ユーザインターフェース関連技術の判例紹介
(パテントメディア2013年5月発行第97号掲載)
弁理士 桑垣 衛
今回は、携帯端末のユーザインターフェースについての判例を紹介します。
この事件では、アップル社と特許庁とが、「進歩性なし」の審決(註1)をめぐって争いました。
そして、裁判所は、特許庁の判断をひっくり返しました。
スマートフォンなどの携帯端末においては、ユーザインターフェースが大きなウリになっています。
ユーザインターフェースはデザインに特徴があります。技術的にはどうでしょうか。
今回の出願では、携帯端末のディスプレイで、リング状に配置されたアイコンが回転するところが特徴です。
(註1)平成23年(行ケ)第10425号 審決取消請求事件
原告 アップル
被告 特許庁長官
この出願は、最初、フィリップスによって出願されました。何度か、権利者が変更されて、最終的にアップル社の出願となりました。
特許庁における手続の経緯は、以下の通りです。
平成10年3月20日 | フランス出願 |
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平成11年3月19日 | 平成11年特願75264号(コーニンクレッカ フィリップス) |
平成21年8月3日 | 拒絶査定 |
平成21年4月9日 | 出願人名義変更(アイピージー エレクトロニクス) |
同年12月11日 | 拒絶査定不服審判(不服2009-24610号事件) |
平成22年8月24日 | 出願人名義変更(レッド ファーン バリー エルエルシー) |
平成23年6月24日 | 出願人名義変更(アップル インコーポレイテッドー) |
平成23年8月10日 | 手続補正を却下決定、「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決 |
裁判で争われた権利範囲は、以下のようになっています。
「複数の図形のうち一部の図形のみを同時に、知覚可能なように表示することができ、前記複数の図形を入れ替えて表示しなければならないスクリーンと;
前記複数の図形を前記スクリーン上で移動させるための移動手段とを具え、
前記移動手段は、前記複数の図形を前記スクリーン上に表示すべく回転移動させる手段によって構成され、
前記複数の図形は仮想的な環内に配置され、前記移動手段は、前記仮想的な環を、前記スクリーンを含む平面内で回転させるように構成され、前記仮想的な環の回転軸は前記スクリーン外にあり、前記仮想的な環の一部は前記スクリーン内に含まれ、
これにより、前記スクリーンは、前記複数の図形のうち前記一部の図形のみを同時に、知覚可能なように表示することを特徴とする電子装置。」
この発明においては、円周(リング)上に配置されたアイコンの一部が画面に表示されます。そして、この「リング」をくるくると回転させることにより、表示されているアイコンを変えることができます。画面上には、一部のアイコンしか見えていませんが、リングの上にたくさんのアイコンを配置して、利用者に選ばせることができます。
さて、この出願においては、5つの先行文献が問題となりました。 特許庁は、「文献1と考え方が共通している」とともに、文献2~5に基づいて、「複数の図形(アイコン)を含む仮想的なリングの一部を、スクリーン内で回転させるように表示することは周知技術である」として、「進歩性なし」と判断しました。 各文献に記載された技術も、図面をご覧頂ければイメージがわかると思います。
文献1(特開平9-97154号公報)
文献2(特開平8-76225号公報)
文献3(特開平10-49290号公報)
文献4(特開平7-98640号公報)
文献5(特開平8-305872号公報)
デザインは異なるものの、どれもアイコンが回転する構成になっています。動作としては似ていますよね。
さて、ここで、どのような違いを主張することができるでしょうか。
この審決に対して、裁判所はどのように判断したかを、簡単に紹介します。
★文献1(特開平9-97154号公報)
この文献においては、「2次元的なユーザインターフェースには、表現力に限界がある」ことが前提になっています。このため、この文献に記載された技術では、「複数のメニューを3次元的に表示」することが特徴になっています。従って、裁判所は、今回の出願のように、「2次元的なユーザインターフェース」に、この文献の技術を適用することには問題があると判断しました。
★文献2(特開平8-76225号公報)
図面を見ると、アイコンをリング状に配置して、回転させるように見えます。しかし、この文献では、ダイヤル回転によってアイコンの表示が切り換わるだけで、リングが回転する仕組みではなかったのです。一見すると似ているのですが、変化の仕方が異なるのです。
★文献3(特開平10-49290号公報)
アイコンがリング状に配置されている点では共通しています。しかしながら、カーソルが移動するのであって、リング自身が回転するものではないので、考え方が違うと判断しました。
★文献4(特開平7-98640号公報)
この文献の技術も、アイコンが回転する構成になっています。ただし、平面内で回転させるものではないのです。
★文献5(特開平8-305872号公報)
回転移動するアイコンの一部が表示される点では、本発明とよく似ています。ただし、この文献の技術とは、アイコンは円周上に配置されていないところが異なります。
さて、皆さんは、先行技術との違いをどう感じられたでしょうか。 アイコンの配置が多少違ったとしても、技術的な仕組み(構成)の違いは小さいです。 この意味では、「進歩性は微妙」のように思えてしまいます。 実は、裁判所は、次のように考えて、円周上に配置することに特徴があると判断しました。
スクリーンに表示されるアイコンがスクリーンを含む平面内で回転移動する様子から,リングの大きさ(半径)の直感的な把握が可能となるとの効果を奏する。
リングの大きさを予測することができれば、ユーザの視覚的感覚に訴えることができ、使い易さに特徴が出てくる可能性があります。仕組み(構成)の違いは小さくても、効果が大きく、進歩性がないとは言い難いってことです。
「うまいこと、言ったな!」って感じです。
ユーザインターフェースは、デザイン的な特徴がポイントになります。
デザイン的な特徴を保護する制度として、意匠制度があります。
実際、アップルにおいても、ユーザインターフェースについて、色々なデザイン(意匠)についての権利化を図っています。
また、インターフェースにおいて、回転部分があるデザインについても、意匠権があります。
一般的には、「デザインの保護⇒意匠制度」と考えがちです。
一方、技術的な工夫を保護対象とする特許の場合、デザインが違っても、技術的な仕組みが共通していれば、「進歩性なし」と判断されます。
しかし、どこかにありそうなデザインを実現する仕組みであっても、ちょっとした違いから視覚的効果を主張することにより、特許を取得できる可能性があります。
仕組みについて特許を取得できれば、少々違うデザインであっても、仕組みが同じであれば特許権が及びます。
「デザインの保護⇒意匠制度」だけではなく…
「デザインの保護⇒特許制度」や「技術の保護⇒意匠制度」のように、広い視野で多角的に、知的財産制度の活用を検討することが大切と考えさせられる事例でした。
以上