2010.05.01
意匠制度の潜在的可能性についての提言 ~特許権をも凌駕する広い意匠権を獲得するには~ (前編)
(パテントメディア 2010年5月発行第88号掲載)
2010年5月
会長 弁理士 恩田博宣
1. はじめに
日本の多くの企業は意匠制度を付随的なものと捉え、製品が出来上がったときに、それを念のために出願しておくといった利用の仕方が一般的である。企業知財マンも意匠に関しては、「少し形状模様等が変われば、非類似と判断されてしまう非常に狭い権利だ」という認識が多い。
しかし、そのような認識は必ずしも意匠制度の真の姿を捉えたものとはいえない。
わが国の意匠制度を有効に利用する途は、関連意匠制度、部分意匠制度、特徴記載制度を有機的に活用することで、特許権をも凌駕するような範囲を持つ意匠権を獲得する等、知財戦略の大きな柱とする点にある。
本稿では関連意匠制度や部分意匠制度などを用いた広範囲で効果的な意匠権取得について提言したい。
2. 意匠の定義から展望する戦略
意匠法第2条は、「『意匠』とは、物品(物品の部分を含む)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感をおこさせるものをいう」と定義している。
まず、意匠は物品であることが必要である。「物品」とは「単独で取引の対象となるもの」をいい、モチーフそのものは意匠登録の対象にはならない。例えば、水玉模様を創作したとしても、水玉模様そのものを意匠権にすることはできない。水玉模様をネクタイに応用したのであれば、ネクタイという物品に意匠権は認められる。
物品性についてもう一つきわめて重要な点は、物品は独立して取引の対象となりさえすれば、意匠法上の物品たりうる点である。機械の部品等に組み付けられ、機械の使用状態では通常見えない機能部品であっても、登録の対象になるのである。
ここに筆者は特許権の保護の対象である発明のうち、形状のあるものを、より大きく広く保護する手段として、意匠制度利用の可能性を見ている。ときには、発明よりアイデアレベルの低いアイデアの保護を、より強力に行うことの可能性を見るのである。
これは次の意匠成立要件である『美感』とも深く関係する。
「視覚を通じて美感を起こさせる」ことが、次の要件である。
欧米では需要者が物品を購入するに当たって、デザインの良さが購買動機につながるという意味での「装飾性」、すなわちデザインの良さが求められる。
しかし日本ではこの『美感』について、通説では何らかの美的処理がなされていればよく、『趣味感』というように解釈されている。あえていうならば、「人の感情に訴える何らかの刺激を生じさせるもの」がありさえすれば、許容されるものといえる。
事実、出願実務において、「美感がない」という拒絶理由を受けた経験は筆者にはなく、実務上、この拒絶理由はほとんどないといえる。
この事実は前記の物品性とも関連するが、欧米でいう装飾性のない機能部品の日本における保護が肯定される理由になる。
したがって、この機能部品の保護可能性を大いに利用すべきであるというのが、本稿の趣旨の一つになる。すなわち、意匠制度を特許権取得の補助的手段として、さらには、特許権を上回る有効な権利取得の手段としての利用を提案しようというものである。
3.戦略的意匠出願とは
3.1 機能部品の保護としての利用
前述したように、日本の意匠制度が物品を保護し、趣味感を保護する制度である以上、その発明に形があるならば、換言すれば、形に発明があるならば、そして、独立して取引の対象となる物品である限り、意匠保護の対象となり得るのである。
事例1(図(a)~(p))に示す登録例は、いずれもデザインの良さが購買動機を誘導するタイプの意匠ではなく機能的意匠といってよい。
事例1 機能的意匠の登録例
この中で一つの例を説明する。事例2 図(a)に示す包装用容器(登録第983600号意匠)は洋菓子モンブランの包装用容器である。一見、従来の意匠とどこが変化しているのか分からないほど従来のものと類似している。実は相違しているのは、容器本体の中央やや上部に現れた横方向の線状模様であり、それがこの意匠の要部である。この線状模様は約1ミリメートルの段差である。
事例2 包装用容器
拒絶理由にこの段差のない意匠が引用された。そのとき意見書で主張したのは次のような事項である。すなわち、この業界において段差の線を見た人は、「えっ、この線は一体何だ」とどっきりする。非常に意外性があるし、この段差によって、剛性が高くなり、容器自体型崩れしなくなるばかりでなく、お菓子を食べるときには、開こうと思えば容易に開くことができる、と主張したのである。
この主張が認められて登録になった。そうすると、この意匠の要部は段差ということになり、かなり広い範囲を有するといえるのである。事例2 図(b)に示すこの意匠権を本意匠とする類似意匠(関連意匠)の登録例により「容器本体やや上部に段差のあるものは全て当社のもの」と主張できるほどである。
本件に関しては特許権(特許第3380495号)も確定しているが、その範囲は意匠権に比べると狭いものとなってしまっている(事例2 図(c)参照)。意匠による保護がきわめて有効に働いた例といえる。
事例2 包装用容器
3.2 関連意匠の利用
関連意匠制度は本意匠にのみ類似する意匠を関連意匠として登録できる制度である。以下に示す模式図1を用いて説明する。
関連意匠(R1~R3)が登録されると、第1の効果として関連意匠(R1~R3)が本意匠(P)の類似範囲(円PC)に入っていることが確認できることになる。
第2の効果として関連意匠(R1~R3)のそれぞれの類似範囲(RC1~RC3)の内、本意匠の類似範囲(PC)からはみ出る範囲が拡大することになる。関連意匠の意匠権の効力がその範囲にまで及ぶからである。
第1の効果を最大限利用するには、次のような配慮が必要である。
すなわち、中心にある本意匠(P)の類似範囲は円(PC)で表されるが、関連意匠(R1)はその範囲のうち、できる限り円(PC)の外縁近くの内側にあるように権利取得するということである。しかも、単に1件の意匠ではなく全方位的に数多く取得するのが望ましい(模式図では3件の関連意匠を取得したケースを示している)。
もし、このように関連意匠(R1~R3)権を取得したとすると、本意匠との距離は最大となる。そうすると本意匠と関連意匠との間に侵害品(I)が発生したときには、「侵害品よりもっと似てない関連意匠(R1)が本意匠の類似範囲に入るのだから、あなたの製品(I)は当然本意匠の意匠権の範囲に入る」という主張が可能になるのである。また、関連意匠(P1)権の取得が外縁に近ければ近いほど本意匠の範囲(PC)からはみ出る関連意匠(RC1~RC3)の範囲も大きくなるのであるが、さらに全方位的に複数件の権利取得をすることによって全体的に範囲が拡大することになるのである。
そして、その関連意匠がある限り、どれだけ時間が経過しようと、それより本意匠の範囲が小さくなることはないのである。この効果は絶大なのである。極めてユニークな意匠権を取得したとしても、単に1件だけならば実務上その意匠権は時間の経過とともに、近寄って登録される意匠が徐々に増えて行き、限りなく範囲は小さくなっていく。しかし、関連意匠が取得されていると、少なくともその関連意匠と本意匠の間にまで、他人の意匠が登録されることはないのである。これが関連意匠の効果といえる。
ではどのように関連意匠を出願すればよいか。本意匠、特にユニークな意匠、が創作されたならば、その意匠からできるだけ遠くに関連意匠を出願すればよいのである。さらに、全方位的に数件以上の出願をすることである。
そのためには、デザイナーにその物品のデザインコンセプトや特徴点、機能、将来のデザインの発展の方向等を細かくインタビューする必要がある。そして、特徴点を共通にし、その他の部位をできる限り変化させた関連意匠を創作する必要がある。創作は、意匠の専門家とのインタビューの中で、デザイナー(創作者)の意見を聞きながら行う必要がある。その創作は本意匠をできる限り幅広く保護するのに必要な関連意匠を創作するという観点から行われなくてはならない。実際その意匠がデザイナーから見て素晴らしいか否かは関係がない。特徴点を共通にしていて、できる限り本意匠から遠くに全方位的に創作すればよいといえる。筆者の関連意匠に関する仕事は、もっぱら関連意匠の創作をどのようにするか1件1件検討し、アドバイスすることに費やされる。
そのような観点から成功した事例を紹介する。
事例3は、空気で緯糸を飛ばすようにした織機、エア・ジェットルームに用いられるガイドである(事例3 図(a))。織機の筬(おさ)の織り前部分に多数本並設され、このガイドの孔の中を緯糸がジェット空気流によって飛ばされるものである。
この意匠の出願にあたっては、事例3 図(b)の出願準備マップに示すように、デザイナーや設計者と共に考え得る限りのバリエーションを事前に検討した。その上で、これらを網羅するように、本意匠のほかに12件の類似(関連)意匠を登録した(事例3 図(c)の登録意匠マップ参照)。これらの意匠では、孔の形状も本意匠の横台形状から円形や三角形、菱形、五角形のように変化しているだけでなく、上部の山形の形状・膨らみ、さらには側面の湾曲形状も大きく異なっている。また、下部のすぼまった部分の形状も変化している。
これらの登録例全体を見ると、この意匠の要部は、「指先をすぼめた手のような形状をしている」という極めて抽象的な概念、コンセプトにあるとしかいいようがなく、極めて類似範囲の広い意匠だといえる。
事例3 エアジェットルーム用ガイド
なお、平成19年4月施行の法改正によって、関連意匠の出願は、本意匠が登録されてその公報が発行されるまで可能となり、より使いやすい制度になったといえる。しかし、後出しは例外措置と心得るべきだと考えている。実施されたり外国への出願を考えたりすると、後出しは非常に不利な面が多いからである。(後編に続く)