【社内活性化の原点】事務部門QCの勧め
(パテントメディア 2010年1月発行第87号より)
会長 弁理士 恩田博宣
1.はじめに
一昨年、リーマンブラザーズの破綻に端を発するサブプライムローン不況は、昨年1月に入ってから、われわれ特許事務所にも多大な影響をもたらしました。依頼される出願件数が15%も減少する状況が続きました。開業以来四十年余になりますが、このような経験は初めてです。
8月の時点で出願番号から昨年の全国の出願件数を推計してみましたが、30万件を切りそうです。一昨年は約39万件でしたから、25%の出願が消えてなくなることになります。特許事務所の経営に深刻な影響が及ぶ事態です。
ではその対策はどうか。高品質の明細書を作成する、納期を極限まで早める、費用の節約を図る等が考えられます。
筆者はもう1つ対策として、事務部門QCを提案したいのです。もちろん、高品質明細書、短納期と同じように、今日始めたとしても、その効果が現れるまでに多大な期間を要するのですから、即効的な対策にはなりませんが、事務効率を上げ、仕事の質を上げる上でQC活動は非常に重要であると考えます。
すなわち、事務部門のQC活動は仕事の品質を高めること、仕事の効率をアップすること、費用の節約に多大な貢献があるからです。それは長期に見たとき、今回のようなパニックに襲われたようなときにも、事業体を支え、倒産を免れる大きな力になるといえます。それは単に特許事務所の経営に資するのみならず、知的財産部門の効率運営にも大いに役立つものと考えます。
事実、当所のQC活動は、100年に1度といわれる今回の不況に際して、赤字転落を何とか防ぐ大きな防波堤になっているといえます。前号のパテントメディアでも説明しましたが、QC活動の最後の工程では歯止めがかかりますので、効果はその活動以後、ずっと続くことになるからです。例えば、ある活動で月3万円の節約ができたとします。その節約はそのQC活動中のみならず、歯止めの効果によって、活動が終わった後も毎月3万円を節約し続けることができるのです。だから節約効果は、累積的に利いてくることとなります。歯止めは80%利いているというのが当所の実績です。
前回の09年9月号では、当所図面グループの活動を紹介しましたが、今回は国際管理部の活動を紹介して、不況対策の提案にしたいと思います。
2.国際管理部の活動
当所の国際管理部は外国関連出願の事務管理を行う部門です。3つのグループに分かれています。 その1つは外内グループ、すなわち、外国から依頼される日本への特許出願の事務関係を管理する部門です。実質は国内出願ですが、外国からの依頼ですから、例えば意見書の日限が国内の依頼者の場合と異なったり、拒絶理由の内容を翻訳しなければならなかったり等、管理上の違いがかなりあります。日本と外国との連絡はごく一部日本語で行うほかは全て英語で行います。
もう1つは、内外グループです。日本の依頼者がアメリカや中国を始めとする諸外国へ出願するときの事務管理をする部門です。主として外国の弁理士との連絡を取ると同時に、国内の依頼者との連絡も取ります。
さらにもう1つの部門は会計部門です。送金の手続き、請求額が正しいか、入金があったとき、どの手続きの手数料が入金されたかの消し込み、入金が滞った場合の再請求等会計上の管理を行います。
以上の3グループですが、総勢33人です。年間国内出願件数3,700件の国内管理部の人数が7人であるのに比較して、内外、外内合わせて約2,000件の国際管理部の人員の多さは、その管理にいかに手数がかかるかを示しています。
3.国際管理部外内グループの活動
国際管理部外内グループは優れた活動を継続して行っています。
今回紹介するのは、平成19年3月から6ヶ月間行われた活動です。6人で構成されているこのグループの1名が出産して、1年の育児休暇を取ることになったのです。そこで何とか残りの5人で処理を継続することができないかということで、始まった活動です。そして、それを見事にやりきったのです。
ちょっと考えただけで分かるのですが、1人分の仕事を5人に振り分けるのですから、残るメンバー1人当たりの仕事量は20%ずつ増えることとなるのです。それだけ生産性を上げなければなりません。日常でも仕事量が多く、残業も欠かせない状況の中、活動は壮絶ともいえるすさまじさとなりました。 しかし、活動が終わるころになると、効果が現れてきて、驚くほど仕事が楽になったのです。
4.活動の内容
サークル名は「カンパニー・モンキー」、活動のテーマは「国際特許事務の時間短縮」、副題は「Oさんに安心して育児休暇を取ってもらおう」でした。メンバーはOさんを除いて5人です。Oさんは途中から育児休暇に入ったのです。 すなわち、Oさん1人分の仕事を生産性向上によって、残りの5人でやってしまおうという活動なのです。問題解決型のQC活動となりました。
1)現状把握
まず、外内グループが年間に扱う仕事の量(件数)は、
出願…993件、審査請求…1,132件、拒絶理由通知…633件、拒絶査定…226件でした。
これ以外の事務の扱い件数は、どの種類の業務も100件以下でした。出願事務については過去の多くのQC活動の成果で、かなり効率的な運用がなされています。従って、件数から見た事務量が合わせて63.2%、時間から見た事務量が51.1%の審査請求、拒絶理由通知、拒絶査定の3つの事務に絞り込んで改善活動が行われることとなりました。
次に現状把握として、上記3つの業務にどのような作業工程があるかを洗いだすとともに、その各工程の時間計測をしたのです。
審査請求は 38工程 184.0分 でした。メンバー5人で活動を行うのですが、経験による各メンバー間の事務効率の差は少ないことから平均値を取りました。
工程の1つ1つについて、問題がないかをチェックしましたが、工程そのものには問題はないことが分かりました。
次に各工程の処理時間を調査した結果、現地(現地代理人または現地企業)への
(1)英文レター及び請求書作成の処理時間
(2)現地から送られてくる書類のスキャンの時間(ペーパレス化のためにデータとして取り込む作業)、各工程のコンピュータ入力のための時間、期限管理の入力作業の時間(これら(1)、(2)の処理時間という)が、1件当たり116.2分で、全体の63.2%を占めていることが分かったのです。
拒絶理由通知は 92工程 259.2分でした。同様に(1)(2)処理時間を調査した結果、1件当たり125.5分を要し、全体の48.4%を占めていることが分かりました。
拒絶査定は 75工程 210.6分でした。(1)(2)の処理時間は1件当たり125.5分で、全体の59.6%を占めていることが分かったのです。
2)目標設定
上記の現状把握の結果から、3業務のいずれにおいても(1)(2)の事務処理時間に、手をうつべき問題点があることが分ったのです。そこで、審査請求、拒絶理由通知及び拒絶査定について、それぞれ(1)(2)の二つの処理作業項目を、6ヶ月間で1件当たり「60分以上」削減することにしたのです。
なお、この目標値とした60分は、事務処理量の今後の増加率を考慮したうえで、育児休暇に入るOさんの仕事量を、他のメンバー5名で肩代わりして、乗り切るために必要な削減時間から決められたのです。
3)要因解析
「英文レター作成等に時間がかかる」を特性値として要因の解析が行われました。その結果、6つの重要要因が抽出されたのです。
(1)英文レターで自動作成できるものが少ない。
(2)請求書の下書きの入力項目があやふや(請求書を正式に作成するに先立って金額のみを抜き出して作る書類のことを下書きといいます)
(3)請求書の下書きが現状の料金体系に合っていない
(4)マニュアルが更新されていない
(5)A社やB社など特別規定がある顧客の処理において、その規定を確認できるものがない
(6)レターや控えに、例えば送付先のFAXナンバーや応答日限などが、自動表示されない
また、「スキャン等に時間がかかる」を特性値として要因を解析したところ、ここでは7つの重要要因が抽出されたのです。
(1)手続きの進捗状況を手入力で登録するものが多い
(2)作業管理項目が時系列に分類整理されていない
(3)作業管理項目に不要になった項目が残っている
(4)ファイル背表紙の貼付期限が見にくい( ペーパレスシステムを採用しているが、中間処理のときファイルができる。そのときファイルの背表紙に表示される期限のことです)
(5)担当者や海外代理人へのリマインダーを出すタイミングが統一されていない
(6)作業管理項目に必要な項目がなく、修正の必要な項目がある
(7)所内連絡メールの作成に時間がかかる(外内グループは岐阜、東京両方にあるため、連絡は主として所内メールで行われています)
これらのうちほとんどの要因は再検証の必要がなかったのですが、「英文レターの作成等に時間がかかる」の要因のうち、「(1)英文レターで自動作成できるものが少ない」については、本当の要因かどうか再検証したのです。
英文レターは自動作成プログラム上で案件ナンバーをクリックすることによって、英文レターの様式が表示されます。そして、185ある定型文の中からそのとき必要な連絡用英文を選択するのです。
それら185の英文を全て検証したのです。修正なしで作成できる、多少の手直しが必要、などの5つに分類しました。
その結果、修正を必要とするものが、連絡英文全体に存在していて、自動作成にそのまま使用できないものが、96通もあることが分かりました。すなわち、「英文レターが自動で作成できるものが少ない」という要因は、真の重要要因であることが検証できたのです。
4)対策立案
対策は実に12通りの対策案が出されました。
対策案
A. 英文レターの自動作成できるものを増やす
B. 請求書の下書きは必要箇所へのみ入力可能とする
C. 請求書の下書きを現状の料金体系に合わせる
D. 既存のマニュアルを更新する
E. 手順管理表にA社とB社の特別規定を追加する
F. レターや控えに、例えば送付先のFAXナンバーや応答日限などを、格納場所から引っ張ってきて、自動表示されるようにする
G. 作業管理項目によく使用する項目を追加する
H. 作業管理項目をSTEP1.2.3.4というように時系列順に大分類して選択しやすくする
I.. 使用していない作業管理項目は削除する
J. ファイル背表紙の期限を表示したラベルの貼替えをなくす
K. 当所の担当者及び現地へのリマインドのベストなタイミングを決める
L. 所内連絡メールの内容を簡略化する
具体的対策
そして、これらの案を参考にして、以下の8つ対策が実施されました。
1)作業登録プログラムの改善
2)ファイル貼り付け用期限ラベルの改良(中間処理開始の際に作るファイルに使用)
3)リマインダーを出すタイミングの統一
4)所内連絡メールの簡略化
5)請求書チェックリストの改良
6)マニュアルと手順書の更新
7)対応管理表の改良
8)英文レターの自動作成
上記対策のうち、特に顕著な効果を上げたのは、次の対策でした。
(1)英文レター全96通について、一回で自動作成できるように、文書一つ一つを見直したのです。データベースに入力した数字や日付、海外代理人のFAX番号などもレター上に自動表示させることにしました。この対策により、FAX送信のスピードが上がっただけでなく、送信ミスを防ぐことにもつながったのです。
さらに、送付する可能性のある書類名を、全てレター様式上に表示するようにしたのです。自動的に全ての書類名が出てくることになるのですが、不要な書類名は削除するというわけです。例えば、「Notification of Reasons for Rejection」とタイプするよりも、削除する方が簡単でタイプミスも防ぐことになるからです。
また、定型レターについては全体の58.3%にあたる56通を追加したのです。
(2)海外代理人との書類のやりとりがあると、その記録を残すため、システムにその経過を入力するのですが、この作業が1日に一人当たり、平均35回以上もあったのです。グループ全体でみると、何と一日に280回以上に上る作業になるのです。
対策前の入力作業では、まず、画面を立ち上げ、整理番号を入力します。次に、作業名を検索すると、登録されている105項目の作業一覧が表示されるのです。そこから該当する作業、例えば、「拒絶理由通知の送付」を捜して登録するのです。
この作業登録一覧にメスを入れたのですが、登録されている作業項目すべてを見直して、実績のない作業項目を削除し、手入力でインプットしていた項目を追加したのです。例えば、「物件提出命令の送付」を削除し、「応答案の受信」を新規追加するというようにしたのです。
その結果、全体で105項目あったのが、71項目にまで、スリム化することができました。
さらに、105の作業項目が一度に全て一覧表示されるため、項目選択に時間がかかっていることに着目したのです。そこで、出願から最終の特許料納付までの、作業項目をSTEP毎に4つのグループに分け、そこから再選択できるようにしたのです。この対策により、作業登録が格段に早くなりました。
(3)拒絶理由・拒絶査定を受信した際の作業を確認するための管理表を改良したのです。例えば、未収金があるかどうか、審判請求用の委任状が必要かどうか、拒絶引例の英文抄録があるかどうかについては、それまで頭の中で思い出しながら確認していたが、この管理表に追加し、一つ一つの作業にチェックマークをつけながら、確実に確認できるようにしたのです。
5)効果の確認
現状の把握と同じ方法で、各業務の事務処理にかかる時間を計測しました。その結果、審査請求においては、ターゲットとした(1)(2)の処理時間は、1件当たり116.2分(68.2%)から32.1分まで短縮でき(短縮時間84.1分)、それは全体の32.2%であることが分かったのです。
また、拒絶理由においては、125.5分(48.4%)から38.9分まで短縮でき(短縮時間86.6分)、全体の22.5%、そして、拒絶査定においては、125.5分(59.6%)から70.4分まで短縮でき(短縮時間55.1分)、全体の45.3%であることが分かったのです。
以上のような処理時間の結果を、目標と実績で比較してみますと、審査請求、拒絶理由においては、みごと目標の60分以上の短縮を達成することができました。
しかしながら、拒絶査定においては、残念なことに、わずかに目標値60分の短縮には届かなかったのです。
ところが、予測しなかった別の業務において、波及効果が表われたのです。
分割・通知書の英文レターの作成も同時に自動化したことによって、その業務の時間短縮に繋がったのです。これによって、トータル的に見た場合には、目標達成ができたのです。
これらの結果をまとめてみますと、この活動による経済的効果は、実質的に1人の人件費を節約できたことになるのですから、年間、なんと、582万円にもなりました。なお、QC活動に要した時間経費は36万円でした。さらに、無形の効果としては「徹底的にムダを排除しよう!」という改善意識がメンバー全員に根付いたこと等があげられます。
また、活動前後でのサークルの評価では、QC知識、改善意欲、業務スキル、チームワーク、リーダーシップ、問題意識のいずれの項目についても、明らかにレベルアップしていることが確認できました。
6)活動のまとめ(歯止め、反省)
QC活動の最終工程は歯止めと反省です。まず、成果を標準化しなければなりません。多くの改善点は、システム開発部の協力の基、プログラム化されたので、歯止めは自動的にかけられたのです。従来の手続きと変更が生じた部分については、マニュアルに全て追加したのです。
そして、改善部分の定着を図るため、各業務に関してそれぞれ責任者を決めるとともに、業務に変更が生じたり、業務が新たになったりしたケースについては、マニュアルやチェックリスト等を2週間以内に更新するというルールを作ったのです。さらに、新任者に対する教育訓練の方法も明確にしました。
この歯止めにより、今後、このグループの能率は活動終了時のものが維持されるのですから、その効果は毎年580万円余の節約が継続することになるのです。
この活動を振りかえってみたとき、育児休暇に入ったOさんの仕事を全て残りの5人のメンバーによって、カバーするための活動がわずか6ヶ月間で実現できたのですから、素晴らしいことだといわねばなりません。この活動が当所トップからの指示ではなく、自発的に行われたことに重大な意義があります。
活動の途中から育児休暇に入ったOさんは、安心して育児休暇に入ることができたのでした。
5.終わりに
国際管理部外内グループの日常は大変忙しく、常に残業が行われていました。時には午後10時近くまで作業が行われることがあって、「深夜残業になるといけないので、早く帰るように」と、注意することがたびたびあったのです。
しかし、そのように忙しい中、上記のように、多大な時間を要し、すさまじいまでのQC活動が行われたのでした。それはそれは大変だったのです。
そのQC活動が終了してしばらくたったある日、メンバーの1人が筆者のところへやってきていうのです。「苦労してQCをやり終えると、作業はスコンと楽になります。やはりQC活動はやらないといけませんね」
これがQC活動の真髄を表わしていると思うのです。ですから、筆者は「どのように忙しくても、QCは絶対にやれ」と厳命しています。
また、節約効果のみならず、グループ内のコミュニケーションが非常によくなるとともに、モチベーションが上がり、さらに、グループの結束力が見違えるほど向上するという効果も顕著に現れたのです。
眠たくなるような長い文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。知財部においてもQC活動は、間違いなく成果を上げます。それは企業におけるあらゆる事務能率を効率化する第一歩になると思うのです。事務関連のQCを始められることをお勧めします。