アセアン主要国における日本の地名等の商標登録実態調査について
(パテントメディア2017年9月発行第110号掲載)
弁理士 金森晃宏
2016年度に日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク事務所が行った調査事業の1つである「アセアン主要国における日本の地名等の商標登録実態調査(2016年度改訂版)」(以下、単に「商標調査」という。)に関し、セブンシーズIPコンサルティング上海、セブンシーズIPコンサルティング台湾及びオンダ国際特許事務所で協力させていただきました。今回は、この商標調査についてご紹介いたします。
1.はじめに
アセアン各国に対する日本企業の進出が活発になっており、現地においても特許権や商標権などの知的財産権を取得・活用する必要性が高まっています。しかし、アセアン各国では、日本のようにはまだ知的財産制度が十分に整備されていなかったり、情報の開示が不十分であったりと、知的財産権の取得や活用に当たっての情報が不足していることがあり、企業活動を円滑に行うことができない場合があります。
こうした状況を踏まえ、ジェトロバンコク事務所の知的財産部では、アセアン地域における知的財産に関する様々な事項について、日本企業からのニーズの高いものを日本国特許庁からの委託事業として毎年調査しています。2016年度は、標記の商標調査以外に、例えばインターネット上の模倣品対策などに関する調査を行っており、その調査報告書がジェトロのウェブサイト(http://www.jetro.go.jp/world/asia/asean/ip.html)に掲載されています。
2.商標調査について
(1)調査の目的
日系企業のニーズが高い事項の1つとして、いわゆる冒認商標の問題があります。例えば中国において日本の地名や地域ブランドなどが第三者によって登録されてしまった事例があることはよく知られていますが、アセアン地域ではどうなっているのか不明な点が多いかと思います。この商標調査は、その実態を調査するためのもので2014年度にも同様の調査を行っており、アセアン主要国においても、例えば通常の書体で「OSAKA」や漢字の「奈良」を含む商標などが登録されていることが明らかになっています。
近年、アセアン各国では知的財産に関する状況がめまぐるしく変化しており、各種法改正なども行われています。また、日本企業からは、日本の地名等だけでなく、第三者によって日本企業の周知・著名商標がアセアン各国においてどの程度出願・登録されているのかという実態を知りたいというニーズもあります。
こうした点を踏まえ、今回の商標調査では調査事項を拡大するとともに前回行った調査の内容をアップデートすることを目的として、下記の事項についての調査を行いました。
Ⅰ 日本の地名等の商標登録の有無
Ⅱ 第三者による日本国周知・著名商標名の商標登録の有無
Ⅲ 前回調査以降の第三者による地名等の商標登録に関する判例及び報道
Ⅳ 第三者によって登録された登録商標への対抗策
(2)調査結果の概要
調査結果の詳細については、ジェトロのウェブサイトに掲載されている調査報告書をご覧いただければと思いますが、ここでは調査事項ⅠとⅡの概要についてのみ紹介します。
(ⅰ)調査事項Ⅰについて
調査対象となる地名は、東京や大阪などの都道府県名、札幌や名古屋などの政令指定都市名、本州や銀座などのジェトロバンコクが指定した地名のほか、神戸ビーフなどの地域団体商標名及び夕張メロンなどの地理的表示です。
調査結果として、下図1のグラフに示すように、日本の地名等を商標名とする商標がアセアン主要国で登録されていることが確認されました。この図からは、インドネシアの登録商標件数が他のアセアン主要国に比べ、飛び抜けて多くなっていることがわかります。インドネシアでは、以前から冒認商標の問題が深刻であると言われており、日本企業とインドネシア企業との間で商標権を巡る訴訟が比較的多く行われているという実情に即していると言えます。
また、次ページの図2のグラフに示すように、2014年以降に出願された日本の地名等を商標名とする商標出願の件数についても、インドネシアの件数が非常に多くなっており、次いでタイやベトナムの出願件数が多くなっています。図1と図2のグラフを比較すると、出願件数に応じて登録商標件数が多くなる傾向が見られますが、ベトナムだけは出願件数に対して登録商標の件数が少ないため、日本の地名等を商標名とする出願は登録されにくいと言えそうです。
国名
|
インドネシア
|
マレーシア
|
フィリピン
|
シンガポール
|
タイ
|
ベトナム
|
英語のみ
|
271
|
37
|
56
|
31
|
55
|
24
|
日本語のみ
|
1
|
0
|
0
|
9
|
3
|
0
|
現地語のみ
|
0
|
0
|
0
|
0
|
8
|
0
|
英語及び日本語
|
6
|
4
|
2
|
4
|
3
|
0
|
英語及び現地語
|
0
|
0
|
0
|
0
|
0
|
0
|
その他
|
0
|
0
|
0
|
1
|
3
|
0
|
国名
|
外国企業
|
日本の
公的機関 |
インドネシア
|
81
|
1
|
マレーシア
|
7
|
2
|
フィリピン
|
14
|
6
|
シンガポール
|
5
|
5
|
タイ
|
28
|
2
|
ベトナム
|
28
|
7
|
このように国ごとに特有の傾向はありますが、アセアン主要国のいずれの国においても、日本の地名等を商標名とする登録商標が少なからず存在しており、現在でも継続して新たな出願がなされていることが確認されました。
(ⅱ)調査事項Ⅱについて
調査対象となる日本国著名商標は、日本国特許庁が提供しているJ-platpatの中の「日本国周知・著名商標検索」に収録されている商標のうち、①権利者が日本企業である、②防護標章登録されている、③アルファベット表記の文字商標である、の3つの条件を満たし、かつ単一の英単語ではない商標全133件を対象としています。民間企業が保有している商標の海外での出願・登録状況について、具体的な商標名を挙げて公表することはできないため、抽象的な説明となってしまいますが、例えば「コカコーラ」のように誰もが知っている有名な商標を想定していただければと思います。なお、コカコーラは、権利者が日本企業でないため、今回の調査対象とはなっていません。
次ページの図3は、調査対象とした133件のうち、日本国著名商標と同一商標名で第三者により出願されたことのある商標の件数をアセアン主要国ごとにグラフ化したものになります。つまり、例えばインドネシアでは、調査対象とした133件の日本国著名商標のうち、60件以上の日本国著名商標と同じ商標名の出願がされていたことになります。
ASEAN TM Viewの収録件数
(2017年1月5日時点) |
|
インドネシア
|
818,580件
|
マレーシア
|
746,741件
|
フィリピン
|
376,932件
|
シンガポール
|
632,658件
|
タイ
|
476,819件
|
ベトナム
|
347,814件
|
この図からは、インドネシア及びマレーシアにおいて日本国著名商標と同一の商標名の出願がされた件数が多くなっていることがわかります。ただ、この図で示す件数の中には、出願されても、審査において拒絶された等の理由により登録とならなかった商標の件数も含まれており、マレーシアでは多くの商標出願が拒絶されていました。なお、調査報告書には、商標の法的状況(ステータス)ごとに分けた件数等の結果も掲載していますので、ご覧いただければと思います。
また、タイとベトナムにおいて日本国著名商標と同一の商標名の出願がされた件数が少なくなっています。これは、上の図4に示すように、調査時点では調査事項Ⅱで使用したASEAN TM View1でのタイとベトナムの収録件数がインドネシアなどに比べ少なく、十分なデータが蓄積されていないことが原因にあると考えられます。
このようにアセアン主要国のいずれの国においても、日本国著名商標と同一の商標名の商標出願が日本の権利者以外の第三者によってなされていることが確認されました。
3.アセアン知財動向報告会について
2017年5月24日にジェトロ本部(東京)で、ジェトロバンコク事務所及びジェトロシンガポール事務所の知的財産部が2016年度に行った各種調査の結果を報告するアセアン知財動向報告会が開催されました。この報告会はセミナー形式で行われ、各調査に協力した事務所等の担当者が講師を務めました。当日は私も講師として出席させて頂きましたが、200名以上の参加者があり、アセアン各国に対する関心の高さがうかがえました。
4.最後に
冒認商標の問題において、商標出願を行った第三者に本当に悪意があるのかどうか、例えば日本の商標権者に先駆けて自国で商標権を取得し、高額で売却しようとしているかなどの判断は難しいです。例えば上記調査事項Ⅱでは、例えば「ABC」のように出願人/権利者の名称の頭文字が日本国著名商標の名称と同一となるケースも確認されましたので、たまたま日本国著名商標と同一の商標名の出願がなされたケースもあると考えられます。しかし、日本企業の名称そのものを示すアルファベット表記からなる商標も確認されました。そのため、アセアン各国においても、日本企業の企業名や商品名等が第三者によって登録される可能性については十分に留意し、積極的に商標権を取得して頂ければ幸いです。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
1 ECAPⅢが提供する商標データベース(http://www.asean-tmview.org/tmview/welcome)
以上