米国におけるミーンズ・プラス・ファンクション・クレームの現状
(パテントメディア2012年9月発行第95号掲載)
米国特許弁護士 ジェームズ・バーロー
特許クレームにおいて、ミーンズ・プラス・ファンクション(MPF)形式で構成要件を表すことは非常に稀になってきています。最近では、MPFによる限定を含むクレームをひとつ以上持って新たに付与された特許は約15%です。しかし、全ての独立クレームにMPFによる限定を含んだ特許は約3%です。これは、米国特許の明細書でMPFクレームが使用される場合、非MPFクレームも同時に使用される頻度が高いことを示しています。米国におけるMPFクレームの使用頻度が減少した理由は明らかです。つまり、米国ではMPFクレームは構造クレームより狭く解釈されるだけではなく、明細書作成においてミスを招きやすく、特許無効理由の元になるからです。
長年、米国特許弁護士はMPFによる限定を含むクレームを比較的広く解釈してきました。これは、MPFによる限定を使えば、クレームの作用を達成するための具体的な構成を記載せずに済んでいたからです。また、MPFクレームは書きやすかったこともあり、米国で多用されました。しかしながら、ここ20年ほどの間、連邦巡回控訴裁判所は、米国特許法第112条第6段落に基づき、MPFクレームは広く解釈されるべきではないことを示してきました。現在、米国ではMPFによる限定は構造を記載したクレームより狭く解釈されます。
簡単な例を見てみましょう。部材Aと部材Bを締結する手段(means)をクレームし、明細書で締結を実現するナットとボルトを開示しているとします。この場合、MPFによる限定はナットとボルトの組み合わせ及びその均等物をカバーします。ナットとボルトとの相違が大きいため、このようなクレームの権利範囲には、接着剤や磁力での連結、あるいは溶接が含まれない可能性が高くなります。
一方、クレームに締結具(fastener)と記載したとします。この用語が通常の意味で解釈されれば、ナットとボルトだけでなく、リベットや磁力を使用した締結具も含まれるでしょう。接着剤や溶接を含むと解釈される可能性もあります。このように、構造的な記載は、一般的に、MPF記載よりも広い範囲をカバーすると考えられています。
ミーンズ・プラス・ファンクション節の使用は以下のような条文により特許法で認められています(米国特許法112条第6段落)
「組合せにかかわるクレームにおける構成要素は、具体的構造、材料、または行為を明記せず、特定の作用を果たすための手段または工程として、表すことができ、かかるクレームは、明細書に記載された対応の構造、材料、ないし行為、またはそれらの均等物をその範囲とする。」
連邦巡回控訴裁判所の解釈によれば、この条文は、MPFによる限定が及ぶ範囲は、明細書に記載された構造であって、クレームで説明された機能を厳密に実現するもの、またその合理的な均等物となっています。
すべての国の特許法について知っているわけではありませんが、MPFクレームが文言通りの意味以外に解釈されるのは米国だけのようです。これにより、特に複数国を対象に出願書類を準備する特許弁護士の仕事が面倒になっています。
近年、連邦巡回控訴裁判所は、MPFクレームが法定要件を満たしていないとして多くの特許を無効にしています。例えば、明細書がクレームに記載された機能に対応した構造を開示していなければ、クレームは無効とされます。クレームされた機能が、若干異なる態様で明細書に記載された場合でも、クレームに対応する構造が開示されていないと判断され、クレームは無効とされます。クレームに記載された機能に対応する構造が明細書に記載されていない場合は、112条のいくつかの要件を満たしていないとしてクレームが無効となります。
クレームでMPFにより限定された機能を実現するための構成が明細書で具体的に開示されていない場合でも、そのクレームは審査段階で許可されることがあります。本来、審査官はこのような要件を確認することになっています。しかしながら、私が見てきたところでは、MPFクレームに関する要件は審査官に負担となるようです。従って、出願人が112条第6段落に基づき、より狭い権利範囲を主張しない限りは、審査官はMPFクレームを広く解釈しがちです。結果として、MPFクレームの要件を満たさない無効なクレームが特許されることになります。これは、裁判所は審査官より、この要件を厳格に適用するからです。
MPFクレームに関する判例を見てみると、ある「手段(means)」が当該分野で既に広く知られたものであっても、明細書での開示が必要となっています。特許明細書を作成する際、新規な構造の記載に労力を費やし、従来知られている構造の説明をおろそかにしてしまう傾向があります。しかし、既知の構造がMPF限定を用いてクレームされているのに明細書で明確に記述されていない場合、米国ではそのクレームが無効になってしまう可能性があります。特許権者は当業者に広く知られているという事実をMPFによる限定の根拠とするべきではなく、明確な記載を根拠とすべきです。
連邦巡回控訴裁判所は、MPF限定に対応する構成がアルゴリズムを実行するコンピュータプログラムである場合、そのMPF限定の解釈にはより厳しい基準を設けています。この場合、明細書における対応構成は単なる汎用コンピュータではなく、コンピュータにより実行されるアルゴリズム、つまりプロセスをステップごとに記載しなければなりません。たとえ、そのアルゴリズムがよく知られたものであり、当業者にとって簡単なものであっても、このような具体的な記載が必要です。
加えて、米国で審査請求書を作成する場合は、明細書にMPF限定と対応する構成を明確に記載しなければならないため、手間が増えます。審判手順を定めた規則にはMPFクレームに関するものがあり、そこにはすべてのMPFクレームを特定し、各MPF限定に対応する明細書中の記載を、図面及びページ番号、行番号で特定しなければならないとしています。したがって、審査官の決定を不服として審判を請求する場合、MPFクレームは、審判請求書の作成コストを増加させ、狭い範囲に固定されたクレーム解釈が包袋履歴に残ることとなります。
米国では出願時のクレームは発明を説明する記載の一部とみなされます。したがって、出願時のクレームに含まれているのに明細書から省略された構成を明細書に加えても新規事項の追加にはなりません。しかし、クレームにMPF限定が含まれ、対応する具体的な構成が明細書にない場合、そのような構成を後から追加することはできません。従って、もし対応する構成が明細書に記載されていない場合は、あとで追加することができません。このように、MPFクレームの使用により過ちを犯すリスクが高くなることがわかります。
クレームにMPF限定を使用した場合、明細書にはそのMPF限定に対応した構造を明瞭に記載しなければならないため、米国出願用の明細書を準備する場合は、チェック項目がひとつ増えてしまいます。逆に、構造的な記載をクレームで用いれば、明細書作成の作業が容易になり、リスクを減らすこともできます。MPFに関する要件があるのは米国のみですし、MPFクレームが望ましい国もあります。このため、複数国に出願するための明細書を準備する場合は、負担が増えます。
では、MPFクレームが推奨されるケースはあるのでしょうか?MPFクレームは多くの異なった実施形態をひとつのクレームでカバーする場合に有用です。つまり、同一の機能を持ついくつかの異なった構造が開示される場合、それらをひとつのMPFクレームでカバーできる場合もあります。この場合、限定要求を避けることもできるかもしれません。また、MPFクレームはいざというときに用いることのできるバックアップとしても機能します。これは、MPFクレームがより狭く解釈されるので構造クレームより無効にするのが難しいからです。
たとえ手段(means)という言葉がクレームに現れないとしても、構造ではなく機能で構成要素を記述すれば、そのクレームはMPFクレームだと判断される可能性があります。クレームで手段(means)という言葉を使用すると、MPFの限定を意図したものとする反証可能な推定がなされます。一方、手段(means)という言葉を使用しない場合は、MPF限定は意図していないと推定されます。いずれにせよ、ある限定がMPF限定であるという推定は、クレームが機能を明記していなかったり、その機能に関わる構造を明記している場合は、無視される可能性があります。逆に、手段(means)という言葉の使用を控えたからといて、MPFクレームであるという解釈を避けられるとは限りません。
結論としては、米国においてはMPFクレームを避けるのが賢明です。しかしながら、もし米国出願でMPFクレームを使用する理由がある場合は、クレームされている機能を実現する構造が明細書で適切に開示されるよう注意を払わねばなりません。クレームされている機能を実現するのがコンピュータである場合、コンピュータにより実行される処理のアルゴリズム(フローチャート)を忘れずに記載しなければなりません。MPFクレームを使用する場合は、非MPFクレームも含めるのが賢明です。
以上