての容易想到性の判断において、主引用発明に対して、相違点に係る構成に近い構成を有する副引用発明を適用し、更に周知技術、公知技術、技術常識及び設計変更を示唆する技術的事項等(以下、「周知技術等」といいます。)を考慮して、相違点に係る構成を想到することだと考えています。
イメージ的には以下のように考えています。
本件発明 :X+A
主引用発明:X
副引用発明:a(=AではないがAに近い又はAに関連する構成)
周知技術等:α(=aをAにするための技術又は それを示唆する技術的事項)
X+A=X+{a×α(=A)}
ポイントは、副引用発明のみを適用しただけでは相違点に係る構成にはならず、副引用発明に対して更に周知技術や技術常識を適用する又は副引用発明の一部を変更するという2段階のステップを要することだと思っています。但し、各段階のステップ自体は「容易」で、各ステップ自体に進歩性はありません。
なお、注意点としては、あくまで1つの相違点の容易想到性について副引用発明と周知技術等とを段階的に組み合わせることであり、2つの相違点についての話ではありません。例えば、相違点1に対して副引用発明1を適用し、相違点2に対して周知技術1を適用することは「容易の容易」には該当しません。この場合は、副引用発明1と周知技術1とを適用する動機付けがあるか否かという別の論点が生じますが、この論点については今回割愛します。
上記判例では、「容易の容易」は「非容易(進歩性有り)」と判示されておりますが、一見似たようなケースで「容易(進歩性なし)」と判断された判例もあります。例えば、平成19年(行ケ)第10295号及び平成25年(行ケ)第10278号では、下記のように判示されております。
平成19年(行ケ)第10295号
「引用例1発明に引用例2の技術を適用するに当たり,ピストンロッドの摺動面に傷がつかない程度に円筒内面を切り取り,また制動力が生ずる程度に制動板の板厚を設定することは,当業者が適宜なし得る設計的事項というべきである。」
平成25年(行ケ)第10278号
「前記(1)ないし(3)において認定したところに照らすと,刊行物1に記載された発明において,前記(2)認定の課題を解決するために,刊行物2に記載された発明を適用し,そのための具体的手段として周知技術2を用いて,相違点2に係る本件発明の発明特定事項とすることは,本願出願当時の当業者において容易に想到することができたものと認められる。」
なお、これらの判例については特許庁が公開しております「特許・実用新案審査ハンドブック」の附属書D「特許・実用新案審査基準」審判決例集の「4.新規性・進歩性(特許法第29条第1項及び第2項)に関する審判決例」に紹介されておりますので、詳細はそちらをご覧頂ければよいかと思います。
また、審査基準における「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」にも下記のように注意書きが示されております。
「当業者の通常の創作能力の発揮である設計変更等(3.1.2(1)参照)は、副引用発明を主引用発明に適用する際にも考慮される。よって、主引用発明に副引用発明を適用する際に、設計変更等を行いつつ、その適用をしたとすれば、請求項に係る発明に到達する場合も含まれる。」(特許・実用新案審査基準 第III部 第2章 第2節 進歩性 第4頁)
このようなことを鑑みると、「容易の容易」は「容易」のようにも見えます。
実務上も、このような認定はしばしば散見されます。例えば、拒絶理由通知及び拒絶査定において、主引用発明に対して副引用発明を適用し、(・・・という一般的な課題を解決するために、)○○○という構成を●●●に変更することは当業者が適宜なし得る設計的事項である、といった認定をご覧になったことはありませんでしょうか?
また、仮に「容易の容易」を一律に「非容易」とすると、相違点に係る構成がドンピシャで記載されている文献がないと、進歩性を否定しにくくなり、潰したい側からすると厳しいものとなります。更に、当業者の立場から見れば、その程度の変更は、文献を例示するまでもなく当たり前と言いたいときもあるかもしれません。このようなことを鑑みると、「容易の容易」は「容易」と言いたい気持ちも分かります。
これに対して、自分が気になる「容易の容易」に関する最近の判例を2件ご紹介いたします。
平成28年(行ケ)第10186号
「仮に,当業者において,摩擦具9を筆記具の後部ないしキャップに装着することを想到し得たとしても,前記エのとおり引用発明1に引用発明2を組み合わせて「エラストマー又はプラスチック発泡体から選ばれ,摩擦熱により筆記時の有色のインキの筆跡を消色させる摩擦体」を筆記具と共に提供することを想到した上で,これを基準に摩擦体(摩擦具9)の提供の手段として摩擦体を筆記具自体又はキャップに装着することを想到し,相違点5に係る本件発明1の構成に至ることとなる。このように,引用発明1に基づき,2つの段階を経て相違点5に係る本件発明1の構成に至ることは,格別な努力を要するものといえ,当業者にとって容易であったということはできない。」(下線は筆者が付したものです。)
平成28年(行ケ)第10265号
「しかしながら,前記エのとおり,引用発明Aに引用例3事項を適用しても,相違点2に係る本件訂正発明8の構成に至らないところ,さらに周知技術を考慮して引用例3事項を変更することには格別の努力が必要であるし,後記(ウ)のとおり,引用例3事項を適用するに当たり,これを変更する動機付けも認められない。主引用発明に副引用発明を適用するに当たり,当該副引用発明の構成を変更することは,通常容易なものではなく,仮にそのように容易想到性を判断する際には,副引用発明の構成を変更することの動機付けについて慎重に検討すべきであるから,本件審決の上記判断は,直ちに採用できるものではない。」(下線は筆者が付したものです。)
これらの判決では、「容易の容易」という文言が明記されているわけではありませんが、基本的な論理構成(思考ステップ)は同一であると思います。そして、両者はいずれも「非容易」と判断されました。
実は、平成28年(行ケ)第10186号は、平成29年6月に弊所の判例勉強会で取り上げられた判決になります。その際、私は、「容易の容易」は「容易」になる場合もあるため、過信できないし審査官の心証を覆せない場合もあると発言したのを覚えております。正直に言えば、この当時は「容易の容易」は「容易」/「非容易」のどちらとも言えないと思っていました。
また、平成28年(行ケ)第10186号では、主引用発明と副引用発明との組み合わせが容易に想到し得ないものと判断した上で、仮に想到し得たとしても…ということで「容易の容易」の話が出てきていますので、「容易の容易」についてはそこまで重要視されていないのではないか?という甘い考えも多少ありました。
その後、平成29年10月に平成28年(行ケ)第10265号の判決が出ました。この判決では、上述したとおり、事案とは少し離れて一般論として「容易の容易」について言及されており、「主引用発明に副引用発明を適用するに当たり,当該副引用発明の構成を変更することは、通常容易なものではない」と述べられております。この判決以降、自分の中では「容易の容易」は「非容易」の流れができてきております。
ただ、気をつけたいのが、「仮にそのように容易想到性を判断する際には、副引用発明の構成を変更することの動機付けについて慎重に検討するべきである」ことも述べられている点です。「容易の容易」は全て「非容易」になるわけではなく、十分な動機付けがあれば、進歩性が否定されます。このため、「容易の容易」は「容易」と判断した判例が否定されたわけではないと思います。
大事なことは、主引用発明に副引用発明を適用した際に、微妙な違いはあるが本件発明に近い構成となると、得てして、審査官も私も、その微妙な違いを軽く見て容易に想到できると考えてしまいがちですが、その微妙な違いを想到するための動機付けについて、主引用発明と副引用発明との組み合わせと同等又はそれ以上に丁寧に検討する必要があることだと考えます。
これを読んでいる方の中には、「そんなことを言い出したら当たり前のものが特許になってしまい、事業活動に支障が出る」とお考えの方もいらっしゃるかもしれません。特に、専門家であればあるほど、「そんなの当たり前でしょ」と感じる発明が特許になると思われるかもしれません。
一方で、「容易の容易」は「通常非容易」であるという前提の下、微妙な違いを想到するための動機付けについて慎重な検討を要求することによって、特に証拠もなく「そんなの当たり前でしょ」という主観的な判断や後知恵を回避でき、より証拠に基づく客観的且つ丁寧な進歩性の判断が行われることが期待されます。
このあたりのことを鑑みると、個人的にはこの流れはよいと思っています。また、このような流れになれば、審査において、特に深く検討されることなく「単なる設計的事項である」の一言で拒絶査定となるという悲しいことが少なくなるのではないかと期待しております。
なお、念のため申し上げておきますと、最初の拒絶理由通知で「容易の容易」について審査官にここまで丁寧な検討を求めることは妥当だとは思っていません。限られた時間の中で審査を行う関係上、ここまで丁寧さを求めることは難しいと思っていますし、出願人側としてもどれを主引用発明及び副引用発明とするかは分からない以上、出願当初の明細書において微妙な違いについて詳細に言及することも難しいと思います。このため、最初の拒絶理由通知にて、相違点に係る構成が副引用発明+設計的事項であるとして拒絶されることはある程度仕方のないことだと思っています。
したがって、「容易の容易」について議論するのであれば、受け身の姿勢ではなく、意見書などでこちら側から積極的に主張していく必要があると考えます。また、無効審判の請求人などの立場であれば、「容易の容易」だから「非容易」という被請求人の主張を想定し、それを否定できる証拠を事前に集めておくことが重要であると考えます。
以上、私の考えを述べさせて頂きましたが、数少ない判決の一部だけを抜き取って自分なりに解釈して述べているに過ぎず、体系的に検討したものではないので、不理解な点や誤りなどもあるかもしれません。
特に、一言で「容易の容易」といっても、後半の「容易」の具体的内容(微妙な違い)には、例えば副引用発明の一部を変更する、副引用発明の一部を下位概念に限定するといった色々な類型があると思われます。このため、平成28年(行ケ)第10265号の判決から、全ての類型について「容易の容易」は「通常非容易」と拡大解釈するのは危険な感じも否めません。また、微妙な違いが、本件発明の重要な要素であるのか些末なものであるのかによっても、結論が変わり得る可能性はあると思っています。このため、「容易の容易」を主張したのに拒絶/無効となってしまったということもあるかと思います。この辺りのことを体系的に検討すると、何かまた新たな知見が出てくるかもしれませんが、その辺りは今後の宿題とさせて頂ければと思います。
ただ、「容易の容易」について相当数の判決が蓄積されるとともに体系的な理解が進めば、この論点が、進歩性を議論する上での基本的な考え方の1つに定着する、もっと言えば審査基準に明記されるくらいメジャーなものになるかもしれません。私としましては、この文章がきっかけとなって「容易の容易」について気に留めて頂き、皆様の中で議論が深まっていけば幸いでございます。
以上、最後まで読んで頂きありがとうございました。