元審査官および審判官(17年)から見た米国特許を取得するための有効な方法|外国知財情報|オンダ国際特許事務所

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元審査官および審判官(17年)から見た米国特許を取得するための有効な方法

(パテントメディア2017年5月発行第109号掲載)
米国特許弁護士 マイク オニール

本稿では元審査官・審判官から見た米国特許の効果的な取得方法について説明します。私は審査官として13年、そして、審判官(Patent Judge)として4年の計17年間、米国特許商標庁に勤務していました。審判官時代には、発明の特許性に関する審決を300件以上書いています。審査官時代には、電子アミューズメント機器に関する技術分野を担当し、日本企業の多くの特許出願を審査しました。任天堂、ソニー、セガ、バンダイナムコ、カプコン、スクウェア・エニックス、ハドソン、コナミなどの日本企業の特許出願を審査しています。審査官として、700件以上の出願に対して特許査定をしました。

本稿の表題が示しますように、私がこれから説明・提案する内容は、米国の特許審査官からの視点によるものです。このため、日本や欧州の法律や規則には合わない可能性があります。また、私の提案は、グローバルな特許戦略のために、企業が日本や欧州の法律や規則に合わせて、今まで行ってきた特許実務に反する内容となるかもしれません。
本稿では、米国の審査官から受けられる結果の元となる原因を説明します。あらゆるアクションにはそれに対するリアクションというものがあります。つまり、原因に対しては結果が必ず伴います。では、ある結果が生じるその原因は何か、というのが疑問となります。私はこの結果の元となる原因について説明したいと思います。
本稿では、私の提案を採用した場合に起こり得る問題点と、その問題が発生した場合の解決法についても説明します。さらに、私の審査官としての経験をもとに、特許弁護士となった現在の私ならば、どのように米国の特許法や規則に沿って中間処理を進めるかについても説明します。

私が審査官をしていた当時、テレビゲーム業界では非常に多くの日本企業が米国で特許出願をしていました。これに対し、他の技術分野では3,4社のみの日本大手企業で、その分野の特許出願がほぼ独占されているということがありました。このことから、私は日本から出願される様々な特許明細書を見ることができましたし、これらの特許出願を代理する多くの米国特許弁護士と一緒に仕事をしてきました。このような経験から、私は、米国特許商標庁で何をすることが有効で、そして、何をすることが有効でないのかという視点を持っているといえます。
そこで、私は、自らの見解に基づいて、米国で特許を取得するための有効な方法を、特許実務家である皆様にお伝えしたいと思います。本稿では、米国特許出願をする際、どのように特許明細書を作成するべきかに焦点を当てることとします。

特許明細書がどのように作成されているかによって、その特許出願が米国特許商標庁内で審査官にどのように審査されるかが左右されます。人に良い印象を与えることのできる特許明細書であれば、出願人が発明を真剣に特許にしたいという思いが伝わります。第一印象は大変重要で、良い第一印象を与えることができれば、特許される可能性は高くなります。一方、悪い第一印象を与えてしまうと、特許を取得できない可能性は高くなってしまいます。つまり、悪い印象を与えてしまった出願は、米国特許商標庁での審査を長引かせ、長い期間と多くの費用をかけたにも関わらず、最終的に権利化をあきらめざるを得なくなり、放棄することとなってしまうかもしれません。
まず、米国特許商標庁での審査に対応した特許明細書をどのように作成すべきかを説明します。
特許明細書は、発明者が実際に何を発明したのかを説明し、その発明がなぜ重要であり、どのように技術を発展させるものであるかを説明する必要があります。
日本からの特許出願の明細書は、技術を非常に詳細に説明しているものが多いと感じます。しかし、その発明がなぜ重要であるか、その発明がどのようにして技術を発展させるか、という点の説明が少ないように思います。この二点は、「発明の詳細の説明」と同じくらい重要です。私が審査官・審判官であった頃に見てきた日本からの特許明細書の多くは、この二点を含んでいませんでした。このような明細書は、既存の技術を説明しているかのように思えました。
日本からの特許出願の明細書は、発明を詳細に説明する前に、一つの従来技術を特定し、次に、発明の概要として本出願のクレームをコピーする傾向にあります。これでは審査官が、発明が実際に何であるか、発明がなぜ重要であるか、発明が従来技術よりなぜ優れているかを理解できません。発明が何であるか、発明がなぜ重要であるか、発明が従来技術よりなぜ優れているかを理解できなければ、審査官は発明が従来技術に対して自明な改良であると考え、発明に特許を付与する価値がないと考えます。
そのような状況に陥らないよう、次の方法を提案したいと思います。まず、発明に関心がある一般的な人が明細書を読んで理解できるように発明を説明して下さい。特許明細書の作成者(弁理士、特許技術者)は、自分の技術的知識を用いて発明者のメモや発明者とのインタビューから、明細書を作成するだけでは、不十分です。特許明細書の作成者は、発明と発明者のセールスマンである必要があります。明細書作成者は、発明の説明を退屈で面白みのないものにしてはならないのです。特許明細書が退屈な読み物であると、審査官は明細書に興味を失い、クレームと図面だけを見て拒絶理由を出します。明細書は、審査官に興味を持たせ、審査官がクレームを明細書に照らして解釈するように仕向ける必要があります。特許明細書は、従来技術の欠点、従来技術が解決できなかった問題、および、開示した発明がどのように従来技術の問題を解決したかを最初に特定すべきです。明細書で発明がどのように従来技術の問題を解決し、どのように従来技術の欠点を克服したかを示すことができなければ、審査官はその特許出願に特許を付与する価値がないと考えるでしょう。
また、発明が従来技術に対してどのように優れているかを記載した明細書は、審査官に特許出願を許可する理由を与え、審査官は許可通知にその優れた点をそのまま記載できます。米国特許商標庁では新しい品質向上プログラム”Clarity of the Record”(記録の明瞭性)が導入されたため、審査官はオフィスアクションにクレームを許可した理由を記載する必要があります。元審査官、そして現在は特許弁護士である私としては、私自身の選んだ文言を審査官が作成するこの「許可理由」にできるだけそのまま使用してほしいと考えます。なぜなら、特許弁護士は将来起こり得る禁反言を考慮して文言を厳選するからです。審査官が自身の見解でクレームの「許可理由」を記載すると、それが将来的に禁反言の問題となるおそれがあります。

現在の特許実務では、プロダクト・ライアビリティ(製造物責任)を考慮して、発明が従来技術に対してどのように優れているかを説明しない傾向があります。
この背景には、ヤマハ発動機株式会社が製造する3輪オフロードバギーが対象になった製造物責任関係の裁判の影響があると思います。この事件で、原告はヤマハ発動機が所有する3輪オフロードバギーに関する特許において、車両の問題をどのようにして改良したかを説明しているため、その車両に欠陥があったと主張しました。私がここで簡単にアドバイスできることは、明細書の作成者は、従来技術や発明の効果を注意して書く必要があるということです。従来技術の欠陥ではなく、発明者が発明を通してどのように従来技術を改良したかを説明するようにして下さい。
この裁判は最終的に和解となりましたが、特許が原因で商品の欠陥が認定されたわけではありません。裁判所はヤマハ発動機の製造物責任を認定することはありませんでした。ただし、裁判でヤマハ発動機の製造物責任を担当する弁護士は、特許で提案した課題の解決手段はオフロードバギーに用いることができないと主張しました。一方、この特許出願の審査段階において、ヤマハ発動機の特許弁護士は発明が全てのオフロードバギーに有効であると主張しました。この事件で得られる教訓は、矛盾したことを主張しないようにするということです。

米国特許商標庁における実務として、Summary of the Invention(発明の概要)にクレーム文言をそのまま記載することは避けるべきです。つまり、明細書の「発明の概要」にクレームをコピー&ペーストしたり、一文で書かれているクレームを複数の文章に分けて書き換える、いわゆるパラフレージングをしないで下さい。この点において、米国の特許実務は、日本や欧州の特許実務と大きく異なります。日本と欧州の特許実務では、クレーム文言が明細書、特に、発明の概要に含まれていなければなりません。
米国特許商標庁は、クレーム文言がそのまま「発明の概要」や「発明の詳細な説明」に含まれることを要求していません。クレーム自体が発明を特定しており、出願時のクレームは出願時の明細書の一部です。繰り返しますが、米国、欧州、日本の間では特許実務に大きな違いがあるので注意が必要です。
米国で「発明の概要」にクレーム文言をそのまま記載しますと、審査官は「発明の詳細な説明」を読まなくなります。代わりに、審査官は、発明の概要とクレームを読み、図面を見ます。次に、審査官は、キーワード検索をしてクレームおよび発明の概要にある文言と一致する従来技術を探し、従来技術において一致する文言を見つけると、クレームを拒絶します。
このような拒絶理由で挙げられた従来技術は、多くの場合、詳細な説明で開示された発明と全く関係がありません。審査官は、1つの引例がクレームの文言を全て含んでいれば、新規性がないとして、そのクレームを拒絶することができます。多くの場合、審査官は、クレームにある全ての文言と一致する文言を挙げるのに2つまたは3つの引例を組み合わせなければなりません。審査官は、すべての文言を一致させることができれば、クレームを自明であるとして拒絶し、各引例の互いに関連性のない部分を引用します。このような拒絶理由のために、審査官は、その引例にある発明の概要を引用します。引例にある発明の概要は高い確率で異なる実施形態をまとめており、このような実施形態は互いに組み合わせることができません。この結果、拒絶理由を読んでも、クレームされている発明がなぜ従来技術に基づいて自明であるかを理解できません。特許実務者にとって、このような状況で拒絶理由に反論することは難しいのです。

次に、米国特許出願の明細書における「発明の概要」の目的を説明します。この目的に従って明細書を作成すれば、審査官は、クレームのみに基づいて従来技術を調査する前に、必ず明細書を読むこととなるでしょう。
「発明の概要」の目的は、発明に関心のある人々に発明の本質を伝えることにあります。発明者は、この項目で発明が何を達成しようとしているか、つまり、発明が従来技術に対してどのように有益であるか、および発明が解決しようとする課題を伝えます。そして、発明の概要にはもう1つ目的があります。将来、特許庁の審査官が従来技術を調査し、本発明の公報が挙げられた際、審査官は発明の概要を読んで発明を理解しようとします。発明の概要がクレーム文言に満ちていると、発明を理解できませんし、将来の調査の手助けとなることもありません。また、発明の概要がクレーム文言を含んでいると、審査官は発明の概要と図面のみからクレームを解釈します。この場合、審査官は発明の詳細な説明を読むことなく、クレームを拒絶します。
次の表では、左から2つ目の列が、私が今までに見てきたクレームと一致するように記載された発明の概要を示しています。左から3つ目の列が、当業者に本発明を理解させるように記載された発明の概要です。私はこのように発明の概要を記載すべきと考えます。

日本の特許実務者の中には、発明の概要に発明の細部まで含めることに不安を感じる方もいるでしょう。米国の特許実務では、発明の概要に開示されている内容がクレームの権利範囲に影響を及ぼすことはありません。なぜならば、明細書は当業者が発明を実施可能な程度に発明を開示する必要があるからです。つまり、発明を実施できるように、明細書は発明を詳細に説明しなければなりません。
日本から来る特許出願の多くは、周知技術を詳細に説明する傾向があります。周知技術を過度に詳細に説明しますと、審査官は興味を失い、明細書に開示されている内容が全て周知技術であると思わせてしまいます。従って、審査官は、クレームされているものを全て自明であるとして拒絶してしまいます。発明の詳細な説明を作成する際は、発明を最良の形態(ベストモード)で実施するために必要不可欠な情報のみを記載し、周知技術や発明の実施に必要でない情報は、発明の詳細な説明に含めないようにして下さい。

なお、現在、米国特許商標庁は紙ファイルを使わず、電子的に審査を行っています。審査官および審判官としての私の経験から、特許出願を審査する上で、Arial 12ポイント、好ましくは14ポイントのフォントが、コンピュータ画面上で読むのに一番適していると思います。Times New RomanやCourierと比較しますと、Arialフォントは、コンピュータ画面上で大変読みやすいです。

次に、米国特許実務に沿ったクレーム作成方法について説明します。
まず、特許出願が正しい審査官によって審査されるよう、クレームを作成する必要があります。出願人が十分に包括的なクレーム(comprehensive claim)を作成していないと、その特許出願が正しい審査官に審査されない場合があります。このような場合、出願人は多くの問題に遭遇します。包括的なクレームは、狭いクレームを意味するのではありません。包括的なクレームは、そうでないクレームと比較して、より多くのものが発明に包含されるのです。米国特許商標庁は、クレームの包括性に基づいて発明を分類します。クレームにある特徴の包括的な組み合わせに基づいて、そのクレーム、ひいては、その特許出願が分類されます。
そして、特許出願の分類によってその出願を審査する審査官が決まります。私が審判官として関わってきた多くの審判事件では、出願人が包括的なクレームを作成していないため、その出願は間違った審査官によって審査されていました。出願人が包括的なクレームを作成していれば、出願の審査も正しい審査官に割り当てられ、出願人と審査官との間での意見の相違もなかったと思われます。
クレームに包括的な組み合わせを含めることにより、広い権利範囲のクレームを作成できます。例えば、独立クレーム1が、「プロセッサ、ディスプレイ、メモリ、および入力装置を備えた装置」であるとして、独立クレーム2が、「16ビット・プロセッサおよびLEDモニタを備えた装置」であるとします。この場合、クレーム2はクレーム1より構成要件が少ないです(クレーム2は構成要件が2つ、クレーム1は構成要件が4つ)。しかし、クレーム1の方がより広い保護範囲となります。その理由はクレーム1の文言がクレーム2より多くの構造を包含するからです。つまり、クレーム2に比較して、より多くの構造がクレーム1に包含されます。クレーム2に抵触する製品は、16ビット・プロセッサとLEDモニターを備えていなければなりません。この2つの構成要件があって初めて侵害となります。クレーム1に抵触する製品は、プロセッサ(種類の指定無し)、ディスプレイ(種類の指定無し)、メモリ(種類の指定無し)、および入力装置(種類の指定無し)を備えていなければなりません。基本的に、どんなノートパソコンもクレーム1に抵触します。一方、クレーム2に抵触するのは、特定のノートパソコン、つまり、16ビット・プロセッサとLEDモニターを備えたパソコンのみです。このように、クレーム1はクレーム2より多くの構成要件を含んでいるが、クレーム2より広い権利範囲となります。

包括的なクレーム作成の例を説明しましたが、ここから2つのことがわかります。第一に、クレームに含まれる構成要件が増えても権利範囲が狭くなるわけではないということです。包括的なクレーム作成をするのに重要なのは、従来技術との違いが出る程度に各要件を互いに組み合わせることです。第二に、正しい審査官にクレームを審査させる必要があるということです。この事例では、クレーム1とクレーム2の場合、クレーム1は適切な審査官、つまり、ノートパソコンを担当する審査官に審査されることとなるでしょう。クレーム2は、適切な審査官に割り当てられないかもしれません。クレーム2は、16ビット・プロセッサを含んでいるため、マイクロプロセッサのみを担当する審査官に割り当てられる可能性があります。また、クレーム2はLEDモニターを含んでいるため、LEDモニターを担当する審査官に割り当てられる可能性もあります。どちらの審査官が自分のノートパソコンに関する米国特許出願の審査を担当するとしても、その審査官はノートパソコンの技術に精通していません。このため、ノートパソコンの技術に精通している審査官と比較しますと、審査が思うように進まなくなることが予想できます。
私が審査官時代に審査した日本からの特許出願には、クレーム1のような包括的なクレームや、クレーム2のようにいくつかの具体的な構造を要件としたものはほとんどありませんでした。私がよく見た独立クレームは、少なくとも2つの広い要件を含んでいるだけでした。このように大変広いクレームを含んだ出願は、その発明に関する分野の専門知識を持った審査官ではなく、その技術分野の一般的な知識を持ったジェネラリストである審査官に割り当てられる可能性があります。特許出願がジェネラリストの審査官、または間違った審査官に割り当てられた場合、その審査官は、発明が従来技術に基づいて自明であると考える傾向があります。技術を完全に理解している審査官であれば、クレームされた発明と従来技術との間の小さな相違点が自明ではないことを理解できるでしょう。従って、技術を完全に理解している審査官に出願が割り当てられるようにクレームを作成するようにして下さい。今日、特許出願の多くは、その技術における小さな改良に関するものです。このため、クレームは開示した発明に関する技術の小さな改良に見合うものでなければなりません。
米国で特許出願する場合、最初から権利範囲の広いクレームを作成しないようにして下さい。私はこれまでに特許技術者や代理人が作成した広いクレームを見てきました。このようなクレームは、実際に開示された発明と対応しておらず、従来技術との差別化がされておらず、正しい審査官に割り当てられるように記載されていません。間違った審査官に特許出願が割り当てられますと、その審査官によって、大変重要な発明が審査される結果となり、将来的に中間処理の段階で問題になるかもしれません。私がよく見た特許技術者や代理人の作成したクレームは、まるで一般的な部品のリストのようでした。あるいは、構造を示す名詞と機能的な表現を “configured to”または “adapted to”(何々するように構成された)でつなぐようにしてクレームが作成されていました。このように作成されたクレームが書かれると、いずれの審査官も「いかなる物も何らかの機能を果たすように構成されるではないか」と主張することでしょう。この場合、最初のオフィスアクションは全く無駄なものとなってしまいます。審査官は適当な引例を従来技術のデータベースから探して、クレームや明細書の内容を検討することなくクレームを拒絶するでしょう。
企業の役割、そして企業内の技術者や代理人の役割は、発明全体を特定する製品レベルのクレームを提供することです。米国特許弁護士の役割は、この提供された製品レベルのクレームに基づいて、米国実務に適応する広いクレームを作成することにあります。製品レベルのクレームが作成されていれば、発明全体が何を包含しているかを知ることができます。製品レベルのクレームがあれば、特許実務者はクレーム補正時に発明の詳細な説明にその適切な根拠が含まれているかを確認できます。日本からの出願に対して、審査官はよく記載不備や不明瞭記載を指摘しますが、製品レベルのクレームがあり、その適切な根拠を含む発明の詳細な説明があれば、このような拒絶理由を回避できます。

クレームで広い権利範囲が取れないことを心配する特許実務家もいるでしょうが、米国特許商標庁では、出願が係属中であれば、いつでも後から広いクレームを作成することができます。この点、米国と違って、日本では審査官が余分な先行技術調査をする必要が生じないよう、審査段階で原則的にクレームを狭めることしかできないと聞いています。しかし、米国特許商標庁において、特許出願の審査というのは、審査官が「イエス」と言うまでクレームを狭め続けなければならないということを意味しているわけではありません。米国における特許出願の審査は、ネゴシエーション(交渉)を意味します。
どんな交渉の場においても、両当事者からギブ・アンド・テイクというものがあってしかるべきです。私は自分の審査官としての経験に基づき、米国特許弁護士となってからは、審査官と面談を重ね、従来技術に基づく拒絶理由を回避できるクレーム文言というものを模索してきました。その文言が決まれば、私は審査官とさらに交渉し、他のクレーム文言を取り除くことができないかを相談しました。私は審査官にこのように言いました。「審査官殿、あなたは、クレームにこの文言があるから従来技術との違いを認めたのでなく、私達が互いに合意できた別の文言があったから従来技術との違いを認めたのですよ。ですから、発明の特許性はこの文言に基づくものではなく、補正した文言に基づくものですよね。このため、この文言を削除しても問題がないはずですよね。」このように話すと、多くの場合、審査官は私に同意してくれました。なぜこのようなことが可能なのでしょうか?
それは審査官が自分の望むものを手に入れ、上司に次のように伝えることができるからです。「この弁護士は私が望んだ通りにクレームを狭め、クレームには拒絶理由に挙げた引例にない特徴があるので特許可能としました。」
ここまで説明してきましたように、特許出願の審査段階では、後からいつでも広いクレームを作成できます。例えば、審査官が許可可能なクレームを見つけた後でもクレームを広くできます。私はよく従属クレームをその直前の従属クレームに従属させました。例えば、クレーム1にクレーム2を従属させ、クレーム2にクレーム3を従属させ、クレーム3にクレーム4を従属させ、クレーム4にクレーム5を従属させました。この場合、審査官は複数の引例を組み合わせなければなりませんが、それが面倒になるため、これらの従属クレームのいずれかを許可することとなるでしょう。ここでは、審査官がクレーム5を「許可」したと仮定しましょう。この場合、私はクレーム5を、クレーム4、3、2および1の特徴を全て含むように書き直すことはしません。私は、クレーム5を削除し、クレーム1にその限定要件を含めます。審査官はクレーム2から4にある特徴に特許性を認めたわけではありません。このため、クレームされた発明と従来技術との違いを示すため、クレーム2から4の特徴は必要ありません。従って、審査官が従来技術との違いが有ると認めた特徴を含むようにクレーム1を書き直せば、クレーム1は特許可能となるはずです。これもまた、クレームで広い権利範囲を得る上で有効な手段でした。

また、審査官が出願を許可しますと、RCE(継続審査請求)を提出し、そのRCEに権利範囲の広いクレームを含ませることができます。イシューフィー支払い前であれば、いつでもRCEを提出することができます。RCEは広い権利範囲のクレーム群を含むことができます。
継続出願も提出できます。多くの米国のハイテク企業は、特許を取得しても、係属中の継続特許出願を常に準備しています。係属中の特許出願があれば、競合他社が市場に出す製品に合わせて、クレームを後から作成することができ、潜在的な侵害者を捉えることができます。この他に、特許発行日から2年以内に、米国で権利範囲を広くする再発行特許出願を提出することもできます。

次に、クレーム群(claim set)を作成する方法について説明します。
すべての従属クレームをクレーム1(独立クレーム)に従属させる方法をハブ・アンド・スポーク・アプローチといいます。このような方法でクレーム群を作成しないで下さい。ハブ・アンド・スポーク・アプローチでクレーム群を作成しますと、審査官は、従来技術に開示されている一つの部品に基づいて、複数の従属クレームを拒絶できます。例えば、クレーム1が独立クレームであって、クレーム2がクレーム1に従属して特徴Aを備えるとします。クレーム3がクレーム1に従属して特徴Bを備えるとします。クレーム4がクレーム1に従属し特徴Cを備えるとします。明細書は、特徴A,B,Cがそれぞれ異なる構造であることを明確に記載しています。この場合、審査官は、クレーム1を開示する従来技術と、特徴A、特徴B、および特徴Cの少なくとも1つを開示する従来技術を探すだけです。次に、審査官は、クレーム2にある特徴A、クレーム3にある特徴B、クレーム4にある特徴Cが従来技術にある一つの構造と同じであるとして、クレームを全て拒絶します。もし出願人が従属クレームを互いに従属させていたならば、審査官は、このようにクレームを拒絶できません。正当な理由無くして別々の2つの特徴を拒絶することはできません。

また、ハブ・アンド・スポーク・アプローチでクレームが作成されていると、審査官は従来技術調査をする際、丁寧に本発明と従来技術を比較しません。審査官は、文言が一致するような従来技術を探すだけです。従属クレームを全て独立クレーム1に従属させますと、審査官は、クレームにある文言と一致する文言を従来技術から探すだけです。審査官にこのようなことをさせないで下さい。出願人がハブ・アンド・スポーク・アプローチでクレームを作成すると、審査官はまるで八百屋やスーパーマーケットで買い物をするかのようにクレームの調査をします。審査官は、クレームされている特徴のリスト、つまり、買い物リストを作成するだけです。次に、審査官はいろんな店を回り、買い物リストにある商品を探します。従来技術のデータベースがスーパーマーケットとなり、電子分類およびキーワード検索システムが商品の陳列棚となります。審査官は陳列棚から買い物リストにある商品を探します。探していた商品を含む特許公報を見つけると、審査官は買い物リストからその商品を消します(拒絶します)。出願人がハブ・アンド・スポーク・アプローチを取らず、包括的なクレーム群を作成したのであれば、審査官はクレームを図解して、特徴がどのように組み合わされているかを判断しなければなりません。次に、審査官はクレームされている特徴の組み合わせをクレームされている発明に近い従来技術と比較しなければなりません。

このように、従属クレームをその前の従属クレームに従属させ、従属クレームには何か意味のあるものを追加することが最も好ましい形式でしょう。従属クレームには公知となっているものや当業者にとって自明である特徴を加えないで下さい。公知となっているものや自明な特徴を記載すると、審査官は単なる設計事項としてそのクレームを拒絶し、さらには自明であるとして出願全体を拒絶する結果となるかもしれません。

最後に本稿の3つの要点をまとめます。第1に、テレビショッピングのように、審査官に発明を宣伝して売り込んで下さい。第2に、明細書では発明の概念をより詳細に説明し、クレーム文言をコピーするような広い意味を持つ言葉を使用しないで下さい。第3に、最初に製品レベルのクレームを作成し、その後に広いクレームを作成して下さい。この3つの点が念頭にあれば、米国特許商標庁で特許を取得できる成功率はより高くなるでしょう。

なお、本稿で説明した内容は米国の特許審査官からの視点によるもので、私の提案も米国の審査官が現在どのようにして特許出願に対応しているかという点に基づいています。日本や欧州で特許出願するときは、日本や欧州の法律や規則のみならず、世界的な特許戦略を考慮する必要があるでしょう。

以上