【判例研究】平成17年(ネ)第10016号 特許侵害差止等請求控訴事件 (原審 東京地裁平成16年(ワ)第793号)
2014年12月18日掲載
弁理士 山崎理恵
1.概要、結論
プリント配線板用コネクタ(以下「被告コネクタ」という。)が一体不可分に結合された液晶テレビ、液晶モニター(以下「被告液晶テレビ等」という。)を被告が輸入販売する行為について、特許権の均等侵害となるか否か、外部から視認できない被告コネクタについて意匠権侵害となるか否かについて争われた。
前者については「均等の第1,第5要件を満たさず技術的範囲に属さない」と、後者については、「視認性がないため登録意匠の実施に当たらない」として侵害とはならないと判断された。
2.当事者
原告:日本圧着端子製造株式会社
被告:エルジー電子ジャパン株式会社
3.争点
(1)被告コネクタは、本件発明の構成要件Eを充足するか
(2)被告製品は本件発明と均等であるか
→拒絶理由応答時に限定した構成要件Eは本質的部分か
(3)被告液晶テレビ等の輸入販売等は本件意匠の侵害となるか
→物品が異なり、外部から視認できないものについても「意匠の実施」に該当するか
4.特許について
(1) 原告の有する特許権
特許番号 特許第3262726号
出願日 平成8年12月16日(特願平8-353511号)
登録日 平成13年12月21日
(2) 出願経過
① 平成8年12月16日 特許出願
② 平成13年7月31日 拒絶理由通知
③ 平成13年9月25日 手続補正、意見書提出
④ 平成13年12月4日 特許査定
⑤ 平成13年12月21日 設定登録
(3) 本件発明の構成要件
【請求項1】( )・・・本件発明、< >・・・被告コネクタ
A | ① 絶縁ハウジング(3)<1>に収容された2本のピンコンタクト(4、4)<3、3>が, ② 前記ハウジングの中心線と平行して前記ハウジングの開口部(5)<4>に突出する接触ピン部(15、15)<3a、3a>と, ③ 前記ハウジングから延出してプリント配線板にはんだ付けされるリード部とを有し, |
B | ① 前記ハウジング内に, ② 前記両接触ピン部の中間に配設され, ③ 前記両接触ピン部の先端より長く突出する隔壁(7)<5>が設けられ, |
C | ① 一方,前記両リード部は,互いに横外側方へ屈曲して延出し, ② そのはんだ付け部分(19、19)<3b’、3b’>が,前記両接触ピン部(15、15)<3a、3a>のピッチ<d2>より大きいピッチ<d1>に形成されており, |
D | 前記開口部に他の雌コネクタが挿入して嵌合される雄コネクタであって, |
E | ① 前記隔壁の両側面が, ② 前記絶縁ハウジングの中心線と平行に延びる基部平行面(8,8)と, ③ 該基部平行面に連続し,先細の楔形を形成するテーパ面(9, 9)とにより形成されていることを特徴とする |
F | 雄コネクタ。 |
特許第3262726号
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被告コネクタ
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(4)裁判所の判断
争点(1)被告コネクタは、本件発明の構成要件Eを充足するか
被告コネクタの隔壁の両側面の形状は,基部から先端に向かって先細りしている形状(すなわちテーパ面)を呈しており,平行面は存しない。構成要件E②の「絶縁ハウジングの中心線と平行に延びる基部平行面」が存在しないから,被告コネクタは,構成要件Eを充足しない。
争点(2)被告製品は本件発明と均等か
被告コネクタについては,いわゆる均等侵害が成立するための要件(第1要件及び第5要件)を欠く。したがって,被告コネクタが本件発明と均等なものとして,その技術的範囲に属するということはできない。
①本件発明の本質的部分(第1要件)
以下の諸事実に照らすと本件発明の本質的部分は構成要件Eを採用したことにある。
明細書の記載によると、本件発明は,高電圧対応型のコネクタにおいて,小型化を図りながら,コンタクト間の沿面距離及び空間距離を大きくして,高電圧に対応できるようすることを発明が解決しようとする課題とし(【0004】),この課題を解決するために特許請求の範囲請求項1記載の技術的手段を採用し,その結果,コンタクト間の沿面距離及び空間距離を大きくして高電圧に対応できるものでありながら,コネクタ全体を大幅に小型化でき,しかも,雄コネクタと雌コネクタはがたつくことなく正しい嵌合状態に保持されるという効果を得ることを目的とするものである(【0019】、【0021】)。
出願経過によると、本件特許出願の当初明細書においては,特許請求の範囲請求項1の発明は,コネクタの隔壁の両側面の形状は限定されていなかった。特許庁審査官は,原告(出願人)に対し,上記請求項1の発明は先願公報に記載された発明と同一であるとして,拒絶理由通知を発した。先願公報には本件発明の構成要件AないしD及びFからなる雄コネクタ(インシュレータ)発明が記載されていた。原告は,上記拒絶理由通知に対し,本件補正を行い,上記請求項1の発明に構成要件Eを付加して隔壁の両側面の形状を限定した。原告が本件補正と同時に提出した本件意見書においても,構成要件Eの限定を付した本件発明によれば,発明の効果として,上記のような格別の効果を奏するものである旨記載している。本件特許出願前に,隔壁の両側面の形状を先細りのテーパ面で形成することは周知技術であった。
②意識的除外(第5要件)
本件補正により,・・・隔壁の両側面のすべてがテーパ面で形成されているもの(被告コネクタ)は,本件発明から意識的に除外されたものと認めるのが相当である
<参考>均等の5要件
- 非本質的部分:置換された要件が特許発明の本質的な部分でないこと
- 作用効果の同一性:当該要件を置換しても特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであること
- 容易想到性:対象製品の製造時(侵害時)において当業者にとって当該要件の置換が容易に想到できたものであること
- 対象製品等の公知技術との非同一性:対象製品が特許発明の出願時において公知技術と同一又は当業者に容易に推考できたものでないこと
- 意識的除外等の特段の事情の不存在:対象製品が特許発明の出願手続で意識的に除外されたものであるなどの特段の事情もないこと
5.意匠について
(1) 原告の有する意匠権
登録番号 意匠登録第1018719号
出願日 平成8年11月28日(意願平8-36513号)
登録日 平成10年6月12日
意匠に係る物品 プリント配線板用コネクタ
登録意匠第1018719号
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被告コネクタ
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(2)裁判所の判断
①物品非類似
本件においては,本件意匠に係る物品は「プリント配線板用コネクタ」であるのに対し,被告製品は,液晶テレビ,液晶モニターであり,両者は物品が異なるから,被告製品の意匠が本件意匠と同一又は類似とされることはない。
②視認性
被告製品は,液晶テレビ及び液晶モニターという完成品であり,被告コネクタは,被告製品に内蔵されているプリント配線板の一部品として使用されているのであるから,被告が取り扱う過程での被告製品の流通過程をみる限り,被告コネクタは,被告製品に内蔵されたままの状態で外観に現れず,被告製品の取引者,需要者によって外部から視覚を通じて認識されることはない。そうすると,被告コネクタの意匠は,被告が関与する流通過程においては,本件意匠権の保護の対象とはならないというべきであるから,被告製品の輸入販売は,本件意匠権の侵害とはならない。
③実施(控訴審のみ)
先に説示したとおり,被告コネクタは,被告が関与する流通過程において,被告製品に内蔵されたままの状態で外観に現れず,被告製品の取引者,需要者によって外部から視覚を通じて認識されることはないのであるから,被告製品中に被告コネクタが使用されていることが,本件意匠の実施行為としての使用に該当するものと認めることはできない。
6.まとめ
本件は、特許と意匠との両方で権利保護を図ろうとした事案である。たとえ一方が非侵害と判断されても他方で侵害と判断される可能性があり、このような特許と意匠の両方を用いた「ハイブリッド知財戦略(※)」は大変有効な戦略である。しかし、本件では、残念ながらどちらも非侵害の結論となってしまった。
特許に関しては、出願経過における限定補正や意見書の主張により文言侵害および均等侵害が否定されたが、かかる補正を行わなければ権利化そのものが困難だったことに鑑みると、補正や意見書での主張はやむを得ないと思われる。
意匠に関しては、部品の登録意匠に基づき完成品に対して権利行使を行ったことから、形態の類否が判断されるまでもなく、物品非類似で非侵害とされてしまった。また、コネクタを組込んだ液晶テレビの譲渡がコネクタの意匠の「使用」に当たるという主張も、視認性のない状態では意匠の実施行為には該当しないと判断された。
なお、本件では主張しなかったが、もし被告液晶テレビ等がコネクタの本件意匠を「利用する」ものであると主張したと仮定しても、被告コネクタは流通過程において全く視認性がない態様であるため、かかる主張は認められなかったと考えられる(参考:減速機付きモーター事件 東京高裁 平成15年(ネ)1119号)。
視認できない態様で流通する部品の登録意匠については、その流通過程で権利行使をすることができないということを、出願時から念頭においておく必要がある。
※「ハイブリッド知財戦略」は特許業務法人オンダ国際特許事務所の登録商標です。
以上