判例研究 「化粧用チップ」事件平成25年8月9日判決言渡知財高裁 平成24年(行ケ)第10412号 審決取消請求事件
(パテントメディア2014年9月発行第101号掲載)
弁理士 二間瀬 覚
1.訴訟の論点
特許法第29条第2項(進歩性)の判断における、本願補正発明と引用発明との一致点と相違点との認定の誤り。
2.訴訟の結論
審決には本願補正発明と引用発明との相違点を看過した誤り(取消事由1)がある。
審決には取り消すべき違法がある。よって、審決を取消す。
3.事案の経過
平成22年1月18日 原告 |
出願(特願2010-7777) 発明の名称 「化粧用チップ」 |
---|---|
平成23年8月3日 特許庁 |
拒絶理由通知 |
10月7日 原告 |
手続補正 |
10月26日 特許庁 |
拒絶査定 |
平成24年1月31日 原告 |
不服の審判を請求(不服2012-1824号) 手続補正書提出(以下、本件補正) |
10月16日 特許庁 |
本件補正を却下、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決 |
11月28日 原告 |
審決取消訴訟提訴 |
平成25年8月9日 知財高裁 |
審決を取り消す判決 ← 本件事案 |
(以下、参考)
平成25年11月1日 特許庁 |
拒絶理由通知 |
---|---|
12月26日 原告 |
意見書提出 |
平成26年4月4日 特許庁 |
「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決 |
4.本件発明
●化粧用チップとは
「本願補正発明の「化粧用チップ」は,まぶた全体や二重の幅部分に化粧料を付着させるものであって,化粧料を付着させた化粧用チップを化粧部位に接触させて塗布したり塗り拡げて,アイシャドー等を付するための化粧用具であると共に,これを目の際に使用してアイライナー用に使用することもできるものであると認められる。」(判決)
●本件補正発明
「【請求項1】
塗布部1先端の端縁部4を直線状又は平面状にしてなる化粧用チップであって,支持具2の一端に繊維束ではない多孔性の基材5が接着又はアウトサート成形されることにより設けられた化粧用チップ。」(判決。符号、及び、下線は筆者追加。下線は補正により付加された構成。下線種は前述した「3.事案の経過」の各補正に付した下線種に対応。)
●本件発明にかかる実施形態
「【0013】本発明の化粧用チップは公知の化粧用チップと同様に支持具2とその一端に化粧料の塗布部1を有してなる。そしてその塗布部1は基材5を有し,その基材表面に化粧料を含浸又は担持するための塗布面を構成する皮膜層6を設けてなるものであっても良く,また,皮膜層6を設けることなく,該基材の表面が塗布面を構成していても良い。
本発明は特定の形状の化粧用チップとするために,特に塗布面の形状に特徴を有するのであり,その形状は支持具に取り付けられてその先端部となる端縁部4が頂点を形成するのではなく,直線又は平面を形成するものである。」(判決)
5.引用発明(刊行物1 特開平10-155542号公報)
●特許請求の範囲
「【請求項1】中空の棒状の本体(1)の両端に,薄い板状の,それぞれ厚みは同じで,幅の異なる芯(2)を取り付け,その芯(2)の先端面(6),及び本体後面側(4)の先端面(6)に沿った先端の一部を露出させるように枠(3)で被ったことを特徴とするアイライナー。」(判決)
●実施形態
「【発明の実施の形態】以下,図面に示す実地の形態について説明する。(中略)液体を含み易い,スポンジやフェルトなどの素材に,アイライナー用の液状の顔料を含ませ,本体1内部に挿入する。その顔料を含ませた部分と芯2を接続し,顔料が芯2に浸透するようにする。芯2の素材は,液状の顔料が浸透し易く,容易に変形しにくい,固めのスポンジ状の素材,フェルト状の素材などを使用する。また,本体1と枠3は,合成樹脂や金属など,顔料が浸透しにくく,固くて変形しにくい素材を使用する。」(判決。(中略)は筆者。)
6.被告(特許庁)の主張
「審決は,本願の特許請求の範囲に「化粧用チップ」の具体的用途や使用方法について何らの特定のないこと,本願補正発明の「化粧用チップ」はアイラインを引くことにも使用されること,引用発明の「アイライナーの芯2」も「塗布用の先端部材」という意味における「化粧用チップ」の概念に含まれることを踏まえた上で,「引用発明の『アイラインを描くためのアイライナーの芯2』又は『芯2』は,文言の意味,形状又は機能等からみて本願補正発明の『化粧用チップ』に相当し」と認定したのであり,その認定に誤りはない。」(判決)
7.裁判所の判断
●判決文「第5-3-(1)」
本願補正発明の「化粧用チップ」と引用発明の「アイライナーの芯2」との異同
構成(判決から) | 本願 | 引例 |
---|---|---|
化粧料を化粧部位に塗布する化粧用具の先端部という点では共通するものの, | ○ | ○ |
まぶたや二重の幅にアイシャドー等を付するために | ○ | × |
化粧料を面状に付着させたり, | ○ | × |
塗布したり塗り拡げたり, | ○ | × |
ぼかしてグラデーションを作るなどするための化粧用具の先端部であると共に, | ○ | × |
これを目の際に使用して線状のアイラインを描くためにも用いることができるものである/ 引用発明の「アイライナーの芯2」は,まぶたの生え際(目の際)に線状のアイラインを描くためにのみ使用する化粧用具の先端部 |
○ | ○ |
「してみると,審決が,引用発明の「アイラインを描くためのアイライナーの芯2」又は「芯2」が,文言の意味,形状又は機能からみて本願補正発明の「化粧用チップ」に相当すると判断し,これを本願補正発明と引用発明との相違点として認定せずに,両者は,「塗布部先端の端縁部を線状又は面状にしてなる化粧用チップ」である点で共通すると認定したことは誤りである。そして,審決は,本願補正発明と引用発明との上記相違点を看過した上で,(中略),引用発明のアイライナーの「芯2」の先端部の「略直線状又は略平面状」の形状を化粧用チップの「直線状又は平面状」の形状とすることは「当業者であれば適宜なし得た」と判断したものである。
しかし,引用発明の「アイライナーの芯2」は,化粧用チップと異なり,まぶたや二重の幅に化粧料を面状に塗布したり,これを塗り広げるなどしてアイシャドー等を施すとの機能を奏さず,線状にアイラインを描くとの機能のみを奏するものであるから,そのような「アイライナーの芯2」の塗布部先端の形状を,まぶたや二重の幅に化粧料を面状に塗布したり,これを塗り拡げるなどしてアイシャドー等を施すとの機能を奏する化粧用チップの塗布部先端の形状として転用し得るものか否かは直ちには明らかではなく,本来であるならば,審決は,このような相違点も踏まえて容易想到性についての判断をすることを要するのに,これをせずに,アイライナーの芯と化粧用チップとの上記相違点を看過して容易想到性の判断をしたものである。よって,審決の上記相違点の看過は,審決の容易想到性の判断に実質的な影響を与える誤りであるといわざるを得ず,審決は取消しを免れない。」(判決。(中略)、下線は筆者追加。)
8.実務指針
進歩性の判断手続における「一致点と相違点との認定」の妥当性について判断された案件である。
●今回の事件では、本願発明の構成と引用発明の構成との異同において、その構成の一部の用途が同じであっても、他の用途についての有無に相違があるケースの場合、本願と引例との構成が同じであることが直ちには明らかではないとの判断が示された。この判断によれば、本願発明の構成と引用発明の構成との間の相違を主張する際、技術分野、用途、作用、効果などについてもその相違を併せて主張することで、少なくとも、構成が同じであることは直ちには明らかでないことが示され、容易想到性を否定する主張が補強される。
よって出願時、発明の構成については、その機能や用途を漏らさず記載することが望ましい。(なお、限定要素となる可能性があることについての留意は必要である。)
●「一致点と相違点との認定」を、「文言の意味,形状又は機能からみて」行っている場合、その認定は妥当性を欠く可能性がある。本件審決の場合、「文言の意味,形状又は機能からみて」比較しただけで、用途の検討が不十分であったことにより、引例は「(描くための)芯」、本願は「≒筆」という構成の根本的な違いが見落とされている。
●この審決取消訴訟は、進歩性判断に関する手続の違法性を判断し、審決を取り消したにすぎない点に留意する。