【判例研究】知財高裁平成27年(行ケ)第10094号(平成28年3月30日判決)
2017年2月21日掲載
弁理士 押見幸雄
1.今回の事例
発明の名称を「ロータリー作業機のシールドカバー」とする発明について、引用発明1及び引用発明2に基づいて、当業者が容易に発明することができたものということはできないとして、特許を無効とするとした審決を取り消した事例。
2.事件の概要
審決取消請求事件
本件特許:特許第5454845号
発明の名称:ロータリ作業機のシールドカバー
原告:小橋工業株式会社
被告:松山株式会社
3.訂正後の請求項1に係る発明(本件発明1)
【請求項1】
トラクタの後部に装着され,トラクタと共に走行する作業機本体に支持される作業ロータと,その上方を覆うシールドカバー本体とその進行方向後方側に連結され,前記作業ロータの後方を覆うエプロンを有するシールドカバーを備えるロータリ作業機において,
その進行方向後方側の位置で固定され,その進行方向前方側の端部から前記後方側の位置までの区間が自由な状態であり,前記端部寄りの部分が自重で垂れ下がる,弾性を有する土除け材が,前記シールドカバー本体の前記作業ロータ側の面に2枚以上固定されるとともに,前記エプロンの前記作業ロータ側の面に1枚以上固定され,
前記土除け材は前記シールドカバー本体と前記エプロンの周方向に隣接して複数枚配置され,
前記土除け材の内,前記シールドカバー本体に固定された各土除け材の固定位置すべてが,隣接する他の土除け材と互いに重なっていることを特徴とするロータリ作業機のシールドカバー。
下線部は筆者が付したものであり、本件発明1の特徴部分を示す。
効果に関する記載
【0018】
土除け材がその周方向の一端で固定され、他端側が自由になることで、作業機本体の振動に起因して発生する振動時の振幅が最大限、発揮されるため、付着した土砂の落下を誘発する効果が高まり、土砂の付着と堆積を回避する効果が得られる。
【0021】
一方の土除け材が他方の土除け材のシールドカバー本体への固定位置において互いに重なることで、作業ロータの半径方向に見たとき、重なり部分で作業ロータ側に位置する土除け材がシールドカバー本体側に位置する土除け材の固定位置の部分を作業ロータ側から覆うことになる。この結果、少なくともシールドカバー本体側に位置する土除け材の固定位置に土砂が付着することが防止、もしくは抑制される。
4.引用発明の構成
(1)引用発明1:実願昭63-106917号(実開平2-29202号)のマイクロフィルム
「本考案によれば、ロータリカバー11の下面に、このカバー11に土が付着するのを防止する土付着防止部材20が設けられ、この土付着防止部材20は、付着した土の重量によりその土が耕耘爪10によってかき落とされる位置まで下降可能、且つ、土がかき落とされると上方に復元可能にロータリカバー11に取付けられている」(第6頁第9行目)
(2)相違点
本件発明1では、「その進行方向後方側の位置で固定され、その進行方向前方側の端部から前記後方側の位置までの区間が自由な状態であり、前記端部寄りの部分が自重で垂れ下がる、弾性を有する土除け材が」「前記エプロンの前記作業ロータ側の面に1枚以上固定され」、シールドカバー本体とエプロンに固定された土除け材はシールドカバー本体とエプロンの周方向に隣接して配置され、シールドカバー本体に固定された進行方向において最も後方側の土除け材の固定位置が、隣接するエプロンに固定された土除け材と互いに重なっているのに対し、引用発明1では、エプロン側に土除け材がなく、そのような構成を有していない点。
(3)引用発明2:特開平6-303802号公報
【0015】
・・・メインカバー12へ取り付けた低摩擦係数の部材14の後端部14aと、リヤカバー13に取り付けた弾性部材23の前端部23aは夫々メインカバー12の補強板18及びブラケット19に密着しており、リヤカバー13が上方へ回動したときであっても飛散した土が入り込むことがない。尚、図3に示した弾性部材の前端部23aを更に前方へ延設し、前記低摩擦係数の部材14と重ね合わせた状態にしてもよい。然るときは、図1に於いてロータリ11は反時計方向へ回転するため、飛散した土の侵入がより一層防止できる。
【引用発明2の模式図1】
5.裁判所の判断
(1)引用発明2について
「引用例2には、弾性部材23の前端部23aを前方に延設して低摩擦係数の部材14と重ね合わせた状態にしてもよい旨の記載はあるが(【0015】)、そのようにした場合に弾性部材23の前方側の端部寄りの部分が自重で垂れ下がる旨の記載はない。そして、弾性部材23の材質がゴム等の弾力に富んだものであるとしても(【0012】)、その前方側の端部寄りの部分が自重で垂れ下がるか否かは、少なくとも弾性部材23の固定部(座24)から自由端(前端部23a)までの長さ並びにその部分の厚さ、質量(密度)及び弾性係数に依存することが明らかである。引用例2にはこれらについて何の記載もないから、弾性部材23の材質がゴム等の弾力に富んだものであるからといって、前方に延設した前端部23aが自重で垂れ下がるものと断定することはできない。」
「確かに、引用発明2の弾性部材23は、その進行方向後方側の位置で固定されるとともに、固定部を除いて前方側が自由な状態とされた、いわゆる片持ち梁であり、しかも、現実に存在する物体である以上、剛体(力が加わっても変形しない理想物体)ではないから、自らに作用する重力(自重)で全く変形しないなどということは、物理的にはあり得ない。したがって、現実に存在する片持ち梁としての弾性部材23に生じる変形という意味での自重による垂れ下がりは、被告が主張するとおり、当然に生じる事象ではある。」
(2)本件発明1の技術的意義について
「ロータリ作業機本体の振動に伴って、各土除け材がその固定位置を固定端部として作業ロータの半径方向に自由に振動し、その振動時の振幅が最大限発揮されるため、付着した土砂の落下を誘発する効果が高まり、土除け材自身の振動によって付着した土砂を落下させ、固定位置を除く土除け材の全周にわたって土砂の付着を防止する効果を発揮するものである。そうすると、本件発明1の・・・『自重で垂れ下がる』とは、片持ち梁である『土除け部材』の進行方向前方側の端部寄りの部分が単なる物理現象として『自重で垂れ下がる』こと(すなわち、『土除け部材』が剛体ではないという当然のこと)を意味するのではなく、『土除け部材』が、ロータリ作業機本体の振動に伴って、その振動時の振幅が最大限発揮する程度の弾性を有することによる、技術的意義のある現象としての『自重で垂れ下がる』ことを意味すると解すべきである。・・・引用発明2において36は、弾性部材23の前端部23aは、ブラケット19に密着しているのであるから、その前方側の端部寄りの部分がブラケット19の表面から離れるほど振動することは想定されていない。」
(3)相違点の容易想到性について
「引用発明1に引用発明2を適用したとしても、・・・引用発明1の主カバー12に固定された各土付着防止部材20は、その固定位置全てが隣接する他の土付着防止部材20と互いに重なるようにはなるものの、引用発明1の後部カバー13に引用発明2の弾性部材23として設けられた土付着防止部材20は、その進行方向前方側の端部寄りの部分が自重で垂れ下がるものではないから、本件発明1には至らない。」
「引用発明2の弾性部材23の前端部23aが前方に延設された(前方)端部寄りの部分を自重で垂れ下がるものとすることを想到した上で,これを引用発明1に適用することによって,引用発明1の後部カバー13に引用発明2の弾性部材23として設けられた土付着防止部材20の進行方向前方側の端部寄りの部分を自重で垂れ下がるものとするというのは,引用発明1を基準にして,更に引用発明2から容易に想到し得た技術を適用することが容易か否かを問題にすることになる。このように,引用発明1に基づいて,2つの段階を経て相違点に係る本件発明1の構成に想到することは,格別な努力が必要であり,当業者にとって容易であるということはできない。」
「引用発明2で,リヤカバー13を下降させた状態において,既に前方側の端部寄りの部分が自重で垂れ下がるような弾性部材23を用いた場合,リヤカバー13を上方へ回動させると,弾性部材23の垂れ下がり位置はリヤカバー下降時よりさらに下方になるため,リヤカバーの枢着部分では,メインカバーに取り付けた低摩擦係数の部材と,リヤカバーに取り付けた弾性部材との接合部にさらに間隙が生じ,ここに土がたまりやすくなってしまい,飛散した土の侵入防止という引用発明2の上記作用効果を奏することができない。・・・そうすると,引用発明2において,弾性部材23の前方側の端部寄りの部分を自重で垂れ下がるようにすることには,そもそも阻害要因があると認められる。・・・したがって,本件審決の上記判断は,誤りというべきである。」
【引用発明2の模式図2】
6.まとめ
裁判所の判断では、引用発明1の「自重で垂れ下がる」は、土砂の付着を防止するという技術的意義を奏するものであるとされた。そして、引用発明2の弾性部材23は、技術的意義のある現象として自重で垂れ下がるものではないから、弾性部材23の構成を引用発明1に適用したとしても、本件発明1の構成には想到しないと判断された。また、引用発明2の弾性部材23は、そもそも、飛散した土の侵入を防止するものであり、自重で垂れ下がると飛散した土の侵入を防止するという作用効果を奏することができないから、自重で垂れ下がるようにすることには阻害要因があると判断された。
7.実務上の指針
審査基準では、進歩性の判断について、主引用発明に副引用発明を適用する際に、設計変更等を行いつつ、その適用をしたとすれば、請求項に係る発明に到達する場合も進歩性が否定される方向に働く要素となる、と記載されている(第III部第2章第2節 進歩性3.1.1)。
したがって、副引用発明を適用する際の設計変更が、本当に設計変更といえるのか慎重に判断する必要がある。設計変更といえるのであれば、進歩性が否定される方向に働く要素となる。しかし、今回の事例のように、設計変更を行うことに阻害要因が存在する場合は、当業者が請求項に係る発明を容易に想到できたことの論理の構築(論理付け)を妨げる要因となる。
また、請求項に係る発明が、引用発明から当業者が予測し得ない顕著な効果を奏する場合も、進歩性が肯定される方向に働く要素となる(第III部第2章第2節 進歩性3.2.1)。そのため、設計変更に関する事項がどのような効果を奏するのか、慎重に判断する必要がある。