【判例研究】平成24年(受)第1204号 特許権侵害差止請求事件 平成27年6月5日 第二小法廷判決 「プロダクトバイプロセスクレームに関する最高裁判決」
2015年8月24日掲載
弁理士 藤井稔也
1.序
原審裁判所名:知的財産高等裁判所
原審事件番号:平成22(ネ)10043
原審裁判年月日:平成24年1月27日
(原審は,知財高裁大合議判決です。)
知財高裁大合議判決が破棄されたのは初めてです。
当事者
上告人:テバ ジョジセルジャール ザートケルエン ムケド レースベニュタールシャシャーグ
被上告人:協和発酵キリン株式会社
2.内容
(1)争点
物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法の記載がある場合における特許発明の技術的範囲の確定の在り方
(2)本件特許
「次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして
e)プラバスタチンナトリウム単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。」
(3)被上告人製品
被上告人は,医薬品のプラバスタチンNa塩錠10mg「KH」(旧名称プラバスタチンNa塩錠10mg「メルク」。以下「被上告人製品」という。)の製造販売をしている。
被上告人製品は,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウムを含有しているが,その製造方法は,少なくとも本件特許請求の範囲に記載されている「a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成」することを含むものではない。
(4)原審での判断(控訴審)
・「真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」
・・・「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため,製造方法によりこれを行っている」
→「特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,同方法により製造される物と同一の物」と解釈される。
・「不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」
・・・「物の製造方法が付加して記載されている場合において,当該発明の対象となる物を,その構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するとはいえない」
→「特許請求の範囲に記載された製造方法により製造される物」に限定される。
本件特許は,「不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」に該当。
被告製品は,構成要件を充足せず,非侵害。
①物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法の記載がある場合における当該発明の技術的範囲は,
当該物をその構造又は特性により直接特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときでない限り,
特許請求の範囲に記載された製造方法により製造される物に限定して確定されるべきである。
②本件発明には上記①の事情が存在するとはいえないから,本件発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物に限定して確定されるべきである。
そして,被上告人製品の製造方法は,少なくとも本件特許請求の範囲に記載されている「a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成」することを含むものではないから,被上告人製品は,本件発明の技術的範囲に属しない。
(5)最高裁判決の内容
主文:原判決を破棄する。本件を知的財産高等裁判所に差し戻す。
理由:
①発明の要旨の認定について
特許が物の発明についてされている場合には,その特許権の効力は,当該物と構造,特性等が同一である物であれば,その製造方法にかかわらず及ぶこととなる。
したがって,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,その特許発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるものと解するのが相当である。
コメント:従来,物同一性説と製法限定説とがありましたが,最高裁判決は物同一性説の立場を取りました。 ・物同一性説・・・物として同一であれば、製法が異なってもクレームに含まれる。 ・製法限定説・・・物として同一であっても、製法が異なればクレームに含まれない。 |
②明確性要件(特許法第36条第6項第2号)について
…物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されているあらゆる場合に,その特許権の効力が当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物に及ぶものとして特許発明の技術的範囲を確定するとするならば,これにより,第三者の利益が不当に害されることが生じかねず,問題がある。すなわち,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲において,その製造方法が記載されていると,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか,又は物の発明であってもその特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定しているのかが不明であり,特許請求の範囲等の記載を読む者において,当該発明の内容を明確に理解することができず,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うことになり,適当ではない。
他方,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲においては,通常,当該物についてその構造又は特性を明記して直接特定することになるが,その具体的内容,性質等によっては,出願時において当該物の構造又は特性を解析することが技術的に不可能であったり,特許出願の性質上,迅速性等を必要とすることに鑑みて,特定する作業を行うことに著しく過大な経済的支出や時間を要するなど,出願人にこのような特定を要求することがおよそ実際的でない場合もあり得るところである。
以上によれば,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当である。
コメント:請求項にその物の製造方法が記載されている場合において,当該記載が認められる場合を「不可能・非実際的事情」ということが多くなりました。 「プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」は,「不可能・非実際的事情」にあたるときに限って,明確性要件を満たすことになります。 多くの場合,明確性要件を満たさず,拒絶理由または無効理由を有することが多くなると予想されます。 |
③原審への差し戻しの理由
以上と異なり,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,そのような特許請求の範囲の記載を一般的に許容しつつ,その特許発明の技術的範囲は,原則として,特許請求の範囲に記載された製造方法により製造された物に限定して確定されるべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本判決の示すところに従い,本件発明の技術的範囲を確定し,更に本件特許請求の範囲の記載が上記4(2)の事情が存在するものとして「発明が明確であること」という要件に適合し認められるものであるか否か等について審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
コメント:本件は,改めて知的財産高等裁判所において,明確性要件についての審理が行われることになります。 |
(6)現在の運用
特許庁は,平成27年7月6日に,プロダクト・バイ・プロセス・クレームに関する当面の審査・審判の取扱いを公表しております。(https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/product_process_C150706.htm)
詳細は,上記URLをご参照ください。
なかでも,物の発明に係る請求項の少なくとも一部に「その物の製造方法が記載されている場合」に該当するか否かを,別紙1に基づいて判断することになっております。
別紙1では以下のような明確性違反の例が挙げられています。
別紙1 類型(1-1):製造に関して、経時的な要素の記載がある場合 類型(1-2):製造に関して、技術的な特徴や条件が付された記載がある場合 類型(1-3):製造方法の発明を引用する場合 |
コメント:上記の具体例は,最高裁判決の対象となった本件特許の請求項とは異なり,少なくとも一部に「その物の製造方法が記載されている場合」も,明確性要件に違反することになっております。 このため,現在,上記類型に違反する請求項に対して,明確性違反の拒絶理由通知が多く出されているような気がしております。 出願時や補正時に,請求項を起案する際には,この点に違反しないように留意する必要があります。 |