2013.01.01
意匠調査をもっと活用するには?~彼(てき)を知り、己(おのれ)を知れば、百戦殆(あやう)からず~
(パテントメディア2013年1月発行第96号掲載)
意匠部
1.兵法の格言と意匠調査
孫子の「兵法」の中に、このような格言があります。
*彼(てき)を知り、己(おのれ)を知れば、百戦殆(あやう)からず。
*彼を知らずして、己を知れば、一たび勝ちて、一たび負く。
*彼を知らず、己を知らざれば、戦うごとに必ず敗る。
ご存知のように、「敵の実力を見極め、己の力を客観的に判断した上で敵と戦えば、100戦したところで危機に陥ることはないが、敵の実力を見極めようとせず、己の力だけを客観的に判断して敵と戦えば、勝ったり負けたりする。ましてや敵の実力を見極めようとせず、己の力すら客観的に判断できずに敵と戦えば、戦う度に危機に陥る。」という意味の格言です。
では、我々が日頃携わっている知的財産業務の中で考えてみた場合、「彼を知り、己を知る」とはどういうことでしょうか。
意匠実務に関していえば、他社の意匠や、自社の意匠の類似範囲の広さ・狭さ、その意匠の特徴点(要部)を正確に把握する、ということが当てはまるのではないでしょうか。
そして、そのための手段の一つに、意匠調査があります。
そこで今回は、意匠の視点から、調査の有効な活用法について考えてみたいと思います。
2.他社の意匠に類似するとして拒絶理由通知を受けたら…
たとえば、X社が実施したいと考えている製品について意匠出願を行ったところ、Y社の登録意匠に類似するとして拒絶理由が通知されたとします。
そこでX社は意見書を提出し、二つの意匠を単純に比較して、あそこが違う、ここが違う・・・といくつかの差異点を主張したとします。審査の結果はどうなるでしょうか。
審査官は、もとより出願の図面を見て差異点があることを承知した上で類似すると判断しているのですから、単に差異点を意見書で列挙しただけでは拒絶理由が覆らない可能性が高いのではないかと思われます。
これはまさに、「彼を知らず、己を知らざれば・・」の典型的な事例です。
Y社の登録意匠がどのくらいの広さを持っているのか、どの程度デザインが違えば非類似(似ていない)といえるのか、この種の意匠の特徴点(要部)はどこにあるのか、その要部においてY社の意匠とX社の意匠とはどのように差別化が図られているのか把握し、それらを論理的に主張することで勝機が見えてくるのです。
あるいは、それらを把握した結果、反論が極めて困難であると判断されるようであれば、場合によっては意見書の提出自体を見合わせ、削減した中間処理費用をデザイン変更や、新たな出願費用に充当した方が、ずっと賢明かもしれません。
このような判断を適切に行うためのカギとなるのが周辺意匠の調査なのです。
3.「貼り薬」の類否判断事例
さらに具体的に、「貼り薬」の事例にもとづいて考えてみたいと思います(図1参照)。
本願意匠Aを出願していたところ、引用意匠Bに類似するとして拒絶理由が通知されたとします。本願意匠Aと引用意匠Bは類似でしょうか、非類似でしょうか。
▼図1
両意匠を比較してみると、次のような共通点と、差異点が認められます。
■共通点
- 全体が角の丸い長方形状をなしており、表面に剥離シートが貼付されている点
- 剥離シートは左右に3分割され、中央の剥離シートは中程がくびれた鼓(つづみ)のような形をしている点
■差異点
- 本願意匠Aにおいては中央の剥離シートの両側に帯状部が設けられている点
- 本願意匠Aにおいては中央の剥離シートと帯状部に濃淡差のある色彩が施されている点
両意匠は、上記のような共通点があるから類似でしょうか?
それとも差異点によって非類似と判断されるでしょうか?
類似または非類似と判断される根拠や、この種の貼り薬の特徴点(要部)はどこにあるでしょうか?考えてみてください。
実は、本件は実際に拒絶理由が通知されたケースなのです。引用意匠Bは登録意匠であり、本願意匠Aは引用意匠Bの後願の意匠でしたが、最終的に、本願意匠Aと引用意匠Bとは非類似の意匠と判断され、本願意匠Aは登録されています。
え?こんなに近い形状なのに非類似だなんて!
驚かれた方も多いのではないでしょうか。
このように、1対1の対比だけで、意匠の類否を正確に判断することは非常に困難なのです。
本件は当所の代理案件ではありませんが、当所では、引用意匠Bの周辺にどのような意匠が存在しているかを調査してみました。すると、図2に示すような登録意匠の存在が明らかになったのです。
▼図2
図2は、意匠調査でヒットした数多くの登録意匠の中から、本願意匠Aや引用意匠Bに特に近いと思われる登録意匠のみを抽出して意匠マップを作成したものです。
上下のセルは、互いに独立(非類似)の意匠として登録されていることを示しています。
左右のセルは、一番左の意匠を本意匠として、同じ列の右側の意匠がその関連意匠として登録されていることを示しています。
この意匠マップをみると、本願意匠Aと引用意匠Bの共通点である
「全体が角の丸い長方形状をなしており、表面に剥離シートが貼付されている」「剥離シートが3分割され、中央の剥離シートは中程がくびれた鼓(つづみ)のような形をしている」
という構成形態は、周辺意匠Yや、周辺意匠Xにおいても採用されていることがわかります。
それにもかかわらず、引用意匠B、周辺意匠X、周辺意匠Yが、それぞれ独立(非類似)の意匠として登録されていることから、上記のような共通点は、類否判断においてほとんど重視されていないと考えることができます。
むしろ、中央の剥離シートのくびれ方の違いや、シート表面に施された模様や色彩の違いの方が重視され、互いに非類似の意匠と判断されたと考えることができるのです。
つまり、この種の貼り薬の意匠の類似範囲は比較的狭く、意匠の特徴点(要部)は剥離シートの具体的な形状や、模様、色彩にあるということができるのです。
そして本願意匠Aと引用意匠Bは、このような意匠の要部において違いが認められるため、互いに非類似の意匠と判断されたと考えられるのです(図3参照)。
▼図3
このように、周辺にどのような意匠が存在するかを調査することによって、その意匠の特徴点(要部)がどこにあるかを把握し、類似範囲の広狭を客観的に判断することができるのです。
適切な意匠の類否判断には、意匠調査が不可欠であることが、おわかりいただけたでしょうか。
本願意匠Aに拒絶理由が通知された段階で、このような周辺意匠の調査をすれば、意見書において上記のような理論構成で、本願意匠Aと引用意匠Bとが非類似であることを主張できます。そうすれば、単に両意匠の差異点だけを述べた場合と比べて、拒絶理由が覆る確率は格段に高まるでしょう。
なお、意匠の拒絶理由通知の応答期間が40日と短いことなどを考慮すれば、できれば出願前の段階で、このような調査を行っておくのがベターといえるでしょう。
4.意匠調査の有効活用術
上記は拒絶理由が通知されたケースでしたが、他社から意匠権を侵害していると警告を受けた場合、例えば、上記の本願意匠Aのような貼り薬を販売していたところ、他社の意匠権(登録意匠B)を侵害するとして警告されたとしたら、事態はさらに深刻です。 ただ、警告を受けた場合であっても、周辺意匠調査を行うことで、侵害にあたらない旨の反論を、論理的かつ効果的に行える可能性があるのです。
さらに、製品を実施する前に、あるいは、もっと早期の製品開発の段階において、周辺意匠の調査を行えば、自らが実施しようとしている意匠が、他社の意匠権を侵害するおそれがないか否かを事前にチェックすることができます。
そうすれば、製品開発の段階で適切なデザイン変更を行い、拒絶理由や警告を回避することができるため、無用な開発投資、中間処理費用、そして警告対応費用をかけずにすむ可能性が高いのです。
このように、意匠の分野においても、
「彼(=他社の登録意匠、引用意匠、周辺意匠)を知り、己(=自社の開発意匠、出願意匠)を知れば、百戦殆からず」
という格言が当てはまるのであり、意匠調査を、いかに有効に活用するかが、戦い(拒絶対応や警告対応)を有利に運ぶための重要なカギになるといえるのです。
5.特許事務所ならではの調査サービス
以上の事例から、意匠調査の大切さ、さらには、意匠調査の結果を適切に分析し、出願や中間対応、警告対応において論理的に活用していくことの大切さを改めてご理解いただけたことと思います。
オンダ国際特許事務所では、出願や中間実務等の経験豊かな意匠スタッフが調査実務にも携わることにより、製品開発や知的財産業務、侵害対応において、調査結果をより効果的にご活用いただけるよう、適切なアドバイスを行っております。
単に調査をするだけに留まらない、特許事務所ならではの総合力を活かした調査サービスを、ぜひともご活用いただければと思います。
なお、当所ウェブサイト
http://www.ondatechno.com/Japanese/services/design/research.html
では、製品開発~権利化後までの各場面における意匠調査の活用法についてご紹介しております。
また、先にご紹介した意匠マップ(図2)のように、調査結果を見やすい形に加工した意匠マップサービスのご提供についてもご紹介しておりますので、ぜひ一度ご高覧ください。
今後の貴社の意匠業務において、調査をさらにご活用いただけることを願っております。
以上