ASEAN知的財産レポート ~シンガポール特許制度~|外国知財情報|オンダ国際特許事務所

ASEAN知的財産レポート ~シンガポール特許制度~|外国知財情報|オンダ国際特許事務所

アクセス

ASEAN知的財産レポート ~シンガポール特許制度~

(パテントメディア2015年9月発行第104号掲載)
所長 弁理士 恩田誠

ASEAN諸国の知財制度についてご紹介するこのコーナー、第5回は、シンガポールの特許制度についてご紹介します。
シンガポールは、世界経済フォーラムWEF(World Economic Forum)(注)が毎年発表する国際競争力報告書GCR(Global Competitiveness Report 2014-2015)によると、知的財産保護水準が世界2位(144か国中)と、知的財産制度の整備水準は非常に高いです。
2013年3月には、シンガポール法務局により設立された知的財産運営委員会が「知的財産ハブ基本計画(IP Hub Master Plan)」を公表。この基本計画ではシンガポールがアジアでのグローバルな知的財産ハブとなることが戦略目標として描かれています。
シンガポール知的財産庁(IPOS)は、2014年9月にPCT同盟総会において国際調査機関(ISA)及び国際予備審査機関(IPEA)に選定され、2015年9月からISA及びIPEAとしての業務を開始する予定です。これにより、IPOSはASEAN地域では最初に、かつアジア地域では5番目にISA及びIPEAとして承認された知財庁になります。
また、2013年7月より、ASEAN加盟国の知財担当部局の長により構成されるASEAN知的財産協力作業部会(AWGIPC:ASEAN Working Group on Intellectual Property Cooperation)の議長国を務めており(任期は2015年8月末までの予定。8月末からの議長国はブルネイ)、ASEAN地域内における知的財産協力の議論をリードしています。
また、自国で実体審査を行うべく、調査及び審査ユニットが新たに設立され、審査官の採用を積極的に行っています。現在までに審査官100名体制を実現しており、90%以上が博士号を持ち、約25%の審査官が中国語での調査が可能とのことで、IPOSが公表した2014年の特許に関する統計情報によれば、IPOSへの合計出願件数は、2013年よりも6.1%増加の10312件、そのうちPCT出願移行によるものが69%、直接出願が31%となっています。こうした出願状況の中、調査及び審査請求から最初のオフィスアクションまでの平均期間は57日となっており、迅速な審査が行われているといえます。

1.出願手続

シンガポールは、パリ条約の同盟国であり、PCTの締約国でもあります。
パリ条約の優先権主張による特許出願(以下、パリルートという)の場合、日本出願から12ヶ月以内に英語で出願します。
PCT出願の場合、日本出願日すなわち優先日から30ヶ月以内に、英語明細書を提出する必要があります。出願言語が英語ですので、現地での翻訳が不要であり、よって、誤訳の心配をする必要がないとともに、翻訳コスト上も有利です。
シンガポールでは、登録官から許可を受けない限り、シンガポールで生まれた発明は最初にシンガポールで出願する必要があります。また、シンガポール出願後2ヶ月を経過した後か、登録官の事前許可を受けないと、外国に出願できません。違反した場合には罰金または禁固刑に処されますので、現地で開発を行うような場合はご注意下さい。

2.自己衝突の問題

シンガポールでは、日本の特許法第29条の2(拡大された先願の地位)における出願人が同一の場合の例外規定に相当する規定はありません。すなわち、出願時に未公開であった先願は、それが同一出願人の出願であっても先行技術であるとみなされます。このように、自己の先願によって自己の後願が拒絶され得るということを、自己衝突(Self-Collision)といいます。
なお、先願、後願ともに、優先権を主張している場合には、優先日がシンガポール出願日とみなされます。従いまして、実施形態の内容が重複するような複数の関連出願については、優先日が同一となるよう、同日に日本出願しておく必要があります。
もし同日に日本出願を行うことができなかった場合には、先願の優先権主張期間内であれば、先願も優先権主張の基礎としてシンガポール出願を行うという手段を採ることができます。
つまり具体的には、先願Aの内容に基づくシンガポール出願A’と、後願Bの内容に基づくシンガポール出願B’とをそれぞれ行う場合、シンガポール出願A’は先願Aを優先権主張の基礎として出願する一方、シンガポール出願B’は先願Aと後願Bとの両方を優先権主張の基礎として出願するということです。このようにすれば、自己衝突は回避可能です。

3.公開、審査請求、補正、分割

(1)出願公開は、出願日又は優先日から18ヶ月後になされます。
(2)審査請求については、パリルート出願の場合は、出願日から18ヶ月以内です。PCT国内移行出願の場合は、国際出願日から4年以内です。いずれの出願ルートについても、申立により出願日から5年まで延長可能です。延長に係る庁費用は50USDですので、それほど高くはありません。
(3)自発的な補正は、原則、特許料支払い前まで可能とのことです。ただし、後に説明する調査及び/又は審査の請求後は、調査及び/又は審査報告書が発行されるまでは補正できません。また、新規事項の追加は比較的厳しく判断されるようです。判断の基準は旧宗主国であるイギリスで適用される基準と同程度とのことです。
(4)分割出願は、特許料支払い前まで可能です。

4.特許無効審判・特許後の訂正

特許無効の訴えについては、特許付与後の異議申立制度はありませんが、無効審判制度はあります。特許の無効を訴えたい場合には、無効審判請求を行うことになります。
また、特許付与後の訂正も可能ですが、当該訂正に対する異議を申し立てることができ、異議の内容は訂正の可否が判断される際に考慮されます。

5.審査

2014年2月14日付けで、シンガポール特許改正法が施行され、この改正法は施行日以降に提出された新規出願及び分割出願、並びに国内移行したPCT出願に適用されます。
主な変更点は、「自己査定制度」から「肯定的特許付与制度」へ移行したことと、”Fast Track”及び”Slow Track”を廃止し、審査Trackを一元化したことです。
また、通常の実体審査制度だけでなく、修正実体審査制度、つまり、対応出願の審査結果等を提出することにより、実体審査を行うことなく、対応出願の最終審査時のクレームにて登録される、という制度も採用しております。
対応出願として利用可能な出願は、オーストラリア出願、カナダ出願、ニュージーランド出願、英国出願、米国出願、欧州出願、韓国出願、日本出願、PCT出願です。これ以外の出願は対応出願として認められておりません。
なお、改正前に採用されていた自己査定制度は、対応出願の審査結果が否定的であっても特許として登録されるという制度であって、要するに、対応出願の審査結果に関係なく、出願が特許され得るものかどうかは出願人自らが判断するという制度です。
具体的には、対応出願の審査結果が否定的であっても、その否定的な審査結果とともに、最終拒絶となったクレームを提出すれば、その最終拒絶となったクレームにて登録されます。
さらに、調査・審査方法について、様々なオプションが存在しますが、先に改正前に存在していたFast TrackとSlow Trackについて説明します。

(1)Fast Track

先ずFast Trackについて説明いたします。Fast Trackでは、調査・審査方法について4つのオプションが用意されています。

  • オプション1…優先日から13ヶ月以内に調査報告を請求するとともに、優先日から21ヶ月以内にこの調査報告に基づく審査報告を請求するという方法です。調査報告の請求には1,750SGD(シンガポールドル、約15万5千円)の庁費用が必要であり、審査報告の請求には1,350SGD(約11万9千円)の庁費用が必要です。オプション1を選択した場合、調査と審査とは別々に行われます。また調査や審査は、委託先の特許庁(オーストリア特許庁、デンマーク特許庁、ハンガリー特許庁のいずれか)で行われることになります。
  • オプション2…優先日から21ヶ月以内に、調査報告及び審査報告を同時に請求するという方法です。庁費用は 2,600SGD(約23万円)です。オプション1のように調査と審査とを別々に請求するよりも庁費用は安くなります。オプション2を選択した場合、委託先の特許庁で、調査と審査が同時に行われることになります。
  • オプション3…優先日から21ヶ月以内に、対応出願の調査結果に基づき審査報告を請求という方法です。対応出願とは、先に説明しましたオーストラリア出願、カナダ出願、等です。調査結果とは、例えば、欧州サーチレポート、国際調査報告、英国サーチレポート等です。庁費用は1,350SGD(約11万9千円)です。調査を請求しない分、庁費用が安くなります。オプション3を選択した場合、提出した対応出願の調査結果に基づき、委託先の特許庁で審査が行われることになります。
  • オプション4…優先日から42ヶ月以内に、対応出願の調査及び審査結果に基づき特許付与を請求するという方法です。

調査及び審査結果とは、対応出願の特許公報や最終審査時のクレーム、国際予備報告等です。請求に際して特許料を同時に納付します。このオプション4が、先に説明しました修正実体審査及び自己査定制度に該当します。なお、調査や審査を請求するわけではありませんので、特許料は別として、オプション4の請求に係る庁費用はありません。また、注意していただきたいのは、42ヶ月という期限は、審査終了期限及び特許料納付期限でもあるということです。つまり、優先日から42ヶ月以内に、審査を終了させて特許料を納付する必要があるということです。これができない場合、出願は放棄したものとみなされます。出願放棄を避けるためには、分割出願を行って、出願を維持する必要があります。あるいは、次に説明するSlow Trackに移行する必要があります。

(2)Slow Track

次にSlow Trackについて説明します。このSlow TrackとFast Trackとの違いは、各オプションで規定された期限のみで、それ以外は同じです。すなわち、Slow Trackでは、Fast Trackの各オプションで規定された期限が先延ばしされます。
オプション1~3については、Fast Trackにおける21ヶ月という期限がSlow Trackでは39ヶ月に延長され、オプション4については、Fast Trackにおける42ヶ月という期限がSlow Trackでは60ヶ月に延長されます。
特に何もしなければFast Track に従って進みますが、優先日から39ヶ月以内に1,800SGD(約15万9千円)の手数料と共に延長申請を行うことにより、Fast TrackからSlow Trackに移行することができます。なお、延長の手数料はパリルート出願の場合のみ必要で、PCT国内移行出願の場合は不要です。
Slow Trackに移行することにより、審査報告請求期限を21ヶ月から39ヶ月に、審査終了期限(特許料納付期限)を42ヶ月から60ヶ月に遅らせることができますので、他国の審査結果等を待つ上で有利です。例えば、オプション4を選択するつもりで他国の審査結果を待っていたものの、39ヶ月が近づいても他国審査結果がでない場合、Slow Trackに移行することにより60ヶ月まで待つことが可能となります。あるいは、39ヶ月が近づいた時点でSlow Trackに移行するとともに、オプション4の選択に代えてオプション2,3を選択することも可能になります。ただし、Slow Trackでオプション4を選択したものの、60ヶ月以内に他国審査結果が得られない場合、 60ヶ月以内に分割出願を行って、出願を維持する必要があります。この場合、分割出願日を基準にして、各Trackにおける期限が新たに設定されます。

(3)改正点

次に改正点を説明します。まず、「自己査定制度」から「肯定的特許付与制度(Positive Grant System)」への移行ですが、改正前は、オプション4の修正実体審査において、対応出願の審査結果が否定的であったり、不特許事由が含まれていたりしても登録が可能でした。しかし、改正後は、オプション4の修正実体審査において補充審査を行い、その補充審査において、

  • クレームは明細書にサポートされているか
  • クレームは対応出願の許可クレームと関連しているか
  • 発明が不快、不道徳又は反社会的でないか
  • 発明は治療方法に該当しないか
  • ダブルパテントに該当しないか
  • 新規事項の追加がないか

について自国で審査することとなりました。
従いまして、改正後は、対応出願の肯定的な調査及び審査結果に基づき補充審査請求を行う必要があります。対応出願の否定的な調査及び審査結果を用いることはできません。ただし、補充審査請求には庁費用はかかりません。
次に、”Fast Track”及び”Slow Track”の廃止ですが、改正後は審査Trackが一元化され、期限が一本化された4つのオプションから選択することになりました。具体的には、オプション1~3については、改正前の21ヶ月や39ヶ月という期限が36ヶ月に一本化され、オプション4については、改正前の42ヶ月や60ヶ月という期限が54ヶ月に一本化されました。改正前のFast Trackと比較すると期限が延びましたが、改正前のSlow Trackと比較すると期限が短くなっております。オプション1~3では、他国特許庁に委託していた調査及び審査を、自国の調査及び審査ユニットで行う割合が徐々に増えていくものと思われます。
また前述のとおり、オプション4を選択した場合には、対応出願の肯定的な調査及び審査結果に基づき、自国の調査及び審査ユニットで補充審査が行われることになります。
なお、オプション1~3において審査報告を受領した場合には、5ヶ月以内に応答する必要がありますが、オプション4において、補充審査請求後、否定的な見解を示した見解書が発行された場合には、3ヶ月以内に応答書を提出する必要があります。また、応答書に対して拒絶意思通知(拒絶意向通知)が発行された場合には、2ヶ月以内に審査結果の再検討を庁に対して申請することができます。

(4)オプション1~4のメリット・デメリット
  • オプション1のメリットは、対応出願の審査結果を待つ必要がないことと、調査報告書で挙げられた従来技術を考慮して自発的な補正を行った後に、審査報告の請求を行うことが可能であることです。デメリットは、高額な調査
  • 審査請求費用が必要なことです。
  • オプション2のメリットは、オプション1と同様、対応出願の審査結果を待つ必要がないことと、オプション1よりも費用が安く抑えられることです。デメリットは、オプション1よりも費用が抑えられるといっても、庁費用の不要なオプション4と比較すると、依然として高額な調査及び審査請求費用が必要になることです。
  • オプション3のメリットは、対応出願の調査結果さえあればよく、オプション1, 2と同様、対応出願の審査結果を待つ必要がないことと、審査請求費用だけでよいので、オプション1, 2よりも費用が安く抑えられることです。デメリットは、オプション1,2よりも費用が抑えられるとはいえ、オプション4と比較すると、審査請求費用が余分に必要になることです。
  • オプション4のメリットは調査
  • 審査請求費用が不要であることと、拒絶理由に対して応答する手間が不要であることと、信頼性の高い他国特許クレームを利用できることです。

デメリットは、対応出願の審査結果を待つ必要があり、他国の審査が遅れた場合には、分割出願を無駄に行う必要が生じる可能性があることです。

(5)当所がこれまで扱った事例からは、次のことが分かります。
  • シンガポールでは、全体として、比較的早期に権利化が可能です。
  • 調査&審査請求、もしくは他国調査結果に基づく審査請求を行った場合、費用はかかるものの、比較的早期かつスムーズに権利化できる可能性があります。
  • ulCT国内移行出願の場合、国際段階で得られた審査結果を利用することにより、早期かつスムーズに権利化可能です。
  • 法改正前の案件では、パリルートによる直接出願の場合、対応出願の審査結果を利用するためには、1,800SGDの手数料とともに延長申請を行う必要が生じる可能性が高いです。
  • オプション4を選択した状況において対応出願の審査結果が出るのが遅い場合、分割出願を無駄に行わなければならないこともあります。
6.シンガポール出願の対応策
  • ulCT国内移行出願の場合には、国際段階で肯定的見解を得るための対応、すなわち34条補正及び予備審査請求を行っておき、その国際段階の審査結果をオプション4で利用できる状態にしておくことをお勧めします。
  • なお、クレーム1に対して肯定的見解が示されている必要は必ずしもなく、一部肯定的見解、すなわち従属クレームに対してのみ肯定的見解が示されている状態でもOKです。 このようにすれば、国内移行後にオプション4を選択する場合、国際段階の審査結果を直ちに利用することができますし、他国の審査結果が得られたときに、利用すべき審査結果を複数の中から任意に選択することもできますし、他国の審査結果が審査終了期限近くになっても得られない場合の備えとすることもできます。

  • また、多くの独立クレームを含む出願の場合には、オプション4を選択した方が有利な場合があります。オプション4における審査では単一性は審査されませんので、通常の実体審査であれば単一性拒絶を受ける発明が、単一性拒絶を受けることなく登録される可能性があります。しかも、単一性違反は特許付与後に無効理由になりません。
  • また、オプション4を選択する場合には、他国の審査結果が必要ですので、他国出願のうち、審査請求制度のある国については極力早めに審査請求することをお勧めします。その場合、各国で早期審査制度も積極的に利用するのが望ましいでしょう。
  • パリルートによる直接出願の場合には、早期権利化を目指すのであれば、費用はかかりますが、調査及び審査請求、若しくは他国の調査結果に基づく審査請求を実施することも検討して下さい。
  • なお、2009年6月より、日本特許クレームを利用したululHが可能ですが、日本出願の審査結果に基づき登録できるオプション4が存在しますので、ululHを行うメリットは特段ないと思われます。ちなみに、ulCT-ululHはシンガポールでは利用できません
7.実用新案制度

シンガポールには実用新案制度はありません。


(注)世界各国の産業界、政界、学会などの指導者が連携し、世界情勢の改善に取り組む独立した国際機関。

以上