【判例研究】アップル社iPodの特許侵害に関する事件(平成19年(ワ)第2525号,第6312号)|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

【判例研究】アップル社iPodの特許侵害に関する事件(平成19年(ワ)第2525号,第6312号)|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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【判例研究】アップル社iPodの特許侵害に関する事件(平成19年(ワ)第2525号,第6312号)

(パテントメディア2014年5月発行第100号掲載)
弁理士 本田 淳

原告:Apple Japan 合同会社
被告:株式会社齋藤繁建築研究所

1.はじめに

iPod(登録商標)のクリックホイールに対し、個人発明家が3億3,600万円の損害賠償命令を得たとして話題になった判決です。地裁判決ですが、仮執行宣言も付いた点で注目を集めました。仮執行宣言により、判決確定前でも強制執行できます(ただし控訴審で変更されれば返還義務あり)。もともと100億円の損害賠償が請求されましたが、「アップル」のブランド価値や販売努力が考慮され、3億3,600万円と算出されました。クリックホイール機能の割り当てや、本件特許とは無関係のセンターボタンの存在の果たす役割も損害賠償額の算定から差し引かれています。

本件特許は分割出願です。この判例研究会では、補正・訂正や将来の分割出願といった観点から判決を見てみたいと思います。最後に、日本よりも厳しい補正制限が課されている中国や欧州といった外国出願に対応できる明細書作成についても考えます。

2.クリックホイールの動作

「原告製品説明書」より 
裁判所ホームページより本件判決をダウンロードすると、「原告製品説明書」もダウンロードできます。原告(Apple Japan)の製品を特定するために、被告(齋藤繁建築研究所)が提出した書面です。なお本件は損害賠償請求権の不存在確認請求に対する反訴であるため、一般の特許権侵害訴訟でいう原告、被告とは反対のイメージであることに留意すると判決を読みやすいと思います。以下は「原告製品説明書」からの抜粋です。

  • メニュー項目を選択するには、「クリックホイール」上を指でなぞり、表示画面をスクロールさせる。目的の項目が表示されたところで指を止める。
    目的の項目が表示されていることを確認し、指を「クリックホイール」から離して、「センターボタン」を押す。
  • 音量を調節するには、曲やビデオの再生中に、「クリックホイール」上を指でなぞり、適当な音量のところで指を止める。音量は、右回りで大きく、左回りで小さくなる。
  • 「クリックホイール」の下面には「メニューボタン」(上)、「次へ/早送りボタン」(右)、「再生/一時停止ボタン」(下)、および「前へ/巻き戻しボタン」(左)に対応して可動接点が4つ設けられている。接触、非接触状態が切り替わることでボタンがオンオフされる。

一方、原告(Apple Japan)の主張によれば、クリックホイールでは、静電容量の加重平均から類推された指の移動速度と方向とを用いて計算が行われます。複数(通常14ないし16個)の静電容量式センサー電極を使用しており、ユーザーの指がクリックホイールに十分に近づくか触れることにより起動し、時間の経過による個々のセンサー電極の静電容量値変化を計算します。加重平均の時間変化に基づいて指の移動速度と移動方向とが計算されます。計算された速度及び方向を用いて、表示メニュー上でカーソルを動かすためのユーザーインターフェースコードが出力されます。

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重心の計算式。nTは時間、c(nT)は時間nTにおける重心、iは電極の指数、fi(nT)は時間nTにおける電極iの静電容量変化、Nsは電極の総数、ioはfio(nT)=0における指数を表します。

3.事件の経緯
原出願日 平成10年01月06日
(iPod 日本販売開始  平成16年 早期審査事情説明書より)
分割出願 平成17年05月20日
審査請求 平成17年05月20日
(iPod nano日本販売 平成17年09月08日 早期審査事情説明書)
早期審査に関する事情説明書 平成17年11月08日
自発補正 平成17年11月08日
拒絶理由通知書 平成18年05月16日
手続補正書 平成18年07月10日
意見書 平成18年07月10日
特許査定(特許3852854) 平成18年09月01日
訂正審判請求 平成21年03月05日
訂正成立審決 平成21年03月31日
東京地裁判決言渡 平成25年09月26日
4.訂正後の本件特許(以下、下線は筆者付す)

【請求項1】
  指先でなぞるように操作されるための所定の幅を有する連続したリング状に予め特定された軌跡上(訂正事項1)に連続してタッチ位置検出センサーが配置され、前記軌跡に沿って移動する接触点を一次元座標上の位置データとして検出するタッチ位置検知手段(訂正事項2)と、
  接点のオンまたはオフを行うプッシュスイッチ手段と
を有し、
  前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続して配置される前記軌跡に沿って、前記プッシュスイッチ手段の接点が、前記連続して配置されるタッチ位置検出センサーとは別個に配置されているとともに、
  前記接点のオンまたはオフの状態が、前記タッチ位置検出センサーが検知しうる接触圧力よりも大きな力で保持されており(訂正事項3)、かつ、
  前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続して配置される前記軌跡上における前記タッチ位置検出センサーに対する接触圧力よりも大きな接触圧力での押下により(訂正事項4)、前記プッシュスイッチ手段の接点のオンまたはオフが行われることを特徴とする接触操作型入力装置。
   【請求項2】
  請求項1記載の接触操作型入力装置であって、前記プッシュスイッチ手段が4つであることを特徴とする接触操作型入力装置。
   【請求項3】
  請求項1または請求項2記載の接触操作型入力装置を用いた小型携帯装置。

●特許査定時の請求項1は下記のとおり。
  「リング状である軌跡上(1)に連続してタッチ位置検出センサーが配置されたタッチ位置検知手段(2)と、
  接点のオンまたはオフを行うプッシュスイッチ手段と
を有し、
  前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続して配置される前記軌跡に沿って、前記プッシュスイッチ手段が配置され(3)、かつ、
  前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続して配置される前記軌跡上における押下により(4)、前記プッシュスイッチ手段の接点のオンまたはオフが行われることを特徴とする接触操作型入力装置。」

5.明細書の記載

  【0034】
「また、単純に接点のオンオフを行なっている入力キーに少ない接触圧力により更にもう1つの入力を行なわせたい場合や、単純に接点のオンオフを行なっている入力装置に、アナログ量の入力も行なわせたい場合には、例えば図20乃至図21に示すように、キートップ80に例えば小円形状の接触検出センサー81を付設し、1つの接触を検知する手段を持たせた(図20(a)参照)ものや、またはキートップ80に例えば矩形パネル状の複数の接触検出センサー81A、81B、・・・を付設し、接触を検知する手段を持たせたり(図20(b)参照)、もしくはキートップ80の全面に矩形状のタッチパネル82を付設し、接触を検知する手段を持たせたり(図20(c)、(d)参照)することができる。さらに、キートップ80の上面周縁には指先でなぞるようにして操作されるための例えばリング状の接触検知部83を付設し、キートップ80をプッシュしたときにセンサーの接点84が接合したり(図21(a)乃至(b)参照)、もしくは逆に離れるようにするものであっても良い。」

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6.原告の主張(抜粋)

●訂正事項1は新規事項の追加か
ア  「軌跡」が「所定の幅」を有することの記載がないこと。
段落【0034】には、接点のオンオフを行う入力キーであるキートップ80の上面周縁に「リング状の接触検知部83を付設」したとの記載があるから、当業者は、通常の入力キーの大きさを考えれば、本件図面中の【図21】(a)に示される接触検知部83には実質的な幅がないものと理解する。
段落【0007】の「接触検知センサーを1次元上…の所定の軌跡上に連続して帯状に配置すれば、この所定の軌跡を曲線とすれば該曲線を引き延ばして直線上の線分としたときの端点からの距離が検知できる。」との記載は、「所定の軌跡上に」接触検知センサーを「連続して帯状に配置」するというに過ぎず、軌跡については、所定の幅を有するとも連続しているともいっていない。

7.被告の主張(抜粋)

ア 「軌跡」が「所定の幅」を有することの開示があること
「指先でなぞるようにして操作」するためには、「接触検知部83」が少なくとも指先に相当する「所定の幅」を有すべきことは明らかであり、「軌跡」は、「タッチ位置検出センサー(接触検知部83)」を配置するためのコースとして予め特定されるものであるから、両者は密接不可分の関係にある。
「接触検知部83」が「所定の幅」を有する以上、当該「接触検知部83」を配置するために特定される「軌跡」が「所定の幅」を有することは自明であって、本件訂正前明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項である。
発明の詳細な説明において、「キートップ80」が指1本で操作されるような大きさであることに限定する記載はなく、仮にその程度の大きさのものを製造したとしても、実用上「接触検知部83」が「所定の幅」を備えることは当然であるから、キーの大きさに基づいて実質的な幅がないということはできない。

8.東京地裁の判断(抜粋)

●訂正事項1は新規事項の追加か
「段落【0007】に「今まで開示された公開公報の中で全てのタッチパネル、タッチパット、タブレット、タッチセンサーに用いられている接触検知センサーを1次元上または2次元上もしくは3次元上の所定の軌跡上に連続して帯状に配置すれば、この所定の軌跡を曲線とすれば該曲線を引き延ばして直線上の線分としたときの端点からの距離が検知できる。」と、
段落【0012】に「前記タッチ位置検出センサーは、幅広な帯状にして一様に分布されているか、もしくは粗密性を有する不均一分布にして配されているものとしたことにより、同じく上述した課題を解決した。」と、
段落【0032】に「前記タッチ位置検出センサーは、変移単位の同じかまたは変移単位の異なる複数の接触検知軌跡上に沿って配置されていたり、幅広な帯状にして一様に分布したり、もしくは粗密性を有する不均一分布にして配置したりして構成することができる。」と、
段落【0034】に「…キートップ80の上面周縁には指先でなぞるようにして操作されるための例えばリング状の接触検知部83を敷設し、キートップ80をプッシュしたときにセンサーの接点84が接合したり(図21(a)乃至(b)参照)、もしくは逆に離れるようにするものであっても良い。」と
の記載があり、
本件図面中の【図21】(a)には、一定の幅を有するリング状の接触検知部83が図示されていることが認められ、これによると、本件訂正前明細書及び本件図面には、所定の幅を有するリング状に予め特定された軌跡について記載されていたことが明らかである。 したがって、訂正事項1の訂正は、本件訂正前明細書及び本件図面に記載した事項の範囲内においてしたものである。」

●訂正事項2は新規事項の追加か
「段落【0007】に、前記(1)で認定した記載のほかに、「要するに指の移動距離及び移動時間が検知できることになる。しかも、使用にあっての用途はタッチパネルやスライドスイッチと異なり、また構造も軌跡上に展開されていることから既存のものとは異なっている。要するに、2次元上に展開された接触検知構造を1次元に展開し、しかも連続に軌跡上に配置するのである。」と、
段落【0020】に「…以上説明したように各種の検知手段によれば、接触点をその軌跡に1対1に対応させた1次元座標上の位置データとして出力されるものであり、特にアナログ式に十分に近い場合では指先の動きでもって方向が容易に認識できると共に、デジタル式でもポイント数が多い場合には認識可能となるものである。」と
の記載があることが認められ、これによると、本件訂正前明細書には、接触検知センサーを所定の軌跡上に連続して帯状に配置して、接触点を一次元座標上の位置データとして出力することが記載されていると認められる。
したがって、訂正事項2の訂正は、本件訂正前明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであると認められる。」

●訂正事項3は新規事項の追加か
「段落【0012】に「所定の軌跡上に連続してタッチ位置検出センサーを配したタッチ位置検知手段と、該タッチ位置検出センサーの用いられる軌跡の接線に直交する方向への物理的な移動または押下により接点のオンまたはオフを行うスイッチ手段」と
の記載があることが認められ、これによると、明細書には、押下により接点のオンオフを行うスイッチ手段(プッシュスイッチ手段)の接点が、所定の軌跡に沿って、かつ、タッチ位置検出センサーとは別個に配置されていることが記載されていると認められる。 段落【0013】及び同【0015】に「以上の接触検出センサー付きプッシュキーにより、単純なキーの押下以外に接触もしくは十分に弱い押圧によりイベント入力を行わせる。」と、
段落【0034】に「キートップ80の上面周縁には指先でなぞるようにして操作されるための例えばリング状の接触検知部83を付設し、キートップ80をプッシュしたときにセンサーの接点84が接合したり(図21(a)乃至(b)参照)、もしくは逆に離れるようにするものであっても良い。」と
の記載があることが認められ、これによると、本件訂正前明細書には、プッシュスイッチ手段の接点のオン又はオフの状態が、指先でなぞるように操作されるタッチ位置検出センサーが検知しうる接触圧力よりも大きな力で保持されていることが記載されていると認められる。
したがって、訂正事項3の訂正は、本件訂正前明細書に記載した事項の範囲内においてしたものである。」

9.実務上の指針(外国の補正制限も考慮に入れて)

日本ではこのような訂正(補正)が認められるとしても、中国や欧州ではこのような補正はまず認められません。これらの国では日本のかつての「直接的且つ一義的」な補正に限られている、というのが実務的な感覚です。したがって出願時から、より詳細な事項を特許明細書に記載しておくことが望ましいです。

中国の補正の厳しさについて、前回のパテントメディア2014年1月号の中国弁理士関英澤(カンエイタク)のレポート「中国特許出願の補正制限について」http://www.ondatechno.com/Japanese/patentmedia/2014/99_4.html)に詳しく分析されています。中国では「一次概括」が、出願の際に明細書の内容を請求項において上位概念化することであるのに対し、「二次概括」は、補正の際に出願当初に記載していなかった新たな中位概念を追加することを意味します。そして中国現行の審査基準の下では、「二次概括」は完全に禁止されているというのです。またEPOの審査ガイドラインでは、directly and unambiguouslyと規定されています。

日本では平成15年の審査基準改定によって、それまでの「直接的且つ一義的」から、「自明な事項」も含まれるように変更されました。したがって日本で補正や訂正する際には、「当初明細書等に明示的に記載された事項」だけではなく、「当初明細書等の記載から自明な事項」に補正することは、新たな技術的事項を導入するものではないとして許容されます(特許・実用新案審査基準)。「自明な事項」とは、「当初明細書等に記載がなくても、これに接した当業者であれば、出願時の技術常識に照らして、その意味であることが明らかであって、その事項がそこに記載されているのと同然であると理解する事項」です。また、分割出願が原出願の範囲内か、新規事項と同様に判断されます。

しかし外国に出願する際には、「自明な事項」で補正できると甘えることなく、出願時の特許明細書に中位概念(中国でいう「二次概括」)も記載しておくことが求められます。近年の外国出願増加の流れとして、日本出願してからPCT出願するのではなく、最初からPCT出願する形態も増えてきています。弊所では所長による「オンダ特許国際化」の号令の下、中国や欧州の厳しい補正制限にも対応できる明細書作成が行われています。

10.参考文献、ブログ

以上