実用新案登録第3161431号(発明の名称 多機能ザル)に対する無効審判(無効2011-400001)についての考察|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

実用新案登録第3161431号(発明の名称 多機能ザル)に対する無効審判(無効2011-400001)についての考察|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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実用新案登録第3161431号(発明の名称 多機能ザル)に対する無効審判(無効2011-400001)についての考察

平成24年4月17日
弁理士 二間瀬 覚

本件無効審判にて主張された無効理由として、実質同一、記載要件違反、及び実用新案の進歩性なしについて、審判における判断を検討してみる。(なお以下、『 』は引用を示す。実線の下線は、審決に記載されているとおりである。また、「斜字」及び「   」は筆者による。)

 

 
1 審判請求の概要

本件は、無効審判(無効2011-400001)にて請求不成立が確定した。本件で請求人が主張した無効理由は次の3つ。(実用新案法は「実」に、特許法は「特」に略す。)
 ・無効理由1:実3条2項違反(進歩性、特29条2項に対応)
 ・無効理由2:実5条違反(記載要件、特36条に対応)
 ・無効理由3:実7条7項(実質同一、特39条4項に対応)
  なお、実7条7項は、平成23年改正により実7条6項に変更された。

 

 
 
2 出願経過(詳細は資料1参照)

平成19(2007)年 6月20日 特許出願(1)
平成20(2008)年 6月 2日 特許出願(2)((1)の優先権主張)
平成22(2010)年 5月17日 特許出願(2)の分割出願(3)((2)への拒絶対応)
平成22(2010)年 5月19日 分割出願(3)の本件実用新案(4)への出願変更
平成22(2010)年 7月 7日 本件実用新案(4)登録

 

 
3 審判経過

平成23(2011)年 2月 8日 無効審判請求(無効2011-400001)
平成23(2011)年11月 4日 請求不成立審決
平成23(2011)年12月 5日 審決確定

 

4 本件考案

実用新案登録第3161431号(発明の名称 多機能ザル)に対する無効審判(無効2011-400001)についての考察 | 2012年【請求項1】(本件考案1)
円形状の底部3の周縁部から側面部2が延出して全体としてザル形状となり且つ複数の水きり孔6aを有すると共に、
外部からの操作により全体が歪み変形し得るシリコンからなる一体成型体であり、且つ、表面と裏面の防滑性が異なることを特徴とする多機能ザル。
【請求項2】(本件考案2)
前記表面がシボ加工され、前記裏面が鏡面加工されることで表面と裏面に異なる防滑性が与えられていることを特徴とする請求項1に記載の多機能ザル。
【請求項3】(本件考案3)
更に、前記側面部の厚さが0.7mm以上1.2mm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の多機能ザル。
【請求項4】(本件考案4)
前記側面部の上部開口部が当該側面部よりも肉厚であることを特徴とする請求項1~3のいずれか一つに記載の多機能ザル。
【請求項5】(本件考案5)
更に、前記側面部の縦方向に縦リブを設けたことを特徴とする請求項1~4のいずれか一つに記載の多機能ザル。

 

 
5 実質同一について(無効理由3)

本件考案1ないし5は、本件実用新案登録と同日に出願された特許出願(2)に基づく特許の請求項1と実質的に同一であるか。(実7条7項の規定に違反するか。)

 

5-1 結論

本件考案1と特許発明とは、同一とはいえない。(実7条7項に違反しない。)

 

5-2 審査基準

特許・実用新案審査基準 第II部 第4章 特許法第39条
『2.3.1 特許出願に係る発明と実用新案登録出願に係る考案とが同一
考案は発明と同様に自然法則を利用した技術的思想の創作であるので、特許出願に係る発明と実用新案登録出願に係る考案が同一であるか否かの判断は、発明どうしが同一であるか否かの判断と同様に行う。』
『3.4 同日に出願された二つの出願の各々の請求項に係る発明どうしが同一か否かの判断手法
(1)発明Aを先願とし、発明Bを後願としたときに、後願発明Bが先願発明Aと同一とされ、かつ発明Bを先願とし、発明Aを後願としたときに後願発明Aが先願発明Bと同一とされる場合には、両者は「同一の発明」に該当するものとして取り扱う。』

 

5-3 本件考案1

【請求項1】 円形状の底部の周縁部から側面部が延出して全体としてザル形状となり且つ複数の水きり孔を有すると共に、
外部からの操作により全体が歪み変形し得るシリコンからなる一体成型体であり、且つ、
表面と裏面の防滑性が異なることを特徴とする多機能ザル。

 

5-4 特許発明(特許出願(2))

【請求項1】 円形状の底部の周縁部から側面部が延出して全体としてザル形状となり且つ複数の水きり孔を有すると共に、
外部からの操作により全体が歪み変形し得る薄板状のシリコンからなり、ザルとして使用できる第一の状態及びひっくり返した第二の状態とし得る柔軟性を備えた一体成型体であることを特徴とする多機能ザル。

 

5-5 審決

『c)対比・判断
本件考案1と特許発明とを対比すると、両者は、「円形状の底部の周縁部から側面部が延出して全体としてザル形状となり且つ複数の水きり孔を有すると共に、外部からの操作により全体が歪み変形し得るシリコンからなる一体成型体であることを特徴とする多機能ザル」で一致し、本件考案1においては、「表面と裏面の防滑性が異なる」のに対して、特許発明においては、その点が特定されていない点で相違する。そして、多機能ザルにおいて、「表面と裏面の防滑性が異なる」ことは、周知慣用技術ともいえず、その相違点につき、実質的なものではないとはいえない。
他方、特許発明と、本件考案1とを対比した場合において、特許発明においては、「ザルとして使用できる第一の状態及びひっくり返した第二の状態とし得る柔軟性を備えた」のに対して、本件考案1においては、その点が特定されていない点で少なくとも相違する。そして、「ザルとして使用できる第一の状態及びひっくり返した第二の状態とし得る柔軟性を備えた」ことは、周知慣用技術ともいえず、その相違点につき、実質的なものではないとはいえない。』

 

5-6 特許無効審判の場合(特許出願(2)の特許に対する無効2011-800026)

特許発明(特許出願(2))に対して請求されている無効審判(資料1参照)では、特許発明(2)の請求項6と本件考案1に対し特39条4項違反が主張されているが、上記同様の判断手法で同一性が判断されている。そして、この件でも、実質同一ではないと判断されている。なお、2012年4月11日現在、この審決は未確定である。

 

5-7 実務上の指針

同一性の判断は審査基準に従っている。また、考案は発明と同じ基準で同一性が判断される。実用新案無効審判の審決と特許無効審判の審決との比較によりこのことが確認できる。

 

6 記載要件の判断について(無効理由2)

 

6-1 実施可能要件を満たさないか。(実5条4項の規定に違反するか。)

ア.「ひっくり返す」が通常と異なる意味で使用されているので意味が不明確。
イ.「硬度」の測定法の表示がないので、どの程度の硬度であるのか不明確。
ウ.「防滑性」の意味につき、明細書の記載において定義されておらず不明確。

 

6-2 考案の詳細な説明に記載したものではないか、いわゆるサポート要件違反ではないか。(実5条6項1号の規定に違反するか。)

ア.請求項1の記載における「外部からの操作により全体が歪み変形し得る」ことにつき、シリコンの肉厚が請求項1において限定されていない。例えばシリコンの肉厚が100mmのものも含むことになるので必ずしもそうはならない。

 

6-3 結論

すべての規定に違反しない。

 

6-4 ア.「ひっくり返す」が通常と異なる意味で使用されているので意味が不明確

『・段落【0010】「(省略)前記突起部が底下部に位置してザルとして使用できる第一の状態と、ひっくり返すことで前記突起部が底上部に位置してザルとして使用できる第二の状態となる柔軟性のあるものである。」(下線は当審にて付与。以下同様)』
『・段落【0030】~【0031】「(省略)突起部4が底部3の下部に位置してザルとして使用できる第一の状態と、ひっくり返すことで前記突起部が底部3の上部に位置してザルとして使用できる第二の状態となる柔軟性のあるものである。(省略)」』
『・段落【0036】「(省略)ザル本体1を図7に示すように突起部4が内側にくるようにひっくり返した第二の状態で使用することも可能である。この際、複数の突起部4が突出した状態で収納した食材に触れる。(省略)」』
『加えて、上記第一の状態の断面図が図5、上記第二の状態の断面図が図7に図示されている。』
『そして、上記の段落【0010】、【0030】~【0031】、【0036】の記載と、図5、図7の記載を総合すると、「ひっくり返す」とは、突起部が底下部に位置してザルとして使用できる第一の状態から、突起部が底上部に位置してザルとして使用できる第二の状態とする、換言すれば、ザルの内側部分を外側に反転させるという意味であり、そのための柔軟性をザルが備えているということであって、明細書及び図面の記載全体からみても他に解釈する余地がないから、本件明細書に記載の「ひっくり返す」の意味は、本件明細書において明確である。

実用新案登録第3161431号(発明の名称 多機能ザル)に対する無効審判(無効2011-400001)についての考察 | 2012年

 

6-5 イ.「硬度」の測定方法の表示がないので、どの程度の硬度であるのか不明確

『乙第1号証には、「ゴムの硬度で従来から国内では、Hs(JISスプリング式)が多く使用され、(省略)最近では、国際的な取引も多く、ISO(国際標準化機構)やデュロメータ(ショア)などに準拠したA型が使用されることが多くなりました。」と記載されており、従来、硬度の測定方法の表記がなくても、Hsの単位として理解されていたことが窺える。』『スプリング式A型(JIS K 6301 A)と、デュロメータA(ショアA)により測定された値を比較すると、測定法による数値の違いは、顕著なものではない。』
『仮に、測定方法の表示がないため、硬度が実際にどの程度のものであるのか不明であるとしても、本件明細書 の記載には、段落【0025】「・・厚さ及び硬度は外部からの加圧、好ましくは手の操作により柔軟に歪むものである。・・」とあり、測定方法はともかくとして、外部からの加圧、好ましくは手の操作により柔軟に歪む程度の硬さについては当業者であれば技術常識をもって十分想定することが可能であるから、単に硬度に関して測定方法の表示がないことをもって、当業者がその実施ができる程度に明確かつ十分に記載されていないとすることはできない。』

 

 
6-6 ウ.「防滑性」の意味につき、明細書の記載において定義されておらず不明確

『「防滑性」の意味については、請求人の主張(審判請求書第20ページ第3行~第21頁第2行)のとおり、本件明細書において、「防滑性」については特段定義されていないが、「ることを止する質」、すなわち「滑りにくさ」を意味するものと解釈できるから、「防滑性」の意味するところは、本件明細書において明確である。』
また、請求人は明細書中の記載に矛盾があると主張した。
(請求人)『「シボ加工」とは、表面に凹凸を付ける加工であるから、シボ加工を行えば、その表面の摩擦係数は高くなり、従って、摩擦力は大きくなる。すなわち、滑りにくくなる訳であるから、通常の意味における「防滑性」も大きくなるはずである。しかるに、明細書の段落0037の記載によれば、「防滑性」は「減少」するものとされている。これは、「防滑性」の一般的な解釈とは全く逆である。』
(被請求人)『シボ加工が微少な凹凸が形成された面を形成することであり、当該面同士の接触面積が減少し、摩擦力が小さくなる』
(審判の判断)『シボ加工が微少な凹凸面を形成することであれば、鏡面仕上げのものよりも摩擦が小さくなるものであって、上記の「防滑性」が「滑りにくさ」を意味するということと格別矛盾はない。』

 

6-7 ア.実用新案法5条6項1号違反(サポート要件違反)

『本願考案の請求項1の記載「外部からの操作により全体が歪み変形し得る」ことに対応する部分として、本件明細書には、
「【0010】 
本考案は、硬度約60~約80の耐熱性及び柔軟性を有するシリコンにより一体成型されたザルである。
前記側面の上部開口部には側面部よりも肉厚となる開口リブとなっている。該開口リブは開口状態に保形する役割を有しつつ、手で簡単に湾曲させることができる柔軟性のあるものである。 
本考案のザルは上記各構成要素が一体成型されたものであり、前記突起部が底下部に位置してザルとして使用できる第一の状態と、ひっくり返すことで前記突起部が底上部に位置してザルとして使用できる第二の状態となる柔軟性のあるものである。 
本考案の他機能ザルは、放置した状態ではザル形状を維持し、外部からの操作による折りたたみ、食材の水切り、泥落とし、塩もみ、絞り等ができるように歪み変形するものであることを特徴とする多機能ザル。」等の記載があるから、実用新案登録を受けようとする考案が考案の詳細な説明に記載したものではないとはいえない。
なお、上記「外部からの操作により全体が歪み変形し得る」の意味自体も、そのような性質をもったものという意味と理解すれば明確であり、特段、シリコンの肉厚まで限定しないと不明確になるとまではいえない。』

6-8 実務上の指針

(1) 6-4 ア.「ひっくり返す」の例(実施可能要件)
・審決には概要が記載されているのみなので請求人の主張の詳細は不明である。「ひっくり返す」の意味は、広辞苑第5版によれば『(1)上下、表裏、前後などの関係を逆さまにする』である。本件考案の用法が通常と異なる意味であったとも言えないと思われる。
なお、たとえ、通常と異なる意味で使用されているとしても、明細書に記載された説明によって本件考案での意味が認識可能であれば記載不備とまではいえない。記載不備といわれないためにも、単語の意味に頼るだけではなく、考案の状態を説明していることが大切であると考えられる。
・「ひっくり返す」という語は本件考案の請求項に含まれていないとともに、請求項の技術的思想にも含まれていない。しかしながら、本件では、実施可能要件が争われ、また判断されている。出願人(権利者)としては、請求項に直接関わらない明細書中の記載にも注意が必要である。一方、無効を主張する者としては、請求項に直接関わらない明細書の記載についても争うことができる可能性がある。

(2) 6-5 イ.「硬度」の測定方法の表示がない例(実施可能要件)
当業者にとって常識的な事項であることが立証できれば認められ得る。しかし、立証できないおそれや、無用な争いを避けるためには、単位や規格などを明細書に明記することが望ましい。

(3) 6-6 ウ.「防滑性」の意味の例(実施可能要件)
本件では、単語を構成する漢字から技術的意味が特定された。このように、単語が示す意味が一義的である場合、単語から技術的意味が特定できることもある。また、本件考案では段落【0037】【0038】に使用状態による防滑性の変化についての説明もあるので、そこからも技術的意味の特定ができると考えられる。
一方、上記「ひっくり返す」の例のように、通常と異なる意味で使用されている場合(と言われる場合)、このような判断がされるかどうかはわからない。説明があることが好ましい。
さらに、請求人は、段落【0037】の記載に対して矛盾を指摘している。本件考案の事例では、見方によって正反対の評価が可能である。このような場合でも明細書中に状態の説明があれば不明確にはならなくてすむと考えられる。

(4) 6-7 ア.実用新案法5条6項1号違反の例(サポート要件)
請求項1記載の「外部からの操作により全体が歪み変形し得る」は、明細書の記載、図面に基づけば技術的に明らかであるため、要件を充足しているのは当然であると考える。もしも、明細書の記載に「外部からの操作により全体が歪み変形し得る」にそのまま対応している記載があれば対応が容易になったり、不記載の指摘を防ぐことができる。
また、請求項の作用的な記載が効果を奏している例でもある。このように、一見、作用的な記載であっても、「そのような性質をもったものという意味と理解す」ることができるのであれば構成要件として捉えられることが示されている。

 

7 実用新案の進歩性について(無効理由1)

本件考案1ないし5は、甲第1号証ないし甲第6号証及び甲第8号証に記載された考案に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるか。

 

7-1 結論

当業者がきわめて容易に考案することができたとすることはできない。

7-2 審決

『(2)本件考案1について
a)上記甲第1号証ないし甲第5号証の考案は、本件考案1を特定するために必要な事項である「表面と裏面の防滑性が異なる」こと(以下「本件考案1の特徴部分」という)を備えるか不明である。さらに、甲第6号証の考案は、外側表面の少なくとも一部に、塩素化ポリエチレンを含有するアクリルウレタン樹脂の硬化塗膜からなる滑り止め塗膜を具備したことにより防滑性を有するプラスチック容器に関するものであり、外側表面と比べて、内側表面の防滑性がどの程度のものであるか不明であるから、本件考案1の特徴部分を備えるか不明である。甲第8号証の考案は、ざるであって、多孔板で形成したざる本体の底部平坦面に凹凸部を形成したものであって、凹凸部は円滑な水捌けを発揮するためものであるが、本件考案1の特徴部分を備えるものかは不明である。
b)甲第1号証の考案と甲第6号証の考案の組み合わせにつき、甲第1号証は、水切りボールであり、一方、甲第6号証は日用品を充填するプラスチック容器である。そして、水切りボールと日用品を充填するプラスチック容器は異なる目的で用いられるものであって、甲第1号証の考案に、甲第6号証の考案を適用すること自体が困難である上、甲第1号証の考案と、甲第6号証の考案は、各々、本件考案の特徴部分を備えるものではないから、仮に甲第1号証の考案に甲第6号証の考案を組み合わせたところで、本件考案1の特徴部分を備えるものとはならない。
c)甲第1号証の考案と甲第2号証の考案の組み合わせにつき、両者を組み合わせたとしても、甲第1号証の考案、甲第2号証の考案の各々が、上記本件考案の特徴部分を備えるものではないから、甲第1号証の考案に甲第2号証の考案を組み合わせたところで、上記本件考案1の特徴部分を備えるものとはならない。
d)甲第3号証の考案、及び甲第2号証の考案の組み合わせにつき、甲第3号証は、食品を焼成するための焼成容器であり、一方、甲第2号証は、合成樹脂製ざるである。そして、食品を焼成するための焼成容器と、合成樹脂製ざるは異なる目的で用いられるものであって、甲第3号証の考案に、甲第2号証の考案を適用すること自体が困難である上、甲第3号証の考案と、甲第2号証の考案は、各々、本件考案の特徴部分を備えるものではないから、仮に甲第1号証の考案に甲第6号証の考案を組み合わせたところで、本件考案1の特徴部分を備えるものとはならない。
以上のとおりであるから、本件考案1は、甲第1号証ないし甲第6号証及び、甲第8号証の考案に基づいて、あるいは、甲第1号証の考案と甲第6号証の考案、甲第1号証の考案と甲第2号証の考案、甲第3号証の考案と甲2号証の考案を組み合わせることにより当業者がきわめて容易に考案することができたとすることはできない。

7-3 特許無効審判の場合(特許出願(2)の特許に対する無効2011-800026)

この審決では、特許発明(特許出願(2))の請求項6に対する特29条2項違反が判断された。
・審決 第7.当審の判断-A.請求人が主張する無効理由について
『当審は、本件発明6についての請求人が主張する無効理由には理由がないと判断する。』
『(2)本件発明6について
上記甲第1ないし5及び7号証の発明は、本件発明6を特定するために必要な事項である「底部は、側面部より肉厚である」(以下「本件発明6の特徴部分」という)ことを備えるものではない。そして、本件発明6は、薄板状シリコンからなるザルにおいて、前記本件発明6の特徴部分を備えることにより、「底部3は図4、図5に示すように側面部よりも肉厚となっており、側面部2と同様に手による操作で歪み変形しつつ、側面部2よりも保形力が高くなっている」(本件明細書段落【0016】の記載)ことにより、「底部3が側面部2よりも保形性があるため側面の上側から湾曲する状態となり、ザル本体1内からこぼれにくくなり、効率的に操作することができる」、あるいは「底部3が側面部2よりも保形性があるため、図示するようにラグビーボールのような略楕円形状となり、内部にほうれん草を閉じ込める」(本件明細書段落【0018】の記載)という効果を奏するものである。
よって、甲第1ないし5及び7号証の発明は、各々本件発明6の特徴部分を備えるものではないから、本件発明6は、甲第1ないし5及び7号証の発明、あるいはそれらの甲号証の発明の組み合わせに基づいて当業者が容易に発明できたものとすることはできない。
以上のとおり、本件発明6は、甲第1ないし5及び7号証の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとすることはできないので、特許法第29条第2項の規定に該当しない。』

7-4 実務上の指針

実用新案の進歩性と特許の進歩性との違いについて無効審決から考察してみる。考案の定義は実2条1項に規定され、実用新案の進歩性は実3条2項に規定されている。
・実2条1項 この法律で「考案」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作をいう。
・実3条2項 実用新案登録出願前にその考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる考案に基いてきわめて容易に考案をすることができたときは、その考案については、同項の規定にかかわらず、実用新案登録を受けることができない。

・審決における実用新案の進歩性判断
本件考案1の特徴部分を備えるものかは不明である。』『仮に甲第1号証の考案に甲第6号証の考案を組み合わせたところで、本件考案1の特徴部分を備えるものとはならない。』『当業者がきわめて容易に考案することができたとすることはできない。
・審決における特許の進歩性判断
本件発明6の特徴部分を備えるものではない。』『本件発明6の特徴部分を備えることにより、(省略)という効果を奏するものである。』『甲第1ないし5及び7号証の発明は、各々本件発明6の特徴部分を備えるものではないから、本件発明6は、甲第1ないし5及び7号証の発明、あるいはそれらの甲号証の発明の組み合わせに基づいて当業者が容易に発明できたものとすることはできない。
上記2つの審決を比較すると、実用新案での判断に対し、特許での判断は、判断の過程で効果に言及する点が相違する。特許では、進歩性の判断に「効果」を絡めているため理由に厚みを感じるものの、この「効果」に対する言及が結論に与えた影響は明らかではない。例えば、特許の結論部分の論理構成は、実用新案の論理構成と同一である。このように、理由に効果が記載されている分だけ特許の進歩性は高そうに感じられるが、実際の影響(違い)の有無はわからない。少なくとも、これら審決からは、特許の進歩性と実用新案の進歩性との間の違いを明確に感じることはできない。

以上

資料1 特許第4625852号(発明の名称 他機能ザル)及び実用新案登録第3161431号(発明の名称 多機能ザル)に関する無効審判について
多機能(他機能)ザルに関する特許・実用新案出願
(1) 特願2007-187615
(2) 特願2008-169547(特許第4625852号)
(3) 特願2010-113726
(4) 実願2010-3300(実用新案登録第3161431号)

登録経過
平成19(2007)年 6月20日 (1)出願
平成20(2008)年 6月 2日 (2)出願((1)国内優先権主張→(1)取下擬制)
平成21(2009)年11月 2日 (2)審査請求
平成22(2010)年 3月16日 (2)拒絶理由通知
平成22(2010)年 5月17日 (3)出願((2)分割出願)、(2)拒絶対応
平成22(2010)年 5月19日 (4)実用新案登録出願((3)出願変更→(3)取下擬制)
平成22(2010)年 7月 5日 (2)拒絶理由通知
平成22(2010)年 7月 7日 (4)実用新案登録
平成22(2010)年11月 8日 (2)特許査定

審判経過(審判1~4の合議体は同一)
・審判1(請求人 アーネスト株式会社、継続中)
平成23(2011)年 2月 8日 (2)無効審判請求(無効2011-800026)
平成24(2012)年 1月11日 (2)審決 1~5,7,8項無効、6項有効
平成24(2012)年 2月 8日 (2)審決取消訴訟 平24行ケ10045(知財高裁3部)
・審判2(請求人 株式会社一興、継続中)
平成23(2011)年 3月18日 (2)無効審判請求(無効2011-800045)
平成24(2012)年 1月11日 (2)審決 1~5,7,8項無効、6項有効
平成24(2012)年 2月 8日 (2)審決取消訴訟 平24行ケ10046(知財高裁3部)
・審判3(請求人 アーネスト株式会社、確定)
平成23(2011)年 2月 8日 (4)無効審判請求(無効2011-400001)
平成23(2011)年11月 4日 (4)請求不成立審決
平成23(2011)年12月 5日 (4)審決確定
・審判4(請求人 株式会社一興、確定)
平成23(2011)年 3月18日 (4)無効審判請求(無効2011-400003)
平成23(2011)年11月17日 (4)請求不成立審決
平成23(2011)年12月19日 (4)審決確定
・審判5(請求人 アーネスト株式会社、継続中)
平成23(2011)年12月15日  (4)無効審判請求(無効2011-400010)

資料2 請求人及び被請求人の関係する「シリコンざる」事件(平成23年10月3日判決)

不正競争防止法2条1項3号(形態模倣)等が争われた事件であるが、原告は、前述した審判の被請求人(権利者)から専用実施権を許諾された者であり、被告は、同審判の請求人である事件である。なおこの事件では、特許権や実用新案権は権利行使されていない。

平成22年(ワ)第9684号 不正競争行為差止等請求事件(大阪地方裁判所第26民事部)

被告ら商品 商品名:「なんでもござる」(ライム色,オレンジ色)
原告商品  商品名:「くしゃっと水切りざる」(ライム色,レモン色,ピンク色,半透明)

原 告 株式会社三陽プレシジョン(実用新案権の専用実施権者)

被 告 アーネスト株式会社
被 告 株式会社一興(他3名)

主 文
1 被告アーネスト株式会社は,原告に対し,1億4823万4718円(ただし,7989万7534円の限度で被告株式会社一興と,4705万1597円の限度で被告株式会社ジェイエフ及び被告株式会社グローリ商会と,2118万9680円の限度で被告株式会社東京ガロンヌと,それぞれ連帯して)及びこれに対する平成23年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(省略)
第2 事案の概要
1 前提事実(当事者間に争いがない又は弁論の全趣旨により認定できる。)
(1) 当事者
原告は,金型鋳造(ダイカスト)業,日用雑貨品の輸出入業等を目的とする会社である。
被告アーネスト株式会社(以下「被告アーネスト」という。)は,日用品雑貨の販売等を目的とする会社である。
被告株式会社一興(以下「被告一興」という。)は,家庭用雑貨品の販売等を目的とする会社である。

(省略)
(2) 原告商品等
原告は,平成20年8月ころから,別紙原告商品目録記載の各色水切りざる(以下「原告商品」という。)を販売している。
(3) 被告らの行為
被告アーネストは,平成21年8月ころから,別紙被告ら商品目録記載の各色水切りざる(以下「被告ら商品」という。)を輸入,販売している。
その余の被告らは,被告アーネストから被告ら商品を購入して販売している。
(省略)