ASEAN知的財産レポート ~マレーシア特許制度~|外国知財情報|オンダ国際特許事務所

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ASEAN知的財産レポート ~マレーシア特許制度~

(パテントメディア2015年5月発行第103号掲載)
所長 弁理士 恩田 誠

 ASEAN諸国の知財制度についてご紹介するこのコーナー、第4回は、マレーシアの特許制度についてご紹介します。2013年度のマレーシアへの特許出願件数は7000件を超え、その8割近くが外国企業からの出願となっており、インドネシアやタイと並んで注目されている国の1つです。

1.出願手続

 マレーシアは、パリ条約の同盟国であり、PCTの締約国でもあります。
 パリ条約の優先権主張による特許出願(以下、パリルートという)の場合、日本出願から12ヶ月以内に英語で出願します。
 PCT出願の場合、日本出願日すなわち優先日から30ヶ月以内に、英語明細書を提出する必要があります。出願言語が英語ですので、現地での翻訳が不要であり、よって、誤訳の心配をする必要がないとともに、翻訳コスト上も有利です。
 なお、パリルートによる直接出願の場合、マレーシア語で出願することも可能ですが、マレーシア語で出願する利点は、特にないでしょう。
 マレーシアでは、登録官から許可を受けない限り、マレーシアで生まれた発明は最初にマレーシアで出願する必要があります。
 また、マレーシアに出願した後で、マレーシアの利益又は安全を害するおそれのある発明とみなされた場合には、外国に出願できません。こうした判断が出願から2カ月以内に出されなければ、外国への出願が可能となります。
 新規性喪失の例外は、出願日前1年以内における出願人の行為に起因して開示された発明等に認められます。
 職務発明について、研究・開発等を職務とする従業者(発明者)が完成した発明に関する権利は企業に帰属するほか、発明者以外の従業者であっても企業の設備や情報を利用して発明を完成した場合には、その発明に関する権利は企業に帰属します。

2.自己衝突の問題

 マレーシアでは、日本の特許法第29条の2(拡大された先願の地位)における出願人が同一の場合の例外規定に相当する規定はありません。すなわち、出願時に未公開であった先願は、それが同一出願人の出願であっても先行技術であるとみなされます。このように、自己の先願によって自己の後願が拒絶され得るということを、自己衝突(Self-Collision)といいます。
 なお、先願、後願ともに、優先権を主張している場合には、優先日がマレーシア出願日とみなされます。従いまして、実施形態の内容が重複するような複数の関連出願については、優先日が同一となるよう、同日に日本出願しておく必要があります。
 もし同日に日本出願を行うことができなかった場合には、先願の優先権主張期間内であれば、先願も優先権主張の基礎としてマレーシア出願を行うという手段を採ることができます。
 つまり具体的には、先願Aの内容に基づくマレーシア出願A’と、後願Bの内容に基づくマレーシア出願B’とをそれぞれ行う場合、マレーシア出願A’は先願Aを優先権主張の基礎として出願する一方、マレーシア出願B’は先願Aと後願Bとの両方を優先権主張の基礎として出願するということです。このようにすれば、自己衝突は回避可能です。

3.公開、審査請求、補正、分割

(1)出願公開は、出願日又は優先日から18ヶ月後になされます。

(2)審査請求については、パリルート出願の場合は、出願日から18ヶ月以内です。PCT国内移行出願の場合は、国際出願日から4年以内です。いずれの出願ルートについても、申立により出願日から5年まで審査請求を延長することができます。延長に係る庁費用は50USDですので、それほど高くはありません。

(3)補正の時期に関する明確な規定はありませんが、審査請求前、審査請求後、拒絶理由応答時の補正は可能とのことです。請求の範囲を拡大する補正は、出願当初の明細書によってサポートされている範囲内において認められるようです。

(4)分割出願は、単一性欠如による拒絶理由が発行された場合はその通知日から3ヶ月以内です。自発的な分割出願は、最初の庁通知の通知日から3ヶ月以内であれば可能です。

4.特許取消の手段・特許後の訂正

 特許無効の訴えについては、無効審判制度がありませんので、特許を取り消すためには高等裁判所へ提訴する必要があります。
 特許後の訂正は可能であり、特許権者の請求又は裁判所の命令により訂正可能です。

5.審査

 マレーシアでは、通常実体審査と修正実体審査の両方を採用しており、どちらで審査するかを出願人が任意に選択する必要があります。

(1)通常実体審査

 審査請求費用は950MYR(マレーシア・リンギッド、約3万1千円)です。
 審査請求時に、対応他国出願の出願日及び出願番号と、少なくとも1ヶ国の審査情報を提出する必要があります。対応他国出願として利用可能な出願は、オーストラリア、日本、韓国、英国、米国もしくは欧州の出願、又はPCT出願です。
 提出する審査情報は、欧州や英国やPCTのサーチレポート、又は他国出願の審査結果等です。
 マレーシア特許庁は、提出情報を参照して実体的要件について審査を行いますが、庁通知には、他国出願の特許クレームに一致させることを勧める旨が記載されていることが多いです。
 庁通知に対する応答期間は、2ヶ月という短い期間です。期間延長は1回のみ可能で、延長期間は出願人が希望する月数を申請することができます。ただし、期間延長は登録官の裁量事項であり、延長が認められるのが厳しい場合もあるとのことですので、可能な限り2ヶ月以内に応答することをお勧めします。

(2)修正実体審査

 審査請求費用は600MYR(約2万円)です。
 審査請求時に、対応他国出願、すなわち、オーストラリア、日本、韓国、英国、米国、欧州のうちいずれか1ヶ国の特許庁が認証した特許公報を提出する必要があります。
 提出する特許公報が英語以外の言語の場合には、特許公報の英訳だけでなく、翻訳者及び出願人による宣言書の提出が必要で、翻訳者の署名については公証人による認証も必要です。
 また、提出する特許公報に一致するよう明細書を補正する必要があります。そして、一致させる補正が適正になされていれば特許査定となります。
 他国出願の審査の遅れ等により、出願日から延長期間の5年以内に修正実体審査の請求ができない場合には、5年の期間満了から3ヶ月以内に通常実体審査を請求することが可能です。

(3)メリット・デメリット

 通常実体審査のメリットは、対応他国出願の登録を待つ必要がないことです。
 一方、デメリットは、通常実体審査といっても、他国特許クレームに一致させる補正を要求されることが多く、結局のところ、修正実体審査との違いがあまりなく、あえて通常実体審査を行う利点が分かりにくいことです。
 また、通常実体審査を一旦請求すると、修正実体審査に移行することができません。よって、通常実体審査後に他国特許が成立し、その特許クレームで早期権利化を図りたくとも、修正実体審査請求はできません。
 修正実体審査のメリットは、拒絶理由に対して応答する手間が不要なことと、信頼性の高い他国特許クレームを利用できることです。
 一方、デメリットは、対応他国出願の登録を待つ必要があることと、認証特許公報の入手や公証人による認証に手間を要することです。

(4)当所がこれまで扱った事例からは、次のことが分かります。
  • 全体として、審査は比較的遅いです。
  • 審査官は、審査請求時に提出した情報のみを参照するだけでなく、自ら対応他国情報を調べた上で審査を行っているようです。
  • 他国特許がある場合には、審査官は、他国特許クレームに一致させる補正を提案する場合が多いです。
  • 他国特許がない場合でも、出願が放置されることは少ないようです。
  • 場合によっては、通常実体審査請求から6~8年経過しても審査が開始されないこともあります。
  • 通常実体審査において、他国特許クレームに一致させる補正を行った場合など、結果的には修正実体審査を行った方が良かったと思われる案件もあります。
6.マレーシア出願の対応策
  • 通常実体審査を請求した場合であっても、他国で望ましいクレームで特許された場合には、その他国の特許公報の提出と、その他国の特許クレームに合わせる補正を自発的に行うことをお勧めします。このようにすれば、出願人が望んでいない他国特許クレームに合わせる補正の提案を審査官から受ける前に、出願人が希望する他国特許クレームで早期に権利化できる可能性が高くなると思われます。
  • 特に、通常実体審査を請求した場合の長期停滞案件については、審査を促進するために、特許済みの他国クレームに合わせる自発補正を積極的に行うことをお勧めします。
  • また、多くの独立クレームを含む出願の場合には、修正実体審査を選択した方が有利な場合があります。マレーシアの単一性は欧州規則に類似していますが、修正実体審査では単一性は審査されませんので、通常実体審査であれば単一性拒絶を受ける発明が、単一性拒絶を受けることなく登録される可能性があります。しかも、単一性違反は特許付与後に無効理由になりません。
  • 修正実体審査を選択する場合には、他国の審査結果が必要ですので、他国出願のうち、審査請求制度のある国については極力早めに審査請求することをお勧めします。その場合、各国で早期審査制度も積極的に利用するのが望ましいと思います。
  • 日本特許クレームを利用した特許審査ハイウェイ(PPH)が2014年10月1日より開始されていますので、日本特許クレームで早期に権利化したい場合には、日本特許クレームを利用したPPHの実施をお勧めします。PPHは審査着手前に行う必要がありますが、他国の審査結果を提出しなければ審査が進みませんので、意図せずにPPHが利用できなくなるというおそれはないと思われます。なお、昨年末までの時点で、PPHを利用した日系企業の出願がすでになされているとのことです。
  • 2011年2月の特許規則改正により早期審査制度が導入されていますので、対応する日本特許が存在しない場合などに利用することをお勧めします。
7.実用新案制度

 マレーシアには実用新案制度があり、存続期間は出願から10年ですが、請求により5年の延長が2回可能です。よって、存続期間は最長20年となります。
 方法も保護対象に含み、審査制度は特許と同じです。
 特許出願への変更、またはその逆の変更も可能です。ただし、特許と実用新案の併願は認められません。
 特許要件は新規性のみで、進歩性に欠けるものを対象とするなど、使い方によっては実用新案にはメリットがある可能性もあります。

以上