ネットワーク関連発明等の保護に関する制度的措置の見直しについて
統括理事 弁理士 伊東正樹
ドワンゴ対FC2事件の知財高裁判決が出されて以降、ネットワーク関連発明と属地主義の問題は、国際的な事業活動を行う企業にとって重要な問題として注目されています。とりわけ、国境を跨いで構成されるネットワークシステムにおいて、どのような事業形態であれば特許侵害となり得るのか判断が難しいなど、一部の有識者や産業界からは懸念の声が出ていました。
同事件の判決が、最高裁で出された現在でも(別掲「【ドワンゴ対FC2】最高裁がFC2の特許侵害を認定」参照)、ネットワークビジネスに携わる事業者の観点では、十分に予見性が高まったとも言い切れず、個別事案に基づく裁判所の規範にとらわれることなく、並行して広く制度的措置についても見直しの検討が進められています。
経済産業省の産業構造審議会 知的財産分科会第50回特許制度小委員会において、国内外のアンケ―ト調査結果が紹介されており、権利者の73%、他社の侵害リスクについては55%が、権利行使の可能性について懸念を感じており、法改正による明確化の必要があるとする回答が38%あり、必要はないとする回答よりも高いという結果が示されています。これを受けて、関係者の間で広く制度的措置の見直しについて議論が進められており、前記ドワンゴ対FC2事件の最高裁判決後の3月5日に開催された第52回特許制度小委員会においても、特許制度見直しの観点で、様々な議論がされていますが、集約すると主に下記の点が検討事項となっています。
(1)制度見直し対象を、ネットワーク関連発明に限定すべきか否か
(2)制度見直しにおいては、具体的な条文とすべきか、「実質的に国内の実施行為と認める要件」に対する考え方をコンセンサスが得られる範囲で整理すべきか
(3)「実質的に国内の実施行為と認める要件」については、発明の「技術的効果」と「経済的効果」が共に国内で発現していることの要件を採択すべきか
(4)発明の実施行為の一部が国内において必要か、必要な場合の一部の内容等をどう考えるか
(1)については、本検討の対象が、侵害の予見性向上のための制度措置であること、および「ネットワーク関連発明」以外については、見直しの必要性や喫緊性が確認されていないことから、あくまで見直しの対象は「ネットワーク関連発明」に限る方向で議論がされています。
(2)については条文の見直しに限らず、「実質的に国内の実施行為と認める要件」に対する考え方を、コンセンサスが得られる範囲で整理することを目指しているようです。
(3)の発明の「技術的効果」と「経済的効果」については共に国内で発現していることを要件とすることについて、肯定的な意見が多いようです。ただ、今回の最高裁の判決を見ても、依然としてどのような場合にこれらに該当するのか、明らかになったとは必ずしも言えないと思います。
これに関して、小委員会ではいくつかの事例案を挙げて説明をしています。例えば、「技術的効果」とは、事務局の案では「発明の先行技術に対する貢献を明示する技術的特徴をいう(特許施行規則第25条の8参照)」とありますが、いわゆる発明の単一性の判断と同様に、新たな先行技術によって「技術的効果」が変動し得ることから、予見性が高いとはいえず、第三者の監視負担が高くなります。また、「経済的効果」についても、いわゆる業としての実施であれば良いのか、実施行為に直接関係しない、付随する宣伝広告のような経済的効果を除外するのかなど、どのような形態を想定するべきか依然不明確な部分があります。
(4)については、① 発明の実施行為の「一部」でも国内にあることが必要であるとされるか、② 国内の実施行為は問わないとするか、によって意見が分かれています。
①においてはさらに、ⅰ)どのような発明の構成要素であってもその一部が国内であればよい、あるいは、ⅱ)「特別な技術的特徴部分」が国内になければならない、などの案が出されていますが、いずれの場合でも国内事業者の立場から考えて、特許権侵害の予見性を高める観点で、国内の実施行為は「一部」でも必要であると主張しています。仮に②のように、国内の実施行為ではなく、国内での「技術的効果」と「経済的効果」の有無で判断するとすると、第三者における特許クリアランスの負担が高まり、特に中小スタートアップ企業にとってその影響は大きいことが懸念されます。
一方、②の立場は、例えばクラウドで完結するような発明に関して、出力端末のような重要ではない要素を「特許請求の範囲」に記載しないような場合、国内での実施行為部分が無いという理由で、侵害を否定するのは実効性に欠けるとの意見です。ただ、これを発展的に考えると、属地主義の下、国内の実施行為がない発明に対して、国内で特許権侵害を主張することが可能となり、仮に同様の制度が諸外国でも制定された場合には、国際的な発明の保護について混乱が生じる懸念があります。
このように、現在、産学官の様々な立場の方々において、ネットワーク関連発明の保護に関する議論が続いています。ドワンゴ対FC2事件の最高裁判決は一つの規範として、今後司法の場では判断が続くことになるでしょうが、実際の事業を行う産業界の立場からすれば、侵害の予見可能性は考慮すべき重要な問題です。一方で、拙速なルール化は、技術や事業が急速に変化する現在においては、将来、侵害の要件から外れるが合理的に侵害を認めるとすべき形態が出ないとも限らず、かえって混乱を招くリスクもありますので、慎重な議論が求められるのではないかと思います。
今後、この問題についてはどのような方向で検討が進むのか、引き続き動向を注視していきたいと思います。