弁理士 恩田博宣の 「意匠法初級講座」|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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弁理士 恩田博宣の 「意匠法初級講座」

(パテントメディア 2019年1月発行第114号掲載)

2019年1月
会長 弁理士 恩田博宣

この講座は、初めて意匠に携わる方や、日頃、意匠業務にあまりなじみのない方、例えば特許や商標を専門に担当されている方に向けた意匠法の初級講座です。
本講座を通じて、実務上、知っておきたい意匠の基礎知識を効率的に身につけるとともに、意匠制度の新たな活用法を知っていただければ幸いです。

■意匠権はアイディアを守る制度

日本の意匠制度について、新たな側面を紹介します。
意匠がデザインを保護する制度であることは、誰もが知るところだと思います。例えば、新たに発売しようとする乗用車が、今までにない素晴らしいデザインである場合に、これを意匠登録して独占権を獲得することは、ごく普通に行われることです。
すなわち、デザインの良さが購買動機につながるような場合に、そのデザインを意匠権で保護することは意匠法の本来の目的だといえます。

しかし、日本の意匠法における意匠の定義は、「物品(部分を含む)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起こさせるもの」となっています。
「物品」の定義は「独立して取引される動産」とされています。
また「美感」については、必ずしも装飾的な美しさを要求するものではなく、機能美なども含まれると解すのが一般的であり、実務上は、ほぼすべての物品に何らかの美感があると解釈できそうです。

そうすると、いわゆるデザインの良さとは直接的に関係のないような機能的な形状であっても、意匠登録の対象になるといえます。しかも、現在の意匠法では、物品の部分のみを保護する制度(部分意匠制度)も認められていますので、物品の形状に関する新規なアイディアは、意匠権によって保護できる可能性があるといえるのです。

■機能的な形状を意匠で保護する

当所の代理案件においても、多くの機能部品や、機能的形状を意匠登録しています。
とりわけ、部分意匠制度を利用すれば、新たに開発された物品における、ごく一部の新規なアイディア部分だけを保護することができるため、特許でいうなら特許請求の範囲に相当するところを、部分意匠として権利化するというアプローチが可能となります。

もっとも特許出願をせずに、意匠登録だけをすればよいというわけではありません。特許は文書で書かれた技術思想を保護する制度であるのに対して、意匠は図面や写真によって形状模様色彩等が保護されるのであり、保護の態様が異なるので、特許の方が優れている場合もあれば、意匠の方が優れている場合もあるといえます。

とはいえ意匠は特許に比べて審査期間が短く(平均6か月)、登録性のハードルも一般的には特許より低い傾向にあるため(登録率90%以上)、最近では、特許性が低いアイディアを意匠で保護したり、重要な技術について、特許と意匠の双方で保護するケースも増えてきました。
以下に、機能的な形状を部分意匠として権利化した事例をご紹介します。

▼意匠登録第1498127号「プーリー(部分意匠)」

本事例は、様々な機械において動力を伝達するために使用される「プーリー(滑車)」の部分意匠です。プーリーにベルトをかける際に使用される「V溝」の摩耗度合を確認するための構成(下図の「環状凹部」)について、部分意匠の意匠権を取得しました。
V溝の摩耗度合が一定以上になると、部品の交換が必要になります。従来はV溝にゲージをいれて、摩耗度合を確認していましたが、新しいアイディアとして、V溝の表面に環状凹部を形成し、凹部の深さを一瞥するだけで摩耗度合を把握できるようにしました(V溝内の摩耗が進むと環状凹部が浅くなる)。
これにより、V溝にゲージをいれる手間が省け、作業を効率化することができます。
このような形状に表れた新規なアイディアは、特許だけでなく、意匠でも権利化することができるのです。

図

▼意匠登録第1096641号「運搬用容器(部分意匠)」

本事例は、「運搬用容器(コンテナ)」のコーナーリブを対象とした部分意匠です。
コーナーリブの断面形状をL字状とすることで、コンテナ側面に設けられたラベル貼付面(下図参照)の面積を従来よりも広く確保できるようにするというアイディアを、部分意匠を利用して権利化しました。
下図において黒色の矢印で示した1本のリブのみが部分意匠の対象範囲となっています。
リブの形状は非常にシンプルですが、コンテナのコーナー部に、このようなL字状の縦リブを形成することが新規であったため、部分意匠として権利化を図ることができました。
本件も、形状に表れたアイディアが、意匠によって権利化できた好事例だといえます。

図

■意匠権の範囲は狭いのか?

ところで、意匠権は一般的にいって権利の範囲が狭いといわれています。実務上確かにそのような傾向が無いとはいえません。しかし、意匠権でも、広範な類似範囲が認められたものは多数存在します。

一つの意匠について、1件の意匠権が取得されているだけでは、その権利範囲の大小は、にわかには判断しがたいこともありますが、意匠制度には関連意匠制度が存在します。
関連意匠制度とは、本意匠(基本の意匠)に対して、類似範囲(権利範囲)にある意匠を、特許庁が関連意匠と認めて登録する制度です。
本意匠との違いが大きい意匠を、関連意匠として登録できれば、その意匠権の範囲は大きいということを客観的に主張しやすくなります。

通常、従来意匠からの距離(創作性)が大きい意匠ほど、大きな権利が認められやすい傾向にあります。下記の事例をご覧いただくと、意匠の類似範囲が想像以上に大きいものであることをお分かりいただけると思います。

▼意匠登録第1498127号、1498353号、1498354号「プーリー(部分意匠)」

前段でご紹介した「プーリー」の部分意匠には、2件の関連意匠が登録されています。
下図に示すように、関連意匠においては、摩耗度合を確認するための「環状凹部」の位置や本数、断面形状が本意匠とは異なっていますが、本意匠に類似するものと認められて、関連意匠として登録することができました。
また、部分意匠の対象範囲以外(図面中の破線部分)にもバリエーションを持たせています。ベルトをかけるための「V溝」の数が、本意匠では1本ですが、関連1では3本に、関連2では5本になっており、全体のプロポーションも大きく変わっています。
このようにして、本意匠との違いが大きい関連意匠を登録しておくことで、類似品の発生を牽制しやすくなります。

図

▼意匠登録第1441226号、1441527号、1441529号、1441530号「位置決め用ねじ(部分意匠)」等

本事例は、工作機械のワーク用テーブル等において使用される「位置決め用ねじ」の部分意匠です(図2参照)。
図1に示すように、本物品は、ワーク用テーブルに設けられた孔に螺合し、テーブル表面から本物品のボール部が突出するようにして固定されます。そして、ボール部と、ワーク(=加工対象物。図1においては図示せず)の下面に設けられた凹部が係合することによって、ワークの位置決めが行われるものです。
本事例においては、ねじに設けられたガス抜き開口部と、ガス抜き孔によって、空気の通り道が設けられているため、物品内部に常圧の空気を内包することがなく、変圧条件下の作業においても周囲の圧力に影響を及ぼさないという新規なアイディアが、意匠権で保護されています。

<図1: 本物品の使用状態を示す参考図>

図1

部分意匠の対象範囲は、下図2において実線と薄墨(グレー着色)で表した部分、すなわち、ボールと、ボール収容部と、ガス抜き開口部、そしてガス抜き孔の部分です。

<図2: 部分意匠の対象範囲>

図2

また、下図3に示すように、本事例においては本意匠と、3件の関連意匠が登録されています。
部分意匠の対象範囲(実線部分)については、スリットの数や位置、ボールの大きさや形状、ガス抜き孔の長短に違いがあります。
部分意匠の対象範囲以外(破線部分)についても、本体形状や、バネの有無などに違いがあります。
さらに、意匠に係る物品が、本意匠と関連1では「位置決め用ねじ」であるのに対し、関連2では「ボールプランジャー」、関連3では「位置決め用ボルト」となっています。
このような関連意匠が登録されることにより、形状だけでなく、物品(製品)が若干異なる場合であっても、本意匠の類似範囲に含まれることを確認することができます。

<図3: 関連意匠の登録状況>

図3

当所に意匠出願のご相談をいただいたときは、ご依頼人に対して丁寧なヒアリングを行い、「技術的に必ず必要な部分はどこか」、また、「機能を損なわずに変更可能な部分はどこか」等を確認した上で、模倣形状などを予想しながら出願方法(部分意匠や関連意匠)のご提案を行っています。
このようにして意匠制度を戦略的に活用することで、特許顔負けの広い権利範囲をカバーできることもあるのです。
機能的な形状を意匠で保護できるという点は、日頃、特許を担当されている方にも、ぜひ知っておいていただきたい知財戦略です。

以上